第14話 お先は明るく真っ暗闇

 数分後。扉が開かれることになった。懸命な判断だ。どちらにしろ、俺という侵入者を迎えることになるなら、扉を壊されるよりはマシだ。


「さて、行くとするか」


「あの、大丈夫なんですか? テスラお姉ちゃんは、リークさんのことを強いっていってましたけど……相手はシルバリオル学院の生徒ですよ? エリート中のエリートばかりですよ?」


「へーきへーき。いざとなったら、俺が守るから」


 俺たちは中へと入る。正直、俺の魔法って室内での戦いには向いていないんだよな。媒体となる砂とか大地が屋外にしかないから。それでも戦い方はいくらでもあるけど。


 入るや否や、生徒たちが俺を取り囲む。たしか44人だっけか。ファンサがいないから43人かな?


「――ファンサ教授の一番弟子のトニークだ」


 睨みつけながら自己紹介する若い男子生徒。どうやら、サブリーダー的な存在らしい。


「ファンサ教授に会いたい」


「教授は研究中だ。お会いになることはない」


「そうすると、交渉ができないわけだが?」


「言ったはずだ。こっちは交渉する気がない。テスラが建物の保全を認めるか否か。それだけの問題である。返答は?」


「けど、このままだと、お互いろくなことにならないぜ?」


 これは国王陛下の命令なのだ。彼らは、それに背いていることになる。陛下に伝われば、罰を受けることになるだろう。そうならないよう、テスラは早急に終わらせようとしている。かといって、生徒たちのわがままを認めれば、咎めはテスラに向けられる。いや、テスラだけではない。国王陛下の胸先三寸で、領民にも咎めを負わせられるかもしれない。


「それは、テスラの問題だろう。あの人が陛下と交渉し、建物の保全を認めさせればいいだけだ」


「……テスラお姉ちゃんは、みんなのことも考えているんです。もし、陛下に陳情してしまえばこの件が明るみに出てしまいますから……」


 ミトリが、不安げに言葉を落とす。


「テスラお姉ちゃん……? 身内か? ――は! 我々に気遣いなど無用。咎めを受けてでも、ここを保全する覚悟があるんだ」


 研究熱心なことだ。この建物や本を、そのまま残しておくことに、いかほどの価値があるというのだろう。たしかに、凄い建物だけどさ。


「悪いが、俺もガキの使いできてるわけじゃないものでな。ファンサに会わせてくれ」


「さっきも言っただろう。教授はお会いにならない」


「悪いが、どんな手段を使ってでも会うぜ。でないと、いろんな奴が不幸になっちまうからな」


 生徒たちの表情が変わる。どうやら、穏やかには終われそうになさそうだ。


「やる気か?」と、問いかける俺。


「リークだったか? 喧嘩を売っているのはそっちだろう? むしろ、こういう展開を望んでいたんじゃないか?」


 おっしゃるとおり。というか、交渉する気のない相手なのだから、その交渉のテーブルをつくるためにも、一戦交える必要があると思っていた。連中も、テスラの妹がここにいることで欲が出ているのかもしれない。ミトリを捉えれば、交渉のカードが一枚増える。


「ここで戦うのか? 建物が壊れちゃうぜ?」と、戦意を削いでみる俺。


「心配無用だ。こっちは何人いると思ってるんだ? 守りながら戦ってみせる」


「それなら、外にいる時に襲いかかってくれば良かったのに」


「おまえの魔法は大地属性だろ? 落雷を避けたのは、砂鉄かなにかを使ったんじゃないか? ――しかし、ここではたいした魔法も使えまい」


 ご名答。さすがは名門のエリート生徒だ。あれだけの情報で、俺の魔法を見抜くとは恐れ入った。


「まあ、たったふたりでやってくるあたり、腕に覚えがあるようだが――学院の生徒を舐めるなよ――」


 43対2か。さすがに圧巻。43の生徒が一斉に魔法を放とうとしてくる。ここからの作戦は、一応ミトリにも話をしてある――。


 俺は右足で床をトンと踏んだ。すると地面が激しく振動する。全員がバランスを崩し、転んでしまう。ミトリは、あらかじめしゃがんで、転倒を防ぐ。


 俺はすかさず剣を抜く。それは、すぐさま粒子へと変わって、身長ほどの棒へと形を変える。まず、3人を打ち据えて再起不能にする。


 俺の剣は砂でつくられている。別に、剣の形にしておかなくてもいいのだけど、その方が自然だからだ。実際は、魔法の媒体となる土や砂を持ち歩きたいだけだったりする。


「怯むな! 相手はたったふたりだぞ!」


 トニークが号令をかける。だが、その間に、俺は棒をブーメランへと変化。投げつけると、五人ほどを吹っ飛ばし、手元に戻ってくる。


「リークさん、いきますよ!」


「ああ」


 ミトリが薙ぎ払うように腕を動かす。すると、部屋に『黒』が広がる。暗いなんてモノじゃない。視界が完全にゼロ。真っ暗な空間が俺たちを取り囲む。


 ――これが、ミトリの魔法。


 シルバリオルの血を引きながら、魔法使いのエリートである彼女は『闇魔法』の使い手だ。空間を真っ黒に塗りつぶすのは、かなりの上級魔法。テスラが認めているだけある。


「だ、誰か、明かりを!」


 掌に火炎を出現させる生徒たち。いい目印になる。そいつらを片っ端から叩きのめしていく。そうすると奴らも魔法を使うことが怖くなる。で、そうなるとやはりなんにも見えない。ちなみに、ミトリですら見えていない。


 ――だが、俺だけは見えている。


 というのも、砂を空間に飛ばし、それらが物体にあたる感覚で、居場所を掴んでいた。砂は、俺の身体の一部みたいな感じ。で、連中の視界を奪っている間に、俺はそいつらを素手で叩きのめしていく。


 ――視界が晴れるころには、生徒は一人として立ってはいなかった。


「う、うう……」「ま、まさか全員がやられるとは……」「い、いったい何者なんだ」


「ナイス、ミトリ」


 俺が手を挙げると、ミトリは嬉しそうにハイタッチをしてくれた。


「さて、あとはファンサ教授か……」


 俺が、奥の部屋を見据える。するとその時、生徒の一人――トニークがふらふらになりながらも立ち上がった。


「はあ、はあ……もう許さんぞ! 俺たちは絶対に、イシュフォルト図書館を守らなくちゃいけないんだ…………守ってみせるんだッ!」


 トニークは親指を囓り、血を滴らせる。床に触れたそれは魔方陣となって広がり、トニークの身体を光で包んだ。すると、彼の身体が漆黒の魔物へと変わっていくではないか。角の生えた鬼。全身の筋肉が隆起し、身長すらも伸びていく。


「ひっ」と、小さな悲鳴をあげるミトリ。


 俺も驚いた。変身魔法だ。自らの身体を魔物へと変える魔法。見るのは始めて。かなりレアである。魔力が強ければ強いほど、実際の魔物に近い能力を再現できる。


 トニークが変化したのはA級危険度を誇るダークオーガだ。パワーだけならS級。だが知能が低いという理由でランクをひとつ落としているだけ。それが、エリート学生の知能を持っていたら――。


「グハハハハハ! モウ、許サンゾ! コウナッタラ、手加減ハデキン!」


 猪の如く突っ込んで、思い切り拳をぶつけてくる。かろうじて腕で受け止める。かなり重い一撃だ。


「ぐっ!」


「リークさん!」


 トニークは、さらに体重をのせる。パワーで押しつぶす気なのだろう。


「驚イタゾ! マサカ、俺ノ一撃ヲ受ケ止メルトハナ!」


 うん。結構重たい。ダークオーガのパワーをしっかり再現できている。


「おい、ミトリ。俺ごとでいいからやっちまえ」


「え、あ……でも、彼は……」


 俺のことは心配しない。むしろ、トニークのことを心配するミトリ。


「大丈夫だよ。こいつも並の魔法使いじゃない。全力でやっても死なないよ」


「えっと……わ、わかりました! ブラックフレイム!」


「エ? マジ? 正気カ? ド、ドウイウコト?」


 ミトリが黒い渦を撃ち放つ。それが、俺たちの足下に届いた瞬間、漆黒の火柱となって燃えさかる。


「グギャアアアアアァァァ!」


 燃えさかる黒い炎がブラックオーガの全身を焼き尽くしていく。エリート学院生なら回復魔法も使えるだろう。死にはしないはずだ。


 俺はというと、さすがにこれだけの炎を食らえば、多少はダメージはある。けど、この場合はまったく問題ない。というか意味がない。なぜなら、扉をくぐる前から、俺は『砂でつくったダミー』だからだ。


 本物の俺は、ここで騒動が起こっているうちに、別経路から侵入している。そんなわけで、ブラックフレイムを食らった俺のダミーは、砂粒となって霧散するのであった。



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