第9話 S級任務よりも厄介なお仕事
翌日、俺はテスラの執務室へと呼び出された。
「昨日は、従姉妹(ミトリ)が迷惑をかけたな」
「俺は楽しかったです。ククルも、友人ができたみたいで喜んでいましたよ」
「うむ。そうか。――で、おまえを呼び出したのは他でもない。仕事の話だ。……本来なら、私の経営する会社のひとつでも任せてみようと思ったのだがな。この前の手合わせで気が変わった。多少荒々しい仕事を頼みたい。おまえになら任せられそうだ」
「荒々しい仕事……。ギルドのS級任務でもやりますか?」
ギルドは、この町でも一般的だ。会社や個人が、報酬額と内容の条件を出して、ギルドに依頼する。それらをギルドに登録された『ハンター』と呼ばれる連中が受ける。別に、ハンターになるための資格はいらないのだが、依頼を受けたまま消えられても困るので、登録制にしてある。S級任務となると、ドラゴンの討伐とか、山賊団の壊滅とか、まあ普通の人間では成し遂げられないようなレベルだ。
「いや、それよりも厄介な仕事だ」
「S級よりも厄介?」
「……リークは、イシュフォルト図書館を知っているか?」
「ええ、歴史の授業で習いました。世界でもっとも巨大で偉大な図書館ですよね」
図書館というよりも遺跡だ。文献でしか存在しないと思っていたのが、昨年このシルバンティア領で発見されたのである。
経緯は『偶然』だった。数千年前もの魔法使いたちが、透明化魔法を使って現代に至るまで図書館を見えなくしていたのである。
それを、冒険者が偶然発見し、大勢の魔法使いによって、透明化を解除。世紀の大発見に至ったのだ。俺も機会があったら、見に行きたいと思っていた。
「歴史的建造物ゆえに、そのままにしておくつもりだったのだがな。所蔵してある本が、どれもすばらしく、諸国の学生や学者が閲覧したいと言ってきた。だが、クザンガ山という険しい立地ゆえに、往来にも不便。なので、このたび陛下の
「国王陛下から?」
国王陛下グラリオン・ラシュフォール。この大陸全土を束ねる最大権力者である。同時に世界最強の魔法使いとも言われている。俺なんか、きっと足下にも及ばないんだろうなぁ。
「ああ、このバルティアの町に大規模な図書館を建築し、イシュフォルトに所蔵してあるすべての本を運べとのお達しだ。――まったく、陛下の気まぐれも困ったものだよ。図書館建築も、本の移動の費用も、すべてこちらが負担せねばならないのだから」
苦笑するテスラ。
「俺の仕事は、その本の輸送ですか?」
「いや、そっちの方は問題ない。――おまえには別の仕事をやってもらう」
「別の仕事?」
「うむ。シルバリオル学院の生徒たちが、図書館の占拠をしてしまったのでな。そいつらとの和解を頼みたい」
シルバリオル学院とは、テスラの祖父が、若い魔法使いを育てるために創設した名門学校。超絶エリートの集まるところだ。
図書館発見から現在に至るまで、所蔵本の研究検査を名門シルバリオル学院に委託していた。だが、本の移動を告げると、強い反対があったそうだ。国王陛下の命令だと言っても首を縦に振らず、そのまま図書館を占拠。居座ってしまったらしい。
「なぜ、彼らは拒んでいるのですか?」
「連中は、建物と書物が揃ってこそのイシュフォルト図書館――つまり、遺跡的な価値や芸術的価値があると信じている。事実、私も見に行ったが、圧巻の一言だ。要塞のような建物の中に、1億冊にも届く本が収められている。感動すら覚えるぞ」
「1億冊……想像もできませんね」
「数は44名。リーダーは学院の教授ファンサだ。悪い奴らではない。歴史や文学への愛が強すぎるあまり、此度のような蛮行に走っただけだ。しかし、やっていることは国王陛下への謀反。あまり
ファンサが要求するのは、図書館の完全な保全。要するに、本を一冊たりとも移動させたくないということ。国王の命令に背いているのだ。これが知られたら、とんでもない咎めを受けるだろう。
もちろん、テスラがそれを承諾できるわけもない。だが、同時に彼女たちを反逆人にしたくないわけで、大事になる前に内々で収めたいようだ。
「交渉は?」
「何度も文を送っている。だが、お互いに妥協点はない」
「直接会いにいかないのですか?」
「行ったが、門前払いだ」
「テスラ様なら、力尽くで鎮圧できるのでは?」
「……この力を領民に向けたくない。嫌われるのは構わんが、領主が力尽くで捻じ伏せたとなれば、民に不安が広がる。それは最後の手段である」
「だから、俺にやれ、と?」
「そういうことだ」
「じゃあ、多少、怪我人が出てもいいということですか?」
「出ないにこしたことはない。だが、それらも含めて、おまえに任せる。言っておくが、シルバリオル学院の生徒は手練れだぞ。特に、ファンサは天才だ――」
要するに、自分ではできないことを俺にやれと言うことか。交渉が上手くいけば儲けもの。不可能ならば戦闘もやむなし。
「新参のおまえに任せる以上、結果がどうなっても文句は言わん。ただし、絶対に死人だけは出すな」
「結構、厳しい要求ですね」
「なにを言っている。おまえの実力なら、そう難しいことじゃないはずだ。頼むぞ」
そうなのかな? たしかに強い自覚はあるけど、相手はエリート学生だし、もしかしたら俺クラスの魔法使いもいるんじゃないかな?
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