第5話 魔王の残骸

「……ご、ごめんなさい……」


 とりあえず、俺は栗毛の女性を落ち着かせる。


 気まずそうに、ちょこんとソファへと腰掛ける彼女。ククルが彼女のぶんも珈琲を淹れてくれたのだけど……ものすごく睨んでいる。射殺さんほどの眼光を向けている。隙あらば殺そうとしているのかもしれない。


 おい、その珈琲を迂闊に飲むなよ。何が入っているかわからないぞ。ククルは、俺に対する不審人物には厳しいんだから。


「――それで、いったいどういうことなんだ? いきなり結婚なんて」


「私はミトリ・コラットルといいます。血縁上は、テスラ様の従姉妹になります」


 シルバンティア領の西の方にある小さな町を治めているコラットルさんとやらの娘らしい。社会勉強のために、テスラの仕事を手伝っている。要するに貴族令嬢で、俺と似たような境遇のようだ。


「なんで、それが結婚に繋がるんだ?」


「……お父様が私の結婚相手を探しているんです。このままだと、見知らぬ相手と結婚させられそうで――」


 社会勉強のために、都会であるこのバルティアへとやってきたミトリお嬢さん。そんなうちに彼女の父は、いい年頃になった娘の婿を勝手に探し始めたわけだ。貴族ともなれば政略結婚など当たり前なのだが、彼女は承服しかねるらしい。


「なにか困ることでもあるのですか?」


 ククルが問いかける。


「お父様の紹介してくださるお相手というのが、どうも私には合わなくて……」


 候補を見つけては、お見合い写真を送ってくるそうなのだが、その相手が……なんというか万人受けしない容姿の方や、良くない噂の人物だったりとか――権力はともかく、できればご遠慮したい人たちばかりのようだ。まあ、ちょっとわかる気がする。ミトリは容姿端麗。というか凄くかわいい。


 歯に衣着せぬ言い方をすると、権力の弱い者が美人の娘を持つと『高値を付ける』ことがある。『金』と『権力』の代わりに『美人』の娘を提供するというわけだ。


 容姿のあまり良くない方や、あまり噂のよろしくない人物も、自分が結婚相手に難儀しているのを自覚しているので、他家よりも高い対価を用意してくださる。そんなわけで、営業熱心な親父・コラットルさんは、そういった貴族を探すことに奔走。


「ちなみに……お相手は……?」


「ええと、ミガリア様とか、ケーライ様とか、スピネイル様とか、スイートグラン様とか……」


 うん、俺でも評判を聞いたことあるぐらいヤバい奴らだ。ミガリアは78歳のおじいちゃんでド変態貴族。いまでは隠居して、家の金を使い女と遊びまくっている。そのせいで評判も下がり、息子も金の工面で青くなっているとか。


 ケーライは馬潰し伯爵と呼ばれる巨漢である。身長2メートル。体重は300キロを自称しているが、たぶんもっとある。要するに超太っちょ。その横幅のせいで、屋敷を改造した。


 スピネイルは、この中ではマシかな。陛下の信頼が厚い公爵様で『魔王の残骸』のひとつ預かっている。魔王の残骸とは、魔王を倒したあと、どうしても消滅できなかった魔王のパーツである。『目』『心臓』『腕』『足』『耳』の五つあって、心臓は我らが国王陛下が所有されている。残るパーツは、陛下が認めた4人の貴族に与え、未来永劫護るように命じてあるのだ。


 スピネイルは、そのうちの『目』を預かっている。魔物を操る魔法を使えるので、魔侯爵とか言われている。魔物の産業に力を入れていて、魔物を使った実験を繰り返している。残忍な領主だという噂だ。


「スイートグランは知らないな。ククル、聞いたことあるか?」


「……辺境の男爵様ですね。妻が二十人いたことで有名です」


「二十人って凄いな? っていうか、過去形?」


「はい、過去形です。スイートグラン様に嫁いだ女性は、すべて半年以内に謎の死を遂げていますので……」


 なにそのヤバい貴族様。飽きたら始末してるの? それとも呪われてるの? 誰かに恨まれてるの? そんなところに嫁いだら確実に死ぬじゃねえか。


「けど、義理を重んじる方で、相手の御家には、それはそれは凄まじい額の結納金が……」


「いやいや! そういう問題じゃないだろ!」


「そうなんですよ! このままじゃ、どこに嫁がされるのかわかりませーん! だから、急いで旦那さんを見つけなきゃいけないんです!」


 なんという切実な状況。ミトリの気持ちはすっげえわかる。


「けど、なんで俺?」


「テスラお姉ちゃんに聞きしました! リーク様は、強くて、凜々しくて、頭が良くて、優しくて、勇猛で、勇気があって、それはもう、素晴らしい御方だと!」


 テスラがそんなこと言うか? 強いという評価はもらえてそうだが、それ以外はミトリの思い込みではないでしょうか? 俺、フツメンだけど。


「これはもう運命の出会いです! リーク様こそ、私を救ってくれる救世主だと思いました!」


 テーブルを乗り越えんばかりに、ずいと詰め寄るミトリ。


「――自分が助かりたいためだけに、リーク様の人生を奪うというのは……少しわがままが過ぎると思いますが?」


 軽蔑のまなざしで見つめるククル。うん、彼女は俺のお姉ちゃん的存在。俺の結婚に対しては、ガンコ親父の如く厳しいよね。うちの弟はやらん! っていうか。


「も、もちろんリーク様の人生も考えています! 政略結婚に熱心な父の教育の賜で、お嫁さんスキルは高いです! 料理も洗濯もお掃除も得意なんですから!」


「それ、私がいれば事足りるのですが?」


 ククルが一刀両断。うん、貴族の嫁さんに家事スキルはさほどいらない。メイドで十分。しかも、ククルはその点に関して超ハイスペック。


「人を使うことがもできます! 使用人と一緒に、屋敷のお仕事をがんばれます!」


「私は13歳の時にはすでにメイド長をしていましたが?」


 人をまとめる力に関してもククルは優れている。13歳の時、親父がふざけて彼女に一日メイド長をやらせてみたら、これが見事に大成功。幼いながらに仕事はできるし、人に甘えることも、仕事をお願いすることも上手かった。


 気がつけば、屋敷のメイドたちはククルに従っていた。お礼を言うのも上手いので、みんなほくほく顔で楽しく仕事をするようになっていた。そのままメイド長に就任した。前任者は、人を叱ってばかりの嫌味なおばさんだったので、失脚した。いや、失脚したどころか、心を入れ替えククルの配下となった。


「マナーも完璧です! 裁縫もできます! お花の名前もたくさん知っています! 魔物の名前も知っています!」


「リーク様に恥を掻かさないよう、マナーが完璧なのはメイドとして当然です。裁縫も得意中の得意。馬に乗りながらリーク様のお召し物を縫ったことがあります。お花の名前や魔物の名前など、知っているどころか、図鑑の説明文ごと暗記していますが?」


「こ、こう見えても強いです! シルバリオル家の血を引いていますが、その中では魔法が得意な方なんです! そ、そう! 天才だったんです!」


「リーク様を御守りするのなら、強いことぐらい当然でしょう。私も、強いですよ? そもそも、リーク様に護衛など必要ないでしょうけど」


 うん、ぶっちゃけると貴族のお嫁さんって、あまりスキルいらないのよ。社交スキルがそこそこあればいいだけなのよ。だから容姿が重視されるんだよね。御家繁栄のために政略結婚などに使われるんだよね。


「う、うううう、りぃくさぁぁぁん……」


 半泣きになりながらすがってくるミトリ。うん、貴族なんだから、家事スキルでメイドと張り合わなくてもいいじゃないか。


「こ、こうなったら、決闘です! どっちがリーク様に相応しいか、勝負です」


「なんで、おまえたちが決闘する必要が――」


「いいでしょう。勝った方がリーク様と結婚できるのですね」


「ククルも、なんで乗り気なんだよ! 俺は結婚しないぞ! まだ早い!」


「よっしゃ、なのです! 表へ出ろ、なのです!」


「人の話を聞け!」


 なんか、変なことになってきたぞ。

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