第11話 衣装天照

 俺はイシュフォルト図書館を占拠した学生一団を説得――あるいは鎮圧するという仕事を与えられた。そして、本人の強い希望によって、この任務にミトリも加わることになった。


 ということで、本日は準備のために町へと出ることにした俺とククルとミトリ。


「あ、あの……昨晩、なにやら全裸で徘徊していたという話を聞きましたが、若い身空で露出の趣味というのは、さすがにアレですし、風邪もひいてしまいますし……」


 オブラートに包みながら、ククルが苦言を呈する。


「ち、違います! 気がついたら、タオルが落ちていただけです! そそそ、それに、屋敷のひとたちは、家族みたいなものですから、そんなに恥ずかしくありません! 子供の頃にもお世話になってますし!」


 タオルが落ちるもなにも、脱衣所から出る時は普通服を着て出て行くものなのだろう。もしかしたら、ミトリは凄くおっちょこちょいなのかもしれない。


「うう、こんなハズじゃ……」


「まあまあ、恥ずかしい思いをしたのは、過ぎたことだしさ。俺たちが任務を成功させてテスラ様や屋敷の人たちに褒めてもらおうぜ」


 適当なことを言って、元気づける俺。


「そうですよね……。――リークさん、私の活躍をしっかりと見ていてくださいね。こう見えても、魔法は得意なのですから」


 テスラが言っていたが、ミトリは魔法が得意らしい。シルバリオルの血を引くものとしては珍しいようだ。


「ククル。買い出しの内容は?」


「人員と馬車は、テスラ様が用意してくださるので、あとは我々の備品ですね。主に食料や嗜好品です。せっかくの遠征ですので、お召し物を買うのも良いかと」


「おっけ、んじゃ食料から見てくか」


 良いものから早く売れていくので、まずは食料を見て回ることにした。基本的には保存のきくもの。米や根菜、干し肉などがメインになるだろう。その辺りに関しては、ククルがしっかりとリードしてくれる。


 俺はビスケットとかキャンディとかの菓子を買う。さすがはハイパーメイド、値切り交渉も上手。大量に買うがゆえの値引き。そして、値引きが限界までくると、今度は配送に関して交渉する。


 これから町ブラをするのに、ジャガイモなどを持ち歩くのもつらいわけで、ならばと値引きする代わりに屋敷へ運んでくれないかとお願いするのだ。配送先がテスラの屋敷ということがわかると、お店の人も断れない。というか、むしろテスラの関係者とわかった時点で好意的になる。御威光が凄いな、あの領主。


 食料系の調達が終わったら、次は服装。やや高めのブティックへと入る。


「服なんて、安いのでいいんじゃないか?」


 貴族ぶるつもりもないので、コスパ優先でもいいと思うのだけど。


「そういうわけにもまいりません。今回は、テスラ様の使者なのですから、相応の格好をしていただきます。それに、費用はシルバリオル家が負担してくれるので、せっかくならいい物を買わせていただきましょう」


「あ、私がリークさんに似合う服を選んであげますね」


「いえ、このククルにお任せください」


 こういうのって、どちらかというと女性が自分のために服を選ぶのが好きなんじゃないのか? しかし、よく見るとククルとミトリの視線がバチリとぶつかり火花一閃。


 あ、なるほど。さりげなく料理勝負の続きをしようとしているわけか。どちらが俺好みの服を選べるとか、そんな感じみたい。俺としては、ふたりに仲良くして欲しいんだけどな。


 しかし、そんな俺の気持ちを置き去りにして、ふたりは店へと解き放たれる。


「やれやれ。服ぐらい自分で選べるのにな」


「――お客様、何かお探しでしょうか?」


 店員さんが、颯爽と登場。


「いや。ツレが選んでくれているから、大丈夫っす」


「ああ、あちらの美しいお嬢様方ですね。おや、ミトリ様……? もしかしてご友人ですか?」


「ええ、まあ」


「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか? ――申し遅れました、私、当店の支配人ベルトチカともうします」


 大丈夫と言ったのに、懐へと潜り込んでくる。そしてさりげなく自己紹介。うん、この店員さんデキる。服装も小綺麗でさっぱり。髪型もボーイッシュで好感が持てる。それでいながら胸は豊満。テスラとは違うタイプの女性にもてる女性といった感じだ。


「リーク・ラーズイッドです」


「これはこれは、シルバリオル家へ奉公にきておられるリーク様であらせられましたか」


 すげーな。さすがは敏腕店主。俺みたいな貴族の情報もしっかりとキャッチしているらしい。


「今後とも、末長くご贔屓にいただけたらと思います。もし、御用があればなんなりとお申し付けください」


 笑顔で軽い挨拶して、さっと立ち去るベルトチカ。俺の空気を察したんだろうな。苦手なんだよ。買い物中、ずっと付きまとってくる店員。しかし、さすがは一流店舗。そういう気遣いもしっかりできているみたいだ。


「リークさーん!」


 服を抱えて、嬉々と寄ってくるミトリ。


「リークさんのために、服を選んできましたよ! ささ、試しに着てみてください! 絶対に気に入りますから!」


 まあ俺自身、服のセンスがあるわけではないし、彼女たちの提案を受けてみよう。とりあえず、服を受け取って試着室へ。


 着替えて――。カーテンをしゃっと開ける。


「ど、どうだ?」


「うわぁ、すっごくお似合いですよ!」


 目をキラキラと輝かせるミトリ。


 白を基調とした、爽やか貴族ルック。なんというか肌の面積が広い。首元までしっかりとボタンを留められているのだが、半袖で腹も見えるようになっている。俺の腹筋がそこそこ割れているから見栄えはいい。細マッチョ系の貴族なら、非常に清潔感が出ていいだろう。


 ズボンはスキニー。足がすらりと見える。それでいて、全体的に金糸の刺繍が施されているので、高貴さはアピールできる。まあ、悪くないよ。攻めた貴族服だ。貴族が傭兵団を率いていたら、こんな感じだ。


 気になるのは、俺よりもミトリの方である。俺が着替えている間に、彼女も着替えていたようだ。


「あ、ちなみに、私の服装はどうですか?」


 こちらも白を基調として金糸の刺繍。ペアルックみたいだ。脇がざっくりと見えるほどノンスリーブ。上胸が若干見えているし、おへそも見えている。スカートもひらひらと短く、生足が綺麗に伸びている。


「う、うん。かわいいと思うけど……」


「そうですか! ふふ、リークさんに合わせてみたんですよ!」


 弾むような声をあげるミトリ。そこへ、漆黒の言霊が落とされる。


「……あの、正気ですか? それとも狂気ですか?」


「はいいいいいぃぃ?」


 竜巻の如く振り返るミトリ。そこには、衣服を抱えたククルがいた。


「これから向かうのは山ですよ。ともすれば、そんな布面積の少ない服では、リーク様がお風邪を召してしまいます。もちろん、ミトリ様も」


「あ……た、たしかに……」


 そこでようやく気づいたミトリ。うん、さすがに遠征先でこの衣服は機能しない。アクティブな――要するに兵を率いる場面なら、こういう服はマストだと思う。だが、場所を考えると、今回は遠慮しておきたい。


「リーク様。こちらの衣装をお試しくださいませ」


 今度はククルが持ってきてくれた服を試す。試着室へ――。


 ――着替えて、カーテンをオープン。


 黒を基調とした詰め襟。銀の刺繍が高貴さをほのかに漂わせる。身体への密着度も高く空気を通さない。袖も裾も長くて着心地が良い。そして、漆黒のマント。首部分が分厚くできているので寒さ対策は万全だ。


 そしてやはりククルもそれに合わせて衣装をチェンジしていた。紳士用の黒スーツ。そして白い手袋。男装の麗人スタイル。ククルのすらりとした体型がかっこよく見える。


 うん、実に完璧。完璧なんだけど――。


「……死神、ですか?」


 ミトリから、ナイフのような突っ込みが入る。薄ら笑いで。


「なん……ですか?」


 ギロリと睨めつけるククル。


「話し合いに行くのですよね? 黒い服を着ていたら、まるで威圧しているかのようじゃないですか?」


 黒は死を彷彿とさせる。相手に、そう取られる可能性はある。逆に、白だと『潔白』の証明だとか。まあ、他意はなくても、印象は変わるよね。


「威圧することのなにが悪いのです?」


「お姉ちゃんは、なるべくして話し合いで解決したいと思ってるんですよ? なのに、リークさんがその格好で出立したら、お姉ちゃんが疑問に思います。それは、結果としてリークさんの評価を下げることに繋がります。仮に、説得が上手くいったとしても」


「死神のように写ったとしても、相手の戦意を失わせることに繋がれば、無血勝利となるでしょう。」


「それだとしこりが残るじゃないですか! リークさんには、あくまで話し合いをメインに成功してもらわなければならないのです!」


 ふたりとも俺のことを考えてくれるのはありがたいんだけど……ちょっと、極端なんだよなぁ。


「リーク様、よかったらこちらをお試しください」


 さりげなく現れたのはベルトチカ。手には俺の着替えらしい衣服が抱えられていた。


 さっそくと着させてもらう。さすがは、一流店の店主だ。装飾の施されたインナーに黒と白の混合ジャケット。奇をてらっているが、黒がうるさくなく、死神感はない。金や銀を排除しているので、貴族らしい嫌味もなかった。ベルトチカいわく、背中にラーズイッドの紋章も入れられるらしい。俺は、さほど自己主張の強い方ではないので、遠慮しておいた。ズボンは白だがデニム生地。戦闘になってもそうそう破れまい。


 好ましい無難感。されど貴族らしさも失われず、任務にも堪えうる耐久性。うーん、お見事。俺の中の最適解があった。しかし、これを気に入ってしまうと、ククルやミトリがやきもちを焼くんじゃないかと心配――したのだが、杞憂であった。試着室から出ると、ベルトチカが彼女たちのぶんの衣装も選んでくれていたらしい。


 ククルは、動きやすいメイド服。スカートではなくズボン。いかにも従者であるとわかりながら、高貴さに溢れている。


 ミトリは軽装の騎士服といった感じだ。露出狂の彼女らしく、肘の辺りや、胸元辺りをわずかに見せている。ベルトチカが言うには、全体的に暖かくなるような魔法がかけてあるので、少しぐらいの寒さには耐えられるらしい。ちょっとお高めだけど。


「わあ、これなら山でも大丈夫そうです!」


「悪くありませんね」


 ふたりとも喜んでいた。俺の服を選ぶとかいう勝負のことは忘れてくれたようだ。


「気に入ってくださったのなら幸いです。よろしければ、お屋敷の方に届けさせていただきますが?」


 こうして、俺たちはベルトチカの選んでくれた服を購入するのだった。


「ありがとうございます。今後ともご贔屓に」


 にっこりとベルトチカは笑うのだった。

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