第12話 服屋とメイドは獅子を翻弄する
買い物を済ませ、屋敷へ戻る途中、俺たちは大きな広場を見つける。大勢の大工が作業をしていた。といっても、まだ着工したばかりなのか、建物の土台すらできあがっていなかった。
「大規模な作業をしているな。なにができるんだ?」
俺が尋ねると、ミトリが答えてくれる。
「図書館ができるんですよ。新生イシュフォルト図書館」
俺は「ふーん」と、何気ない相槌を打った。そういえば、イシュフォルト図書館の本はすべて町に移動させるのだったか。
現存する図書館だけでは保管できるわけがなく、ともすれば相応のスペースが必要となる。なので、メインとなる新生イシュフォルト図書館をつくるらしい。建物だけでは収納しきれないので、地下にも大規模なスペースを設けるそうだ。
「凄いプロジェクトだな」
「お姉ちゃん……正直、厳しいみたいです。国王陛下からの勅命なので、断ることはできないのです」
そこへ、学生たちの立てこもり。テスラも大変だ。
「しかも、城郭都市化計画なんてのも控えていたので、お姉ちゃんも頭を悩ませているみたいですね」
「城郭都市化計画?」
「はい。お姉ちゃんが、かねてから構想を練っていた一大プロジェクトなのです。すでに国王陛下の許可はおりているのですが、図書館の件が終わってからの着工になるみたいです」
城郭都市というのは、都市全体を囲むように城壁をつくることだ。外敵から守りやすくする。民も安心して暮らせる。けど、バルティアの町は大きいし、それだけの建築をするとなると、相当な金と労働力と時間が必要になる。
「……なんか、もどかしいよな」
俺の気持ちを察するように「そうですね、リーク様」と、ククルが言ってくれた。
「なにがもどかしいんですか?」
「ん……ほら、こんなの魔法を使えば、もっと効率よくできるのになって思って」
俺の魔法が大地属性だからじゃない。この世の中には、魔法を使えば、もっと簡単に作業を進められることがある。
けど、この国では『魔法による産業』が禁止されているのである――。
☆
――魔法産業の禁止。
これは、遙か昔から続いている法律だ。
簡単に説明すると、魔法を使ってモノをつくってはいけないことになっている。食料、衣服、建築、その他なんでも(医療を除く)。要するに、楽をしてはいけないというルールなのである。
そんな非効率な法律が、なぜ存在するのか?
もし、魔法産業が容認されてしまうと、例えば――この広場で働いている大工たちの仕事がなくなってしまうからである。
事実、俺の大地魔法なら、このレベルの建物でも、一瞬で完成させることができる。農業も、植物操作魔法の使える奴がひとりいれば大量の作物をつくることができる。水魔法が得意なら水産業は有利だろう。
となると、魔法を使える奴が偉くなる。使えない奴は仕事を失う。結果、激しい貧富の差が生まれる。それゆえ遙か昔から、魔法産業に関してはタブーとされている。
「けど、こうして、大工さんたちが働けるのも、その法律のおかげですから、しかたありませんよ」
と、ミトリは言うけど、俺としては懐疑的だ。国は裕福でいい。効率よく建物を建てて、大勢がいい家に住めた方がいい。食料も溢れるほど用意してあげたら、それでいいじゃないか。そうしたら物価も下がる。働かなくてもいい時代がくる。
国王陛下曰く、それは『堕落した世界』になるそうだが、なにが悪いのかと俺は思ってしまう。産業が魔法で成立するのなら、それ以外の仕事を増やせばいいのだ。
例えば、芸術、出版。演劇など、人間でなければできないことだ。絵画だって人間のアイデアと技術が必要。出版は人間の英知から生まれる。料理もいい。もっともっと美味しい料理が提供できる時代になる。
それが苦手な人は教育がある。大人は子供を育てる時間が増える。子供は遊んで学ぶ時間が増える。研究だってはかどる。……まあ、俺の浅はかな考えかもしれないけど。
「働くってのはさ。嫌なことをすることじゃないんだけどな……」
「ごもっともです」
「?」
ククルはわかっている。けど、ミトリはピンときていないようだった。
俺は時期領主だから『働くことの喜び』の神髄を理解している。金が欲しいから働いているのではない。誰かのために働くことが喜びなのだ。
俺は、家族やククル、民のために領主を継ごうと思っている。ククルは、俺や俺の家族、ククルの家族を喜ばせるために働いている。テスラだって、民を喜ばせたいから領主をやっているのだ。
雇用を守るとか、働かさなきゃいけないとか、そんなのはダメ領主の考えだ。立派な領主は、民が好きな
けど、現状では、この法律によって文明の成長は著しく鈍化しているんだ。
☆
夜。テスラが執務室で仕事をしていると、召使いがやってきて手紙を置いていった。中には請求書が入っていた。どうやら、リークたちが町で買い物をしたらしいので、その支払いである。うん、問題ない。必要経費はテスラが用意すると言ったのだから。
「結構細かく書いてあるな。ジャガイモの単価まで……凄いな。交渉したのか、ここまで値切ることができるとは」
これは、ククルという超級メイドの手腕だろうか。ラーズイッド家は恵まれている。
「傷薬とか、薬草とかもしっかり揃えているな。店選びも抜かりない。毒消しが190ルク。熱冷ま草が300ルク……衣服代……148万……ルク……148万ルク? ……いちじゅうひゃくせんまんじゅうまんひゃく…………ひゃくよんじゅうはちまんルクゥゥゥゥゥッ?」
0がふたつぐらい多い。服に148万? なにこの服。ダイヤモンドとか黄金でつくられてるの? それとも馬とかもセットでついてくるの? 馬車付きの馬でもついてくるの?
っていうか、こんな高い服扱っているところ、ベルトチカの店ぐらいだぞ。――っていうか、ベルトチカの店で買ったのかよ! いや、あいつの店ならわかる! モノはいいし接客も一流だ! しかし、あまりに法外! いくら、費用はすべて負担すると言ったとはいえ、148万ルクは高すぎるッ!
「ぐ……しかし、吐いたツバは飲めん」
今更撤回などできるわけがない。おのれリーク、もう少し遠慮しろ! いや、あのハイパーメイドの仕業か? ベルトチカもベルトチカだ。返品できないよう、明細に『オーダーメイド品』と書いている! オーダーといっても今日の買い物ではないか! どうせ、刺繍を施したとか、ネームを入れたとか、裾上げしたとか、それぐらいだろうがぁぁあぁぁッ!
優秀な奴は好ましい。だが、優秀すぎる! どいつもこいつも優秀すぎる!
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