第40話 酷い有様だけどおたく何様?

 夜を待って、バニンガは行動を起こす。


 ミトリ・コラットルの生活パターンは読めている。夕刻までは、城壁建築の手伝い。その後、直帰するかレストランに寄って食事をとる。この日は、運良くレストランへと向かっていった。連れも一緒だ。青年はリーク。メイド服の女はククルだろう。


 気づかれないよう、バニンガもレストランへと入る。三人が食事を済ませるのに合わせてバニンガも出る。軒先で、いい具合に分かれるようだ。リークとククルは繁華街へ。ミトリは屋敷の方へと向かっている。


 ――よし、ミトリを追う。


 リークとククルも、そこそこ強いと評判だ。特にククルとやらはスーパーメイドで使用人たちから高い評価を受けている。別れてくれて好都合。


 ミトリが、人気のない路地へと入っていく。バニンガは、フードを深く被って顔を見られないようにする。慎重に追跡する。


 夜道に女性ひとり。いかに手練れとはいえ、背後から襲えば抵抗できないだろう。人目に付かなくなったタイミングを見計らって、バニンガは背後から掴みかかる。


「きゃ――」


「――動くな。暴れるな」


 首に腕を絡ませ、一気に締め上げる。


「う、ぐ……」


 さらに力を入れ、気絶させようとするが――その時だった。


「――おい、なにやってんだ?」


 びくりと反応するバニンガ。人質を取ったまま振り返る。すると、そこにはリークがいた。


「な……おまえは……」


「あとをつけてるのバレバレだったぜ。あまりにも焦れったいから、おあつらえ向きのシチュエーションを用意してやったんだ。ほら、ミトリを離せ」


「は! バカか! こっちは人質がいるんだぞ」


「そいつに人質の価値はないよ」


「な……」


 え? リークって、そんなに非道な奴なの? 田舎の辺境伯の跡取り息子だよね?


「ちょ、なに言ってるんですか! リークさんが大丈夫だからっていうから、作戦にのってあげたのに、そんな――ぐッ……」


 人が集まってくると厄介ゆえに、バニンガは絡ませた腕をきつく引き絞る。


「誰だ、おまえ? ミトリに恨みでもあんのか? 目的はなんだ? 金か?」


「言うか、バカ」


「……おとなしくミトリを解放した方が身のためだぜ? そいつの姉ちゃん、ドラゴンより怖いんだぞ」


 ――このリークという男はなにを言っている? なぜ、そんなに余裕なのだ。こっちは人質がいるのだぞ? もし、ミトリに何かあったら、こいつだってタダでは済まないはずなのでは? そのドラゴンより怖い姉ちゃんから責任を追及されて、殺されるのでは?


 困惑するバニンガ。だが、リークはポケットに手を突っ込んだまま、余裕綽々と近づいてくる。


「お、おい! 見えないのか! こいつを殺すぞッ?」


「そっちこそ、聞こえなかったのか? 耳がおじいちゃんなのか? ミトリに人質の価値はないって言ったろ」


 こうなったら仕方がない。ミトリは死なない程度に痛めつける。そして、リークという男は始末する。


 バニンガは腕に魔力を込めた。すると、めきめきと爪が伸びていった。部分的な魔物化。それで、ミトリの頬を引っ掻く。赤い線が引かれ、液体がぽたりと落ちた。


「ひ……ッ」


「リーク。最後の警告だ。動くな」


「俺からも最後の警告だ。おまえがド悪党だってことはわかった。ミトリを離せ」


 怯むことなく近寄ってくるリーク。いったいなぜ、そこまで冷静になれる? メイドの姿が見当たらない。なにか企んでいるのか? それとも、こいつはこいつでミトリが死ぬことでメリットでもあるのか?


「クソがッ!」


 仕方がない。脅しが足りないのなら、行動に移すまでだ。覚悟を見せてやる。バニンガは、ナイフのように鋭い五本の爪で――ミトリの横腹を貫いた。


「はぐッ――」


「は、はははッ! おまえのせいだぞ! おまえが迂闊に近寄る――って、あ、あれ?」


 ――爪が抜けない?


「あーあ、だからやめとけっていったのに」


 ミトリが頭部からサラサラと崩れていく。砂? 砂のダミー? リークの魔法か? ちょっとまて、さっき顔を引っ掻いたら血が出てたぞ? もしかして、あれも魔法? 赤土とかで血液に見せたの? っていうか、肌の感覚とか、完全に人間だったぞ! どんだけ器用に砂を扱えるんだよ!


「ぐ、ぐぐッ!」


 どうがんばっても爪が抜けそうになかった。それどころか、ミトリを形作っていた砂がざざざざとバニンガの身体にまとわりつき、全身を蓑虫のように包み込んでしまうのだった。


「リークさん、終わりました?」


 上空から、ミトリの声が聞こえてくる。屋根の上からひょいと舞い降りてきた。スカートの中身が見えそうだった。


「ああ、終わったよ。――で、おまえはいったい何者なんだ?」


「だ、誰が答えるかッ」


 必死に砂を振りほどこうとするが、ビクともしなかった。っていうか、こっちは身体の一部を魔物化しているんだぞ。どれだけ強い魔力で砂を固めてるんだ!


「ま、いいや。とりあえず、顔を拝ませてもらうぜ」


 そう言って、リークがフードを脱がせてしまう。


「えっと……誰だ?」


「あ、あれ? バニンガさん?」


 全力でうつむくバニンガだった。合わせるような動きで表情を覗き込んでくるミトリ。最悪だ。面識があったのがアダになった。クラージュ家の者だとバレたら、大事になってしまう。


「バニンガ?」


「スピネイル様の従兄弟にあたる方です。なぜ、こんなことを……」


「……どういうことだ?」


 リークの表情が変わった。ミシリと砂が身体に食い込む。内臓が悲鳴を上げた。


「ぐ……はッ……」


「正直に話せ。テスラ様の不在を狙ってくるなんて、タイミングが良すぎる。どういうことなんだ?」


「だ、誰が……」


 絶対にしゃべるわけにはいかない。スピネイルに迷惑をかけるわけには――。そう思ったのも束の間。その時だった。ククルというメイドが、大通りの方から大勢の屈強な男を引きつれてやってきたのだった。


「リーク様。援軍を連れてきましたが……どうやら、必要なかったみたいですね」


「なんだなんだ?」

「どうしたリーク」

「揉め事か?」

「喧嘩なら手伝うぜ」


 屈強な男衆が、緊迫感なく声をかける。やばい。騒ぎが大きくなる前に、なんとかしなければならないのだが、この砂、ビクともしない!


「ああ、どうやら不審者みたいなんだけど――」


 リークがそこまで言ったところで、男たちは急に表情を険しくして、声を荒げた。


「なんだとぉッ? テスラ様のいない時に仕掛けてくるとはふてえ野郎だ!「ぶっ殺すぞゴルぁッ!」「しかし、さすがはテスラ様だな。こういうことを予見していたかのようだ」「どこのなにもんだぁ? あ?」


 さらに騒ぎが大きくなる。怒声に引き寄せられて、数多の野次馬が大通りの方から到来してしまう。バニンガは『終わった』と、思った。


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