第19話 スーパー一夜城
夜。
大地が揺れた。
目を覚ますには十分な揺れだった。テスラにとっては他愛のないことだが、領民にとっては一大事かもしれない。すぐさま起床し、彼女はカーテンを開ける。
「なにがあった……?」
つぶやき、眺めるテスラ。火の手が回っている気配はない。魔物ならば、すぐにでも蹴散らさなければなるまい。他国の侵略ではないと思いたい。ただの地震なら、珍しいことだが――。
ゴンゴンゴンと、扉が激しくノックされる。
『テスラ様! お休みのところ失礼します!』
「構わん、開けろ」
扉が勢いよく開かれ、兵士が入ってくる。
「報告いたします! たったいま、町の外に――そ、その……なんというか、巨大な建物が出現しました!」
「建物が出現? どういうことだ? 地面からはえてきたとでもいうのか?」
「そ、それが、その……暗くて、よく見えなかったモノで……我々も、どう説明したら良いのか……」
要領を得ない報告。だが、のっぴきならない何かが起こっていることはわかった。テスラは、すぐさま部屋を飛び出した。
☆
「あー……なるべく静かにやったつもりなんだけどなぁ……さすがに、これだけの質量となると、ちょっとぐらい地震は起こっちまうかぁ。修行不足だな」
浮遊大陸の崖で、俺は苦笑する。これほどの大地操作は初めてだ。超巨大図書館を浮遊させて、町まで運ぶのは骨が折れる。図書館の基礎工事を傷つけないよう、深い位置から大地をえぐるように切り離し、建物にダメージを与えないよう、ゆっくりと飛行させたのだ。
到着したら、夜になっていたのは好都合だった。こんなのが空を飛んでいたら大事件。テスラに見つかったら、不審物として撃ち落とされてしまうだろう。あいつなら雲の高さぐらいまでジャンプしてきそうだし。
町の近くにちょっとしたくぼみをつくり、そこへ図書館を着地。闇夜に紛れて行うつもりだった。誰にも気づかれなければ、一夜にして図書館がワープした怪奇現象となる。というか、怪奇現象として終わらせたかったんだけどな――。
「凄いじゃないですかぁリークさぁん! まさか図書館ごと移転するとは! これにはテスラも驚きびっくりでしょう! うふふふふ、豆鉄砲を食らった獅子の如く唖然としますよぉ!」
豆鉄砲食らった獅子は、怒り狂って襲いかかってくると思うのですが。ファンサ先生、テンションが上がって、戦ってる時みたいになっちゃってるし。
ミトリも驚きの表情で問いかけてくる。
「しかし、こんなことができるなんて……リークさんって、いったいどれだけの魔力を秘めているのですか……」
「ん? 普通だよ、普通。ミトリも才能があるって言われてるんだから、そのうちできるようになるよ」
ミトリは闇魔法のスペシャリストなのだから、きっとブラックホールを召喚するとか、それぐらいはできるようになりそうだ。
「……ん? あ……やばい。もう気づかれた」
できれば、人が集まってくる前に退散したかったのだが、さすがは優秀な領主様。テスラが、兵隊を引き連れてこちらに向かってくる。いや、正確には兵隊を置き去りにしている。大量の松明(あかり)から、ミサイルのように突っ込んでくる人間がひとり。
「――っと、む……リーク?」
土煙を上げながら、ブレーキをかけるテスラ。
「テ、テスラ様。本日は月が綺麗ですね」
「なにを言っているんだ、リーク。今宵は新月だぞ」
うん、緊張のあまり適当なことを言ってしまった。
「うふふふふ、テスラぁ。貴方の媚びた考え方を、リークさんが捻り潰してくれましたよぉ。やはり、図書館はあるべき姿で、残すべき――」
ハイテンションモードのファンサ先生が、嬉々揚々とテスラ相手に調子に乗る。しかし、ひと睨みされると、身体をびくつかせてハイテンションモードが強制解除。「ひぃぃ、ごめんなさいぃぃ」と、俺の陰に隠れてしまう。
到着に気づいた生徒たちも、図書館の中からぞろぞろと現れる。さらには、テスラの引き連れてきた兵士たちも遅れてやってきた。
「ファンサ教授に、学院の生徒も揃っているようだが……さて、これはいったいどういうことなのか。――誰か説明してもらえるかな?」
その「誰か』って俺だよね。今回の任務の責任者だもんね。テスラの瞳が怖い。吸い込まれそうだ。いや、飲み込まれそうだ。まるでブラックホールだ。意識を吸い上げられ、磨り潰されそうだ。マジ怖い。精神的に殺されそうだ。兵士や学生たちが、気を失いそうになっている。身体の細胞がヤバいと感じているのだろう。
俺は、気まずそうに説明をする――。
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