第50話 おてんば♀らいおんテスラの後日談

 数日後。王都ラシュフォール。テスラは謁見の間へときていた。さすがのテスラも、この場だけは慣れなかった。いかなる実力と権力を手に入れようと、国王陛下の御前では意味を成さない。陛下の心次第で、自分も民もその人生を大きなうねりに巻き込むとなると、さすがに心は穏やかにはいられなかった。


 まあ、それは、彼も同じだろう。


 テスラと肩を並べるのは、スピネイル・クラージュ。一悶着あってから久しい。随分と顔つきが変わったと思った。腹をくくった人間の目をしている。


「ご無沙汰しております、スピネイル卿」


「堅苦しい言葉は結構。あなたのことは友だと思っている」


 陛下を待つ間、テスラとスピネイルは肩を並べて言葉を交錯させる。


「ふ……そうか。こちらとしても、その方が楽だ。――して、領地の様子はどうだ? あまり芳しくない噂が聞こえてくる」


「改革に手間取っています。民の意識が低い。あなたが羨ましいです」


「民の意識が低いのは、偏に領主のせいだ。まずは、民のために金を使え。投資だと思うのだ。衣食住を与え、安心を与える。そうすることで新たな価値観を得る――」


 と、ここまで説明して、テスラは蛇足だったかと思った。プライドの高いスピネイルに上から物を言っては、気を悪くするだろうと思った。


「民に金を使う、か。心得ておきましょう。――おそらく、やっていたつもりでいるだけで、できていなかったのかもしれません」


 随分と素直になったものだと、テスラは驚いた。


「随分と遅れを取ったが、必ずクレルハラート……クランバルジュすべての町は改革を成功させます。その時は覚悟しておくと良いでしょう。世界中の民が、我が領地に住みたくなる」


「楽しみにしているぞ、スピネイル。そのためなら私も協力は惜しまん」


 そこまで会話を合わせたところで、大臣が静かに告げる。


「コホン。国王陛下がおいでだ」


 心と背筋を緊張させるテスラとスピネイル。張り詰めた空間を用意し、陛下をお迎えする。すると、奥の方から涼しい声が漂ってきた。


「――やあ、久しぶりだね。テスラ。スピネイル」


「はっ――」


 陛下が姿を現せ、そのまま流れるように玉座へと腰を下ろす。テスラとスピネイルはその場に跪くのであった。


 ――グラリオン・ラシュフォール国王陛下。ラシュフォール大陸すべての国を束ねる絶対権力者。最強の魔法使いとも言われている。歳は28歳。甘いマスクに穏やかな表情。輝く金髪。民に混ざっていても違和感ない青年であるが、見る人からすれば漂う風格をはっきりと感じ取ることができるだろう。


「かしこまらなくていいよ。儀式でも式典でもないんだからさ。面を上げてくれ」


 テスラたちは、恐れ多くも立ち上がり、陛下に顔を見せる。


「バルトランドから聞いているよ。きみたちの統治に関して判断を仰ぎたいってね。法律からすれば、なるほど疑問の余地がある。けど、ラシュフォールの王は僕だ。きみたちの行いが正しいかどうかは、僕の胸先三寸だね」


「このテスラ・シルバリオル。心得ております」


「スピネイル・クラージュにとって、陛下の言葉は神の言葉。いかなる判断も喜んで賜る所存です」


 本日。これまでの沙汰の処分を言い渡される。要するに簡易的な裁判だ。弁護士も裁判官もいない。王の心ひとつで、処遇が決まる。


「まず、テスラからだ。イシュフォルト図書館の件は御苦労だった。移転に魔法を使ったようだね。僕の方でも調査をさせてもらったよ。なんでも、ファンサ教授なる、歴史経済学者と、その生徒の立てこもりが発端だったとか――」


 そこまで調べてあるのかと驚かされるテスラ。


「……お恥ずかしい限りです」


「その後『とある大魔法使い』が、交渉の流れで移転を行ってしまった――。きみとしては予想外だったようだね」


 リークのことも知っているようだ。どうやって調べたのかはわからないが、彼にまで責任が及んで欲しくはない。万が一、そのようなことがあれば、絶対にかばわなければならないと思った。彼はテスラのために、動いてくれただけなのだから。


「で、その図書館の移転に関してだが……ぼくの一存によって不問とする」


「ありがとうございます」


 ほっと胸をなで下ろすテスラ。


「これはテスラの功績を鑑みてのことだからね。特例中の特例。魔法産業禁止法に違反していることには間違いない。ただ、移転に関しては、ぼくが無理な注文をしているという負い目があるんだ。ま、これからは軽率な行動は慎むように。そして、その『とある大魔法使い』にも、よく言っておくように」


「は。必ずや伝えておきます」


 聡明な陛下である。苦言を呈したいことなど山ほどあるだろう。けど、結果と今後のことだけを考え、シンプルに終わらせてくれた。こういう人だと知っているからこそ、テスラとて真摯に仕えたくなる。


「次、スピネイル」


「はい」


「魔物を飼育し、産業に関わらせるのは問題ない。けど、魔法を使って操るのは違法だ。今までやってきたことに関しては不問にするが、これからは謹んでもらいたい」


「かしこまりました」


「スピネイルの手腕があれば、魔法なんて使わなくても町の繁栄は容易いよ。がんばってね。300年もやってきたんだから」


「陛下のため、必ずやご期待に添えるよう勤めさせていただきます」


「以上だ。これまでのことを言っても仕方がない。きみたちのこれからの働きに期待しているよ。皆でもっと良い世界にしていこう」


 良いタイミングなので、テスラはかねてから伝えたかったことを言う。


「――恐れながら陛下。このテスラ、ひとつ進言したいことがございます」


「うん、なんだい?」


「これを機に、魔法産業禁止法の破棄をご検討していただきたい」


「魔法産業禁止法の破棄……。――きみはなにを言っているのかわかっているのかな? たったいま、そのことで注意されたばかりなんだよ?」


 少し、空気が冷たくなったのがわかった。うん。テスラとて、無茶を言っている自覚はある。ふたりが呼び出されたのは、魔法産業禁止法が原因なのだ。


 雑な例を挙げると、万引き犯が厳重注意の末、許された瞬間『けど、これからは万引きを犯罪にするのはやめません?』と、提案しているようなモノである。


「とりあえず、聞こうか」


「我がバルティアを始め、このラシュフォール大陸全土の町は、陛下の御威光のもとに凄まじき発展をしてきました。魔法産業禁止法のおかげで、多くの民に仕事を与えることができました。我が領民も活き活きと働いております」


「結構なことじゃないか」


「しかし、その魔法産業を解禁すれば、陛下の支配するこのラシュフォール大陸は、さらなる繁栄を期待できるでしょう」


「魔法産業を許したら、多くの民は仕事を失うことになる。それ自体は困ることじゃない。仕事の効率化によって、人々は裕福になるからね。食料もタダ同然で供給することができるだろう。だが、その対価として、人は堕落する。貴族が良い例だ。きみたちはよくやっている方だが、中には贅沢をするだけの生物いきものになっている者もいる。ぼくはそういった民を見たくない。世界が豊かになるよりも、国民が幸せに暮らすことの方が大事だと思っているんだ」


「仰るとおりかと。しかし、わたくしめは、その悩みを解消する術を知っております」


 ひとが堕落の道に向かうのは、偏に『精神が未熟』だからだ。だが、テスラは民を堕落させないよう『精神の豊かさ』を向上させることができる。これはリークの働きによって実証された。


「これからのラシュフォールは、人間性を育んでいくべきかと。それこそが明るい未来への革命です。これは統治者である我々の手腕が試される改革です。失敗すれば、陛下の仰るとおり、人々は堕落への道を行くことになるでしょう」


「今のままでも十分幸せを感じられるのなら、それでいいとは思わないかい?」


「それこそ堕落です。与えられた環境に満足し、現状を維持しようとすることは衰退に繋がります。なぜならば、時代は前へと進んでいるからです。それが、ただただ贅沢をするだけに留まる貴族たちの姿です」


「……耳が痛いね。なるほど、一理ある。――テスラは頭がいいね。怖いぐらいだ。国家転覆を狙う逆賊という噂も頷けるよ」


「なッ――そのようなこと――」


 さすがのテスラも狼狽する。まさか、悪い噂が陛下の耳にまで及んでいたとは思わなかった。しかし、そんな陛下の戯れ言を諫めてくれたのはスピネイルだった。


「――あくまで噂にございます。もし、彼女にそのような気概があれば、すでに近隣諸国は彼女の支配下に置かれているでしょう」


「す、すぴねいる?」


 ごめん、声が裏返った。まさか、彼がかばってくれるとは思わなかったから。


「それほどの器を持ちながら、一国の領主に甘んじているのは、陛下への忠誠の現れではないでしょうか」


 そこまで言うと、陛下は微笑みを浮かべ、からからと笑った。


「はは、仲がいいね。――いやあ、さっきのは冗談だ。テスラの悪い噂は耳にするけど、叛意がないことぐらいわかっているさ。それに、ぼくだって世界一の魔法使いなんだ。きみたち領主が、束になったところで負けるつもりはないよ」


「ごもっともであります!」と、取り繕うテスラ。


「御世辞はいい。きみたちだって実力を隠しているんだろう。テスラは魔法が苦手だって言うけど、どうかな? スピネイルも、魔王の瞳の扱い方がわかってきたんじゃないかな? ああ。そういえば、少し前にクレルハラートで大きな喧嘩があったらしいね」


 額に汗を滲ませるテスラとスピネイル。陛下の口ぶりは、まさにスピネイルとの一戦を知っているかのようであった。どこからその情報を仕入れてきたというのだ。陛下の情報力の凄まじさを思い知る。


「ふふ、話を戻そうか。――魔法産業の解禁についてだったね。うーん、どうしようか。非効率な施策だからこそ良いんだけどなぁ……。突然再会したら、これまでやってきたことはなんだったんだろうって思わないかい?」


 解禁は諸国の反感を買う。なぜなら、これまで続けられた魔法産業禁止法が『間違っていた』と認めることになるからだ。従ってきた諸国は憤懣やるかたないだろう。要するに国王の先祖への批判に繋がる。


「そうならないよう、このテスラが示します」


「どうやって?」


「城郭都市化計画の完成を持って示します。城壁建築は寄付とボランティアによって支えられています。彼らは自らの心の充実のために動いてくれています。そんな美しい心を持った民が、最高の城壁を自らの手で完成させます。魔法産業が開始されたところで、彼らは己の仕事を誇り続けるでしょう。それによって、新たな道を示します」


 魔法産業禁止法があったからこそ、人の心の豊かさという得られたものがある。政治的に言えば、そういった側面を主張することで、反感や批判を緩和させてみせる。


「なるほど。面白いね。城郭都市化計画の達成をもって、魔法産業の開始とするわけか――」


 すると、スピネイルも私見を述べてくれる。


「それならば私も賛成です。近隣諸国は喜んでテスラに協力いたしましょう。国民同士の絆を深めることにも繋がります。そうなれば、これからのラシュフォールの繁栄は約束されたも同然かと」


「なるほど。きみも同意見か……困ったね」


「「どうかご検討を」」という言葉を持って、頭を下げるテスラとスピネイル。


「魔法産業が魅力なのか、それとも仲が良いのか……まあ、面白い試みではあるね。ぼくも、常々効率が悪いと思っていたんだ。魔法は選ばれし人間が持って生まれた特権だ。ドラゴンは炎を吐くし獅子は牙を使う。犬は嗅覚が優れている。使える能力ものは使っていくのが生物の本質だ。……だから、まあ……そうだね。前向きに検討してみよう」


「ありがとうございます!」と、テスラは声を張った。


「だが、近隣諸国が、きみたちと同じように上手くやれるとは限らない。だから、城郭都市化計画を成功させ、国民のモラル向上を示し、モデルケースとなる都市をつくってみせてよ」


「はっ! ならば、近隣諸国とも互いに交流を深めて協力し合い、一刻も早く城壁を完成させて見せましょう」


「うん。いいね。――ところで――」


「は」


「あの城壁には名前を刻むことができるんだったね。ちなみに、いちばん高いところはいくら出せばいい?」


「へ……?」


「もう一度聞くよ? いくら出せばいい?」



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