第7話 お手伝いいたしましょうか?
――ビーフシチューはミトリの得意料理である。シルバンティア領内でも、ビーフシチューは家庭料理の定番。シェフから師事を受け、一流レストランにも負けない腕を身につけた。アレンジも得意。
――加えて、分析も十分。
リークは若いから、濃い味付けがいいだろう。先刻、部屋を出る時、リークの珈琲をこっそり飲んでみた。砂糖が入っていた。若干の甘党。――ならば、玉葱の甘さを引き出して勝負する。味の方向性は決まった。
――が、二十分とはどういうことだ。
普通は無理。どうがんばっても玉葱の甘さを引き出す時間が足りない。肉を煮込んで柔らかくする時間も足りない。このままではなんちゃってビーフシチューしかできないだろう。ゆえに、ミトリは内心焦っていた。
「それでは、スタートだ!」
テスラの号令によって、勝負が始まった。ミトリは、素早く材料を選定。まずは肉の下処理。用意されているのは牛肩ロース。フォークで穴を開けることで火の通りを早くする。小麦粉をたっぷりまぶして表面を焼く。その隙に玉葱もみじん切り。
「くッ! 時間が……!」
玉葱も鍋にぶち込んで一緒に炒める。とにかく時短だ。正攻法でやっては完成しない。このタイムリミットでは、まともなビーフシチューはできない。これは、いかに美味しいビーフシチューをつくるかではなく、いかに減点すべきところがないビーフシチューを完成させるかの勝負になるだろう。
――あと十分。
バターや赤ワインを入れて、やや強火で煮込む。絶対に焦がさないよう、おたまでひたすら混ぜながら――。そうやって着々と工程をこなしていく。
――あと五分。
煮込んで水分を飛ばし、とろみをつくっていく。
――だが、その時だった。
「お手伝いすることはありますか?」
「え……?」
ククルが、しれっとやってきて声をかけてくる。
「私の方は終わりましたので、お手伝いしますよ?」
そんな馬鹿なとミトリは思った。時間を残して完成? あとは盛り付けるだけ? ありえない。いったいどんな魔法を――?
「け、結構です!」
「そうですか。それじゃあ、使わない包丁やまな板を片付けておきますね」
かすかな笑みを浮かべるククル。余裕綽々と、荒れた簡易キッチンを綺麗にしてくれる。当然、自分のキッチンは完璧。もう凄く綺麗。
「ふぇえええ――!」と、嘆きながらミトリはひたすら鍋をかき混ぜる。
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