第4話 パパはドラゴンスレイヤー②
納屋を改造した広いガレージが用意された。全てフェンリルが手紙で指示した通り。どうやらラインハルト卿はかなりのやり手らしい。
特殊な魔術工具や触媒も殆どが準備されもはや“ここで作れないものはない”と断言できるほどだ。
「すごい!これだけあれば、完成した暁にはちょっとくらい余り物の資材を持って帰ってもわからないんじゃない?」
ルナが悪い顔でフェンリルの顔を覗いたが彼は至って真面目に「いや、それはしない」と首を横に振った。
「冗談よ!」
真面目な仏頂面を見てルナは笑いながらフェンリルの肩を叩く。
程なく、新しい材料が届いたとの連絡が執事より入った。フェンリルは壁にかけられた電話機を手に取る。空気のマナで振動を増幅して伝達管を通し、少し離れたところでも通話ができる装置だ。
「ラインハルト卿、例の荷物が来た。手筈は良いだろうか?」
「もちろんだ」
その声に応える低い声は頼もしい。そして荷物が商人たちの手によって搬入されてきた。広いガレージいっぱいの、馬車二つ分は長さがある巨大な木箱。それが実に5箱。
フェンリルは慎重に一つ目の箱を開く。不思議な事に中からは青い光が漏れていた。
「発光してる?なんなのこれ?」
貴族令嬢のカレンが目をパチクリとさせている。フェンリルは端から端まで中を見渡しながら説明した。
「リードクリスタルだよ。聞いたことはないか?ごく限られた地域の、地のマナが豊富な洞窟で採取される巨大なクリスタルだ」
そう言いながら蓋を全て開く。中から姿を現したのは光を発する薄いクリスタルの巨大な板。差し渡しはカレンが寝そべってもその6倍はある。
「これはそれを2.00チッセ単位でスライスしてもらったものだ。職人の神業だよ。精度が出てるかどうかが問題だが。これが全部で15枚もある。」
そういうと、ガレージの入り口からラインハルト卿とメイド達、執事たちが姿を現した。
「スチーマー殿、いいか?」
ラインハルトの呼びかけにフェンリルは応える。
「いつでも大丈夫ですよ。」
そして総出でのクリスタルの点検が始まった。皆で慎重に蓋を開けて、商人と一緒に傷がないか見聞していく。と、ルナが声を上げた。
「あ、フェンリル!きて!」
彼が立ち寄るとクリスタルに微細なヒビが入ったものが1枚。おそらく輸送中の振動に負けたのであろう。
「これで全部だな」
フェンリルは周りの同志を見渡し、皆もうなずきを返す。
「ラインハルト卿、商人と交渉をお願いします。すぐに代替え品を用意しないと。」
「わかった。」
ラインハルトが商人と別室へと移るとフェンリルもメイドや執事たちに礼を言った。カレンが傷を覗きこむ。
「このヒビがダメなんですの?」
光の角度が悪ければ見逃してしまうほどの細いひび割れ。
「えぇ。あなたもスチーマーを目指すならこのくらいは気にした方が良いですよ」
フェンリルは小言を言う。カレンは反発した。
「あら、フェンリル様がお父様から私がスチーマーを諦めるように言い聞かすように、言い含められている事は存じてますわ」
フェンリルはげっそりとする。
「それよりフェンリル様、私がスチーマーになる事をお許しいただけるようにお父様を説得してくださいませんこと?」
やれやれ、肩を竦めながらフェンリルは振り返ると、作業台の上に大きな紙を広げる。これはレネル紙という特殊な植物から作った紙で、吸湿、温度などで殆ど寸法が変化しない。本や工具、定規を広げて寸法を書き出す。作業を始めながらフェンリルは言葉を続けた。
「ラインハルト卿は君を言い含めたら【ラクティドラゴンの青眼】をくれるかもしれないぞ。君は何をしてくれる?」
冗談めかしていう。カレンはしばし考えた後手を打った。
「それなら、私が青眼を盗んでフェンリル様に渡しますわ!」
フェンリルは笑った。
「話にならないな」
そう言いながら円形の工具を手に取る。回路設計用の魔法陣テンプレートだ。これに沿って下書きをするだけで魔法陣を描くことができる。真剣に作業を進めながら口をひらく。
「作ったものを見せてみろ」
カレンは不思議な顔をする。
「無いわよ」
「無い?スチームの本を読んだ事は?」
「無いわ!」
フェンリルは大きくため息を吐いた。
「どんな本にも書いてあるさ。実際に作ってみることが1番の理解につながるってね。君が本当にスチーマーを目指すのなら、御託をこねずに何か手を動かして見るべきだ。そうしたいと思わないなら、才能がないのだろう」
思わずキツイ口調になってしまったフェンリルだが、当のカレンはキョトンとしていた。その時だ。壁にかけられた電話機がけたたましいベルの音を奏でる。フェンリルはすぐに壁に歩み寄り受話器をとる。
「フェンリルだ。ああ。ああ。なに?そんなに?」
その後2、3の文言を交わしながら電話を切ると頭を抱えた。
「どうしたの、フェンリル?」
ルナが声をかける。
「困った。クリスタルの代替えの納入には思ったより少し時間がかかるみたいだ。がんばっても少し時間が足りないな」
「交渉してみたら?私達のせいじゃ無いんだし」
「そうしたいところだが、ドラゴンは待ってくれない。弱ったな。せめてあと1人助手がいれば」
頭を抱えるフェンリル。すると、後ろから肩を叩くものがあった。赤い髪のツインテール、カレンだ。
「大丈夫、私が手伝うわよ!」
「えぇ?!」
驚きの声を上げるフェンリルとルナ。カレンはケロっと言い放つ。
「私スチーマー目指してるから、何か手を動かすべきだと思うのよね!やっぱり実際に作ってみる事が一番の理解につながると思うのよ!」
堂々とその大きな胸を張る。フェンリルは青い顔になり、さらに頭を抱えるのだった。
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