第2話 蒸気屋達のレクイエム(後編)
「とりあえずこれで応急処置は施したけど」
フェンリルは機関部の下から顔を出す。
「あくまで臨時的なものだ。湿らせたイワミサボテンの皮を巻いて上から耐魔手袋を切ってテーピングしてある。本当はトードドラゴンの皮があれば良かったんだが。到着まではもつだろうけど、駅に着いたら車庫で伝達管ごと交換をしてくれ。」
フェンリルは立ち上がりながらクルーに耳打ちする。
「それと、申し訳ないが僕のもってる手袋を切ってしまったので後で費用を請求させてくれないか?少し値は張るのだけれども。」
鉄道のクルーは汗をかきながら答える。
「わ、わかった。責任者には私から伝えよう」
2人の話を聞きながらルナは懐から小袋を取り出し、その中から花の種をいくつか地面の鉄板の上に並べていた。
「何をするの?」
リリーナが不思議そうにそれを見ている。
「うん。見ていて?」
ルナは右手の腕輪に手をかざすと、青い光が淡く灯る。そしてそこから水を撒くように種に向かって光の粒子をふりかけた。途端にいくつかの種が芽を出す。
「すごい!それって"時のリング"じゃないの?」
リリーナが驚くのにルナは黙ってうなずくと種を観察し始めた。そしてリリーナに語って聞かせる。
「この種子は全て"オド"に反応する植物よ。人間の持つ感情の力、オドはいろんな場所に残留している。普段はこの子たちはそれをゆっくりと吸って生きているのだけれど、こうやって"時間を加速"してあげると急速にオドを吸って成長する」
ルナは続けた。
「芽が出ているのは"ジアーノ"、"レプセル"、"リアン"と、あと' "ファビア"の種。ジアーノは誇りの感情。レプセルは責任感の感情に反応する花よ。多分リリーナさんとフェンリルの感情を吸ったのね。リアンが好物としているオドは"恐れ"そして"ファビア"は嫉妬。これはおそらく犯人が残していったオドそのもの。」
リリーナは目を丸くする。
「芽を見ただけでわかるの?」「よく見るとみんな違うのよ。丸みだったり艶だったり。私ガーデナーなのよ!よろしくね」
フェンリルが横からひょっこり顔を出す。
「ガーデナーの仕事の時は、僕が助手だ。よろしくな。」
そう言いながらゴーグルをリリーナに返す。
「リリーナ、ここのドアは空いていたの?」
リリーナは少し言葉を曇らせる。
「え、えっと。普段は私が絶対いるから空いてるわ。でも、あの時は少し席を外していて鍵をかけるのを面倒で。その、忘れちゃってたのよ」
歯切れの悪い返事をフェンリルは見逃さなかったが、あえて口を出さないようにつとめた。
「よし分かった。ルナ、犯人はわかりそうかな?」
「任せて〜!」
ルナはそういうとまた種をたくさん取り出し、掌に乗せたまま客室に向かう。
「ついてきて!」
ルナに続いて鉄道のクルー、フェンリル、リリーナが列をなして続く。淡くルナの腕輪が光っている。
「まだ電車の中の人は何が起こっているか知らないわ。」
ゆっくりと、機関車から後方の客車へと順に歩いていく。二両目、三両目。
「疲れ。楽しさ。そういった感じの客車につきものの"感情を示す種"は最初から抜いてあるわ」
四両目、五両目。そこで、三つほどの種が急速に発芽する。ルナは呟く。
「恐れ、警戒、虚しさ」
その声が届いたのか1人の老人がビクリと立ち上がる。鉄道のクルーが声を上げる。
「バスカスさん?!バスカスさんじゃないか?!」
ルナは驚きの声を上げた。
「え?!誰?!知ってる人?!」
リリーナが複雑な声色で静かに告げる。
「私の師匠だよ。クビになった、ね。」
老人は自棄になったように大声を出す。
「リリーナ!ワシを売ったな!」
「違う、師匠!私は!」
その声も聞かずに老人は素早い身のこなしで手から中空に何かを投げる。フェンリルが声を上げた。
「煙玉だ!奴が逃げるぞ!」
言うが早いか周囲に爆発のように急速に煙が広がる。一瞬客車内に乗客の悲鳴が響く。
だが次の瞬間には、ポン!と言う空気の爆発音がもう一つ弾けたかと思うと、煙は全てフェンリルの手に集まりドロドロの黒い泥玉に化けた。
「空気のマナを薬品で弾き出して無のマナに変換した。無のマナは周囲の空気中の水分を集める。その黒灰もろとも」
露わになったのは窓から屋上に登ろうとする老人の姿だ。忌々しげに吐き捨てる。
「おのれ!発明家どもめ!」
そのまま窓の外に消える。
「待ちなさーい!」
間髪入れずに1番に走り出したのはルナだ。軽快に客室の椅子を蹴って窓枠を掴むとするすると器用に天井へと消える。
「え、ちょ、ルナ?!」
フェンリルがあたふたと慌てる横を、リリーナも颯爽とすり抜けていく。
「どいてな!」
あっという間に彼女も窓の外へと消えていった。
フェンリルがオドオドと決意を固める中、走る列車の天井の上ではその揺れの中でルナが震える足を叱咤する。
「がんばれ私!」
そう言って息を吸って、吐く。
「桜山高校、1年B組!鐘月るな、行きます!」
そう叫ぶとブレザーの上着の懐からピンク色の銃を取り出し、狙いを定める。
目標10メートル!トリガーは弾くんじゃない。絞り込むように。
ヒュン!と短い射撃音共に着弾。
老人からは血ではない。色とりどりの花が舞い散る。引き続きトリガー。そのピンク色の銃口からは花の種が射出されていた。右手に光るのは時のリング。
「あなたの"逃げようとする気"を花に吸ってもらいます!」
続けざまの連射。見事な満開の花が車上を舞い飛ぶ。老人は次第にフラフラと速度を失っていき、しまいには座り込む。
と、その時だ。ガタンと大きく車体が揺れ、老人は体勢を崩して車体からずり落ちていく。
「あ!」
ルナが声を出すよりも早く、リリーナが素早く走り込みその腕を掴んでいた。
「なんでこんな事をしたんですか!」
老人は宙吊り状態になりながらも、その腕を振り解こうともがいている。
「離せ!もうたくさんだ、もう!またしても発明家!あいつらが、ワシから蒸気機関車を奪った!あいつらさえいなければ!!何がマナだ!」
そう言いながらジタバタと身体を揺らす。
「挙句にワシをクビにしただけではない!誇りある名前まで!スチーマーだと?!それは“機関士"の栄光ある名だ!それさえ奪われて、ワシは、ワシらは!!」
リリーナは一瞬言葉を失う。しかし再び強い口調で叫び返した。
「名前がなんだと言うのですか!私があなたから教わったのは、"自分の方が上手くやれる"なんてちっぽけな自尊心じゃない!客を運んでるって言う誇りだ!」
ジタバタと足掻いていた手足が止まる。しばしの沈黙のあと老人は小さく呟く。
「リリーナ。」
雷に打たれたように老人はうなだれる。リリーナはゆっくりと彼を引っ張り上げた。ルナはそれを見て一つため息を吐く。
「なるほどねー。どうりで最初に見た時、"誇り"の花が2人分にしては多いなって思ったんですよね。」
独り言を呟くルナの後ろでやっと客車に登ってきたフェンリルが震える足でフラフラと立つ。
「リ、リリーナはあの老人を機関室に迎え入れてたんだね。まぁ、かつての恩師に"少し見たいから1人にしてくれ"とでも言われたら1人にするだろうさ。そ、それで歯切れが悪かったのかな」
揺れる車体に怯えたのか、ぶるぶると震えながら喋る。そのあまりに情けない様子にルナはため息をついた。
「いや、そこまでいくともう掴まっても良いよ?」
と声をかける。
フェンリルは青い顔でルナにしがみついた。
「はぁ〜、こっちは本当に大丈夫かな〜?私を元の世界に戻してくれるんでしょ!フェンリル!」
そう言いながらフェンリルの肩を叩く。
「それだけは命に変えても!」
彼なりに震える腕で親指を立てる。ルナはその様子に思わず笑った。
さぁ、遠くにサラバナの街が見えてきた!"時空の門"の材料【ラクティドラゴンの青眼】を、いただきにいこうではないか!
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