僕と彼女はこの旅の終わりを知っていた
七四季ナコ
第1話 蒸気屋達のレクイエム(前編)
「すごーい。何もなーい!」
見渡す限りの荒野に元気な声が響く。
その茶色の中心をまっすぐと鉄道が走る。
二等客席の窓から流れていく景色を眺めるのは黒いロングヘアー、年の頃16歳ほどの少女。開いた窓から入る風が髪をなびかせる。
「いや、よく見てほしい。所々イワミサボテンが自生しているじゃないか」
車窓からもう一人顔を出しながらつぶやく。白いボサボサの髪の少年。
見れば確かに荒野の中にポツポツと茶色の岩に擬態した植物が生えているのがわかる。
「イワミサボテンは輪切りにして干しておけば海綿状の組織が水のマナを扱うのに適している。繊維を伸ばして竜の血に一晩つけてから乾かせば通魔管としても使えるしね」
「なんども聞いたわよ、フェンリル!あなたまた電車から飛び降りる気?やめてよね!」
黒髪の少女は強く念を押す。見ると隣席に置かれた大きなカバンには布に巻かれたサボテンが詰め込まれている。どうやら前科持ちらしい。
「だいたいね!こういう鉄道ってのは人間が通行できない場所だからがんばって動いてくれてるんでしょう?!この暑さで!荒野の中を!駅まで歩くなんて無謀だったのよ!もう絶対やらないでよね!」
少女は呆れながらも怒りを振り絞り念を押す。
「ごめんルナ!でもほら、イワミはここでしか自生しないし養殖ものは収穫が早いからサイズが5号以下になっちゃうし。天然物は高いし」
ルナと呼ばれた黒髪の少女はピクリと耳を動かす。
「高い?へ、へ〜。ちなみにこれだけアレばいくらくらいなの?」
自分の席で足を組みながら値踏みするようにカバンを見る。
「そうだね。このままでは売れないけどしっかりと処理してから売れば、4号のものもあるから。バイシーガまで戻れば全部で30万ニーカは下らないんじゃないだろうか」
途端にルナは目を輝かせる。
「それを早く言いなさいよ〜っ!戻りましょう!バイシーガに!」
「やだよー!これは大事な資源なんだー!」
一悶着していると、鉄道のクルーらしき人物が車両に入ってきた。客の目線がそちらに集まる。心なしかそのクルーの顔には緊張と焦りの色が見える。
「失礼します。お客様の中に"スチーマー"の方はいらっしゃいませんか?!」
2人は顔を見合わせた。
「どうする?」
ルナは声を潜める。
「助けよう。三丁目のマルタおばさんも言ってたじゃないか。"力あるものは人を助ける義務を負う"ってね」
フェンリルの声にルナもうなずく。
「そうね。マルタおばさんのクッキー、美味しかったから!」
フェンリルは手を挙げて席を立つ。
「僕がスチーマーだ」
クルーの顔に若干の安堵が見えた。2人は駆け寄ると、クルーと共に通路を歩きながら機関車の方へと向かった。
「失礼ですが、ご専門は?」
「水、電気、火、ですかね。地、光、闇も習得してはいますよ」
フェンリルは淡々と答える。おそらく鉄道を動かすマナ機関の具合が良くないのか。
「次の駅、サラバナまで持ちそうにありませんか?」
ルナも声をかける。
クルーは怪訝そうな顔をする。
「ぁぁ、彼女は助手・・・のようなものだ。気にしないでほしい」
クルーはまた真剣な顔に戻ると答えた。
「機関士の経験では無理そうだとの事です。なんだか、雷のマナの電動管がどうとかで」
フェンリルは思考する。一般的な鉄道のマナ機関では雷のマナを貯蔵する貯蔵缶とそれを伝達する伝達管。そして鉄のマナとその素性を変更させる無のマナ。
鉄のマナと無のマナは車輪側。手出しするのはほぼ不可能。しかし雷のマナであれば多少は制御できる可能性は高い。
けたたましい音と蒸気の支配する機関部にたどり着くと、狭い通路の向こうで小柄な人物が機関部の下から顔を出した。
「来たわね。スチーマー」
そう言いながらゴーグルを上げる。顔についた汚れで一見してわからなかったが声は女性の声だ。フェンリルは少しだけ驚いて、失礼かと顔を取り繕う。
「良いのよ。驚いても。私はリリーナ。機関士よ」
フェンリルを見つめるのは強いピンク色の瞳。
「見てみて。」
実直な職人らしく挨拶も交わさずに本題に突入する。フェンリルはコートを脱ぎ、かがみ込む。機関部を下から覗き込もうとしたがそこで肩を掴まれた。
「水のマナが火のマナと化合している。危ないからこれつけて」
リリーナに渡されたゴーグルのレンズを簡素なコートで拭いて頭につけ、いよいよ問題の機関の下に潜り込んだ。中は蒸し風呂のように暑い。
なるほど。実物を見るのははじめてだが、構造的には雷の伝達管を覆うように水の伝達管と火の伝達管が配置され、ブレーキ時とアクセル時に温度を調整することによって雷のマナの通りやすさをサポートしているのか。
「またひとつ勉強になったな」
思わずつぶやきながらフェンリルは、分厚い手袋で水と火の伝達管を避けていく。これはヨダレシダを叩いて伸ばし、アマノガエルの油につけて乾かしたものか。その奥に雷の伝達管が姿を表す。
しかしその傷にフェンリルは小さな驚きを覚えた。
「どうだった?」
フェンリルは機関部から頭を持ち上げると、状態を気にするクルーにも答えずにリリーナに話しかける。
「君はこの傷を見たんだよね、リリーナ?」
フェンリルの言葉にリリーナは表情を変えない。
「ええ、そうよ」
「この傷は人為的につけられたものだ。しかもナイフでつけられたものじゃない。もしナイフを使っていたら雷と火、水のマナが混ざって犯人は大変なことになっている。これはわざわざ手間をかけてプライヤーで潰したようなものだ。伝達管の組成をぐちゃぐちゃにしながらも他のマナと混合しないように慎重にね。」
フェンリルは言うとリリーナを見た。
「こんな事ができる人物はそういない。まず第一に機関士である君と言うことになるのだが。」
フェンリルは申し訳なさそうに言うと鉄道のクルーが慌ててリリーナを見る。
「そ、そうなのか?」
クルーは間抜けな声を出しながら妙な汗を垂らす。
「そうなると思ったから言わなかったのよ。私がやるわけないでしょ。」
場の一同がため息をつく。
「そうだよなぁ」
ぼやくクルーを尻目にリリーナは真剣な顔で付け足した。
「とにかく、この伝達管はもって後1時間よ。それまでに修理をしないと」
リリーナの声にうなずきながら、フェンリルは付け加えた。
「それと、気は進まないけど犯人探しだ。何が狙いかは知っておかないと、まだ他に何かあるかもしれない。」
「そっか。犯人探しなら私もお手伝いできるね。」
側で聞いていたルナは口を挟むとニコリと笑う。
その余裕は一同の驚きを誘う。
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