第29話 旅の終わり(後編)

消灯時間になると病院の入院棟は暗闇に包まれる。ベッドの中で私は一人思う。


私は幸せだ。ベッドの傍を見れば積み上げられた差し入れと花束。両親は毎日来てくれる。親友の事は大好き。


「これで良いじゃない。」


何に焦がれるわけでもない、将来だってまだまだワクワクする事はある。でも何か。大事なことが欠けている気がする。


ふと、私の視界を光る小さなものが横切る。


「何?」


それはほのかに光る白い蝶。いや、そんな蝶がいるはずもない。これは幻覚を見ているのか?それとも光の加減でチラついて見えただけだろうか?


瞬く間に蝶は廊下へ逃げていく。私は思わず立ち上がってそれを追いかける。


「ドア、誰があけたの?」


答えを出す暇もなくその姿を追いかけていく。私は蝶に導かれるようにいくつも曲がり角を越えて、いつのまにか屋上へと辿り着いていた。


星が輝く夜空を背にその金網のフェンスで蝶は翅を休めている。私はゆっくりとそれに歩み寄る。白い小さな蝶。美しい翅をゆっくりと動かす。


ふと、突然の風が私たちを襲う。


桜吹雪。


いや、これは……そう、桜の別名は。


「夢見草。私に何を見せようというの?」


私の脳裏に揺らめく光景。そうだ、私はこの蝶に覚えがあった。"2ヶ月前のあの時"だ。あの嵐の夜、あの時も私は同じように蝶を追いかけた。


私が我にかえり顔を上げるともうそこに蝶はいない。代わりに不思議な光る扉が佇むのみ。


「行っちゃうの?」


かけられた声に振り向くと、ミッちゃんが涙顔で俯く。これは夢か現か。私は首を振る。どちらだっていい、もう答えは決まっているのだから。


「フェンリルが私を送ってくれるって言ったんだから、そうするわよ。アイツは約束を守るもの。」


そう言って私は扉のドアノブに手をかける。


「でもありがとう。旅立ちが1人だったら、寂しくて行けなかったかも。」


私は振り向いて、笑顔で涙を流す。

彼女に会いたかった。

これは本音だ。


「バカね。」


そう言って彼女も泣きながら笑う。


「行ってらっしゃい。」


私は扉を踏み越えて一歩を踏み出した。

頭の中でアイツの声がする。


「大丈夫だよ」

そうよ、私たち2人はどこに行ったって大丈夫。

「僕たちは」

ええ、私たちは。

『この旅の終わりを知っているんだから』


はっと目を覚ますと、私は大海のようなベッドに一人。耳につく自分の胸の音。それを包む静かさと朝の薄暗さ。


私は重い頭を抱えながらベッドルームのドアを開く。花の香り漂うリビング。その中央のガラスのテーブルには白い髪の少年が一人、突っ伏して眠っていた。机の上にはよくわからない魔導書やら何やらが積み重ねてある。


わたしは大きくため息をつきながら、自分の掌を見た。そう言えばなんだろう、このずっと握っていたものは。手を開くと指の隙間からピンク色の小さな花びらが一枚ハラリと落ちた。


「夢見草か。」


出発の時が来た。


どこまでも続く空を見上げ、大きな荷物を背負う。


道はまるで未来を指し示すかのように真っ直ぐに荒野を伸びている。


「長いようで短かったハーメルンでの暮らしもこれで終わりか。」


私はフェンリルに尋ねる。


「次はどこなのよ?」


彼は得意げに答える。


「バイシーガだよ。港町。そこから鉄道に乗るんだ。」

「へ〜鉄道!この世界にも鉄道があるのね。楽しみだわ。」


いつかきっとこの旅も終わる。

だけど今はまだ、二人で道を歩んで行こう。

そう、私たちの旅は


「まだまだつづくのだ。」

私は振り向いて、微笑んだ。

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僕と彼女はこの旅の終わりを知っていた 七四季ナコ @74-Key

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