第8話 パパはドラゴンスレイヤー⑥
ランプの灯りが、2人を照らしていた。
「その、初めてなのでゆっくりお願いしますわ」
カレンの手が微かに震えていた。フェンリルは真剣な顔でカレンの目を見つめる。
「わかってる。少しでも変に感じたらすぐ言うんだ。動かすのをやめるから。わかったね?」
そしてその指を伸ばす。
「じゃぁ動かすぞ」
そう言うと滑車のハンドルを回し紐を少しずつ緩めていく。大きな黒いボトルが天井から釣られており、それが滑車の動きに合わせて少しずつその高さを下げていく。
その下には巨大なクリスタル。少しでも下げすぎるとそのボトルの重量でヒビが入ってしまう。カレンは慎重にそのボトルを掴むとそれを巨大なクリスタルの剣の、持ち手の部分に開けられた穴にあてがっていく。
「止めてください」
そう言って顔をぺたんとクリスタルにつける。わずかなクリスタルとボトルの口の間を間近でじーっと観察する。
「スケールを使って」
フェンリルの助言にはっと思い出し、カレンはポケットからスケール、つまり定規を取り出す。フェンリルがいつも使っているやつだ。
「あと0.2チッセですわ」
「わかった」
それを聞いて慎重に滑車を回し下げていく。
「今!」
カレンが緊張感溢れる声で合図する。カレンはぎこちないながらも正しい手順でボトルの口を仮固定していく。そこまでくると滑車を固定してフェンリルも寄ってきた。
「よく出来たね」
カレンはフェンリルに褒められて一瞬胸がドキッとする。顔がほんのり赤くなった気がした。
気密性のボトルから竜の血をクリスタルブレードに充填するのは、この剣の製作においての最後の工程だ。
既に2本は完成しているが、今までこの工程は2人の息のあった動きが必要と言うこともありルナとフェンリルが行なっていた。
しかしルナは明日の"ドラゴン討伐"のために少し準備が必要と言うことで今日はカレンが代役を務めることになったのだ。カレンは限界まで張った気を緩めて大きく息を吐く。
「はぁ〜!緊張で死ぬかと思いましたわ!」
フェンリルはわずかに笑ったが、まだ仕事は残っている。本当はもっと褒めてあげたいが拍手で称えるのは少し早い。
「口を気密していく。密閉材を取ってくれないか。」
カレンは言われた通りに棚を開き、小瓶を手に取りながら声をかける。
「竜の血に反応しにくい、リンネ芋の練り粉かしら?」
フェンリルはカレンの成長にマスクの中で笑顔になってしまう。
「たしかに悪くない選択だ。だけど今回はボトル側にパッキンも一応あるし、クリスタル側に残らない、最終的に剥がしやすいものが良いからカミナラズの方を使ってる。その赤いキャップの瓶。そう、それだ。」
フェンリルは瓶を受け取ると天秤に乗せ、重りで精確に重量を測って水を加えていく練っていく。
「混ぜてみて」
調剤皿をカレンに渡す。
「ちょっと重いですわね」
スプーンでそれを混ぜる手応えにカレンはつぶやく。
「そうだ。今日は湿度が低い。いつも同じ調合で上手くいくとは限らないから、この手応えを覚えて置くんだ」
そう言いながら、スポイトで一滴水を取ると加えた。調合が終わるとそれをボトルとクリスタルの接合した周りに厚く塗り、軽く氷のマナを放射する装置で冷やしていく。
「固まるまで15分ってところだ」
フェンリルはベル付きの砂時計をセットする。
「やっとここまで来ましたわね」
「そうだね」
フェンリルは黙ってボトルを観察している。カレンは沈黙に耐えかねて口を開く。
「その、そ、そう言えば、意外と聞いたことは〜なかった?のですが」
カレンのいつもと違うたどたどしい口調にフェンリルも首を傾げる。
「そ、その、ルナさんとはどう言うご関係なんです?単なる助手?実は兄妹だったりとか?それとも・・・」
最後は口籠る。フェンリルは少し考えたあと答えた。
「ルナはね。信じないかもしれないけれど別の世界からこちらの世界飛ばされてきたんだよ。びっくりしたよ。僕の家の馬小屋に落ちてきたんだから。」
フェンリルはわざとおどけて笑う。カレンはそれを見て少し複雑な気持ちになる。ここ最近フェンリルと話しててわかった事がある。それはフェンリルは"仕事中は滅多におどけてみせない"と言う事だ。
そのフェンリルが逆に何かの感情を抑えるかのようにごまかし笑いをしている。異世界から来たという荒唐無稽な話も含めてどこまで本当なのか。
その笑顔の意味もまだカレンには計り知れなかった。
「僕は彼女を、元の世界に返してあげるって約束したんだ。"時空の門"って聞いたことある?」
カレンはいきなり話を振られてドギマギしながらも答える。
「し、知ってますわ!別の世界への扉を開くゲート。全てのスチーマーの悲願とも言える次元理論の追求、と、本では読みましたわ」
「完璧じゃないか。」
マスクの奥でフェンリルが微かに笑った気がした。いまだかつて誰も成し遂げたことのないそれをフェンリルが目指そうと言うのだ。
少しの沈黙が場を支配する。
「逆に僕も聞いていいかな。」
フェンリルが口を開く。
「発明で沢山の人を助けたいと言うなら貴族でも良いはずなんだ。スチーマーを集めて大きな事業も立ち上げられる。支援もできる。発明を世に活かすための法整備だって貴族は有利だ。それじゃぁダメなのか?なぜスチーマーそのものなんだ?」
その問いにカレンは自信満々に答えた。
「あら、フェンリルがそれを聞く?決まってるでょう。"新しいものを作る"なんて、こんな楽しい事が他にあるもんですか!」
それを聞いてフェンリルは思わず笑顔を出す。そして誰にともなくうなずく。
「そうだな。それでこそ、スチーマーだ。」
砂時計のベルがなる。
「さぁ、時間だ。」
最後の仕上げ。フェンリルがボトルの封鎖弁をひねると、ボトルの中に収められた大量の“竜の血"が穴からクリスタルブレードの中に流れ込む。
フェンリルが満足げにそれを眺めて呟く。
「5枚のクリスタルに魔法陣を彫り込んで貼り合わせてある。つまりクリスタルとクリスタルの隙間は4層。」
ほのかに赤い光を帯びたその液体は、フェンリルとカレンが二人で彫刻したクリスタルの魔法陣に行き渡っていく。まるで天上のものかのようなその紋様が照らし出され明らかになる。
「4層の魔法陣の重ねがけ」
カレンも思わず息を飲む美しさ。全長12ミートゥラ。幅10チッセ。透明なクリスタルの巨大な刀に、血管のように張り巡らされた魔法陣の術式回路。いまそれに竜の血が充填され赤く光り輝く。
「重力操作。硬度強化。高速付与。凍結付与。あらゆる魔術の集約が、ドラゴンすら打ち砕く」
マスクを取り、フェンリルは誇らしげに自分達の作品を見つめる。珍しくうっとりとした顔。
「名前は?」
カレンが聞く。
思いがけない問いにフェンリルは驚く。
「名前?なんだろう。クリスタルブレード?かな?」
全く無頓着に答える。カレンは大きなため息。
「まったく、こんなにも美しいのよ。これはアイスソード"リスヴァイセ"!リスヴァイセですわ!」
カレンは高らかに笑う。
フェンリルもまたニコリと笑顔がうつった。
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