第9話 パパはドラゴンスレイヤー⑦
鉢に植えられた小さな緑のツル植物。そこにただ一つだけ成った掌に収まってしまう小さな果実。赤く、そしてわずかに淡い光を放つ。
ルナはまじまじとそれを見つめた。
「ギリギリだったわね。」
外を見るとすでに朝日がさしている。彼女は優しくひねりながらそれを収穫すると、水で洗って一口に口に放り込む。
「ん〜!甘〜い!これはやる気出る〜!」
彼女は自室で1人それを堪能すると、服と銃を準備して馬車へと向かう。今日はついに竜を討つ日。
彼女が馬車までいくと、すでにラインハルト卿とフェンリルが準備を終えていた。
「おはよう、ルナ。果実はできたかい?」
ルナはフェンリルの問いかけに自信を持ってうなずく。
「最後の夜だけ腕輪を使って微妙に間に合わせる形にはなったけどね。ギリギリまで自然に育てただけあって、なかなかの味だったわ〜!」
上機嫌なルナにフェンリルも一瞬頬が緩んだが、彼は気を引き締めなおして懐中時計を見た。
「4時間前か。ちょうど良い頃合いだね。」
そう言いながらフェンリルは馬車に乗り込んだ。
「カレン様は来ないの?」
ルナも馬車に乗り込みながら聞く。
「カレン様は疲れて自室でお休みになられてるよ」
フェンリルは答える。
ドラゴンの封じてある渓谷までは1時間ほど馬車で移動する。武器を運ぶ荷馬車は既にここを発ち、剣は昨夜のうちにゆっくりと現地まで移動中だ。
ラインハルト卿とフェンリル達を乗せた馬車が走り出すと、ラインハルト卿が口を開いた。
「まずはご苦労様だ、スチーマー殿。」
「ありがとうございます。」
フェンリルは礼を言いながら懐から二枚の紙を取り出す。
「説明書です。」
ラインハルト卿は小さく驚きの声を上げながら受け取る。
「すごいな。昨夜、武器を運ぶ荷馬車の方の出発も手引きしたばかりなんだろう。ほとんど寝ていないのではないか?」
フェンリルは確かに少し眠そうな顔をしている。
「いえ、大丈夫です。それよりこの武器は少し特殊です。事前に了承はいただいている事でしたが。」
フェンリルは話し始めた。
「剣は今、巨大な箱に収められています。箱は私の作ったマナ機構によりマイナス15度に保たれています。ドラゴンの血が確実に凝固しないギリギリの温度です。」
フェンリルは説明書の中の図を指し示した。
「持ち手の部分が箱から突き出ています。箱に入れたまま持ち手をもってください。その時に」
そう言いながら懐から小指ほどの大きさの小さな筒を取り出した。
「これを使います」
卿も頭をひねる。
「なんだねそれは」
フェンリルはその筒の端にあるボタンを押すと、先端から短い針が飛び出た。
「これで浅く肌に傷をつけられます。ラインハルト卿、あの剣を使う前にはこの器具で自身の利き手の親指から出血させてください。そしてその親指で、持ち手にあるこの部分を潰します。」
そう言って説明書の中の図を指し示す。
「その部分はドラゴンの血をマグマカエルの皮膚から採取した極薄の膜で封止してあります。そこを潰す事であなたの血と竜の血が混ざり、武器との契約が瞬時に完了します。契約は49秒。その間はその剣はあなたの手の延長であり、重さをほとんど感じる事も無いほどに自在にふるえる事でしょう。さらに無限大の硬度強化、触れたものへの凍結術式、電光の移動魔術、すべてが使い放題です。49秒経つと剣の中の竜の血が沸騰して自壊します。その前に次の剣と契約を。今回完成できた剣は三振りだけですが。」
そこまで聞くとラインハルト卿は満足した顔でうなずく。
「いや、十全に素晴らしい。短期間で良くぞここまで仕上げたものです。」
そう言ってフェンリルを褒め称える。
「三振りもあれば十分でしょう。楽しみにしていますよ。」
「ありがとうございます。卿もお気をつけて。それと」
フェンリルは答えながらもう一つ先程の筒を取り出す。
「予備です。卿に何かあった時のために、騎士団の信用たる人物を待機させておいてください。」
渡そうとしたその手を、ラインハルト卿は優しく握るとそのままゆっくりと拒否する仕草をした。
「お気遣いありがたいが必要ない。今回は必ず私がやり遂げて見せるさ。」
そう言ってニカッと不適な笑いを作る。フェンリルは怪訝な顔をしていた。
「何故です?そもそも何故貴方なのですか?貴族が危険を犯すことはありませんよね。」
フェンリルはずっと気になっていた事を聞いてしまう。ラインハルト卿は馬車の窓から遠くの景色を眺めた。少し沈黙が続く。卿はゆっくりと淡々と喋り始めた。
「そうだな。君はどう思っているかは知らないが、今は貴族のイメージは怠惰。傲慢。保身の塊。世間ではそんなものだ。だがしかし一昔前は違った。勇敢で誠実で、民を守るためならまず自分が犠牲になる。僕は父にそう教わって憧れを抱いた。」
ラインハルト卿は決意をしたようにフェンリルを見据える。その目には強い光が宿っている。
「散々騎士団にお世話になっておいてなんだが、できる事なら決着は私の手でつけたいのだ。ラインハルトは騎士団の陰に隠れて安全な所からドラゴン退治を見ていた臆病者ではないと。先陣を切って戦う勇気を見せねばならないのだ。」
程なく馬車が渓谷の前線基地に着く。ラインハルトは腰を上げて馬車から出て行く。最後に振り向いてフェンリルに言った。
「世話になったねスチーマー殿。竜は必ず、私がこの命に替えても倒そう。貴方はいい仕事をした。礼を言う。」
フェンリルもルナと共に馬車を降りるとそこは戦争さながらに忙しそうに騎士たちが走り回っていた。まるで野戦病院だ。ラインハルト卿はすでに人混みに消えていない。
「ねぇ?、私の言った通りだったでしょう?」
ルナは悪戯っぽくフェンリルの顔を覗き込む。フェンリルも微笑する。
「あぁ、その通りだ」
そう言うと手に持った予備の筒をルナに渡した。ルナは紐を通してそれを首にかけながら、満足げに話す。
「ラインハルト卿は自分が父に教わった事に憧れてきたのに、カレンにはそれを伝えきれなかったって後悔しているのよ。だから貴族があるべき姿をカレンに見せたいんでしょうね。後は、フェンリルへのヤキモチもあるかもしれないけれど。」
「わかってる。限界まで手は出さないでね、ルナ?君はあくまで予備なんだから。」
2人は戦場に向かって歩き出す。ルナの体から淡い緑色の光が漏れ出始めていた。
「リスールの実、だんだん効いてきたわ。」
ルナは手を握って感触を確かめる。朝食べた実はスピード、体力への作用が早い魔法植物。準備は整った。さぁ、決戦の始まりだ。
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