第10話 パパはドラゴンスレイヤー⑧
ドラゴンの咆哮が野戦病院さながらの砦にこだまする。忙しなく動く人々はビクリと恐怖に肩を震わせ一瞬手を止めるが、幾分か慣れた様子で再び作業を続けている。
フェンリルはその様子を見てすぐに察する。そうだ。ここではおそらくこれが日常茶飯事。ルナとフェンリルはいくつものバリケードをくぐる。
だんだんと咆哮が大きくなってくる。薄暗い砦の最奥、洞窟のように奥まったその場所は、コロセウムのように広く開いた窪み。そこにその巨大なドラゴンは動めいていた。
洞窟の岩肌にかけられた無数のランプに赤い鱗が煌く。ドラゴンは数えきれないほどの太い鎖が絡められ、もがいている。、その勢いたるや、今もいくつもの鎖がはじけて、パラパラと舞い落ちてゆく。
見やると周囲には千切れた鎖の破片が山のように散らばっている。その背後の崖からは騎士たちが絶えずに巨大な鎖を共同して投げ落として竜に絡め、下では屈強な騎士が地に打った杭に鎖を縛り付けて行く。
「人海戦術だね」
他の者に聞こえないようにルナがつぶやく。フェンリルもうなずいた。
「だが効果はある。効率は悪いが、今ある資材で足止めするなら100点に近い方法だ」
近くの騎士に聞こえたのか、こちらに話しかけてくる。
「この方法はラインハルト様がお考えになったんだ。意地を張らずにすぐに時間稼ぎに徹して貴方に書簡を書いた。」
フェンリルは騎士に答える。
「素早く適切な判断です。」
2人は小高い岩で組まれたバリケードに登る。そこからは全体が見下ろせた。ルナが右手を額に当てて騎士団の面々を見渡している。
「ラインハルト卿ははじめるつもりね。」
ルナが目線で合図する。そちらを見ると既に台車が3本運ばれており、ドラゴンに対して放射状に設置されている。中央にはラインハルト卿。
「あの台車は?」
聞きながらルナは手近な高さの岩に腕を組んで頭を乗せる。高みの見物だ。
「車輪の軸受けには凍結防止のサラマンダー脂。あのくらいサービスだよ。」
フェンリルも双眼鏡から目を離さずに答える。
遠くでラインハルトが合図をすると、ラッパを持った騎士が現れて退避の合図を吹く。合図に合わせて鎖を握っていた騎士たちがドラゴンから一目散に逃げ出した。
それは正しい判断だろう。一度引き抜けばリスヴァイセは周囲のもの全てを容赦なく引き裂く。
「行くぞ、竜よ!」
言うとラインハルトは例の針の小筒で親指に傷をつけた。鋭い、しかし一瞬の痛みの後に血がじわりと滲み出る。
そして第一の剣を掴むと箱が弾け飛び、中から美しく巨大な剣が現れる。透き通った巨大な刀身は大柄なラインハルト卿のゆうに5倍以上の長さ。氷のように研ぎ澄まされたその剣には4層に彫り込まれた魔法陣が赤く煌々と輝く。
「すごいぞ!なんて美しい剣だ!」
騎士たちからは次々と歓声が上がる。ラインハルトは構えると即座に踏み込んだ。電光が走ったかと思う間も無く一足でドラゴンの喉元に潜り込み、切り上げの一撃を見舞う。
「早い!」
ルナも驚きの声を上げる。
「電光魔術の一種だ。」
洞窟の薄暗い暗闇に、ラインハルトの軌跡がはっきりと青白く光る。
切り上げ様に舞い上がったその空中から、縦回転でさらに縦に振り下ろし一閃。ドラゴンは湧き上がる怒りそのままに、激しく咆哮する。
鎖の拘束はドラゴンの爪とラインハルトの剣戟でほとんど剥がれてしまった。自由になったドラゴンは腕を振り回し、ラインハルトの腹に爪を突き立てるべく暴れ始める。
しかしラインハルトもドラゴンの爪の一撃をひらりひらりと躱していく。飛び退き様にさらに横薙ぎの一振り。軽々と竜の腕を切り落とす。
「一本でも良かったんじゃない?」
ルナがフェンリルに声をかける。
「いや、まだだ。」
フェンリルは目を離さずに言う。見る間にラインハルトの動きが急速に止まる。剣に施された魔法陣は徐々にその光を失っていく。
「くっ、重い!」
ラインハルト卿が顔を歪める。
剣の重力操作魔法の時間が既に限界を迎えようとしていた。加速度的に重さを増す剣に、ラインハルトは思わず膝をつく。
「時間切れだ卿!2本目を!」
思わずフェンリルも叫ぶ。
ラインハルトは剣から手を離そうとする。しかし何故か身体が動かない。いや、そうではない。これは血の盟約によりこの剣があたかも"体の一部である"と魂が誤認している。
「ええぃ、私の覚悟はこんなものではない!」
ラインハルトは無理やりに剣から指を引き剥がす。痛々しく血が迸る。しかしそれも束の間、その隙を突くかのようにドラゴンの尾の一撃がラインハルトの腹を直撃する。
「ぐはっ!」
口から血を吐きながら、激しく吹き飛ばされた。
「ルナ。準備だ。」
真剣な顔でフェンリルがルナを見ると、既にルナはアップを始めている。小さく小刻みに跳び、身体の四肢をほぐしていく。
身体から溢れる緑のマナがその光を強めている。フェンリルは再び双眼鏡を覗く。ラインハルトは吹き飛ばされた勢いを利用して2本目の剣にたどり着いたようだ。血を吐きながらも剣と血の盟約を交わす。
「まだまだ、これくらいでは!」
二つ目の剣を手にとると竜に肉薄する。そのスピードは依然衰えない。しかし、一方の竜も学習したかのように巧みに距離を取る。
まるで、電光魔術の高速移動は直線移動しかできないのを知っているかのように。
「ちぃ!」
ラインハルトも焦りから闇雲に剣を振り回す。残り時間は刻一刻と削られている。
「少し、間に合わないかも。」
そう言いながらルナは最後に残されたアイスソード・リスヴァイセに走り出した。
それとほぼ同時にルナは自分の頬を風が撫でるのを感じる。風?いや、これは空気が大量にドラゴンの口に吸い込まれている。いけない、これは!
「ドラゴンブレスが来る!」
フェンリルの声。ドラゴンの喉元が赤く光る。ラインハルト卿は、大剣を地に落としている。時間切れだ。その光景に誰もが観念したその時だった。
金色の電光が一閃。辺りを激しく照らしたかと思うと一瞬でドラゴンの口の中に飛び込む。
激しい稲妻が周囲にはじけ、ドラゴンの吐こうとした炎は暴発して喉の奥で爆発する。
「ギャァァァオ!」
ドラゴンはもんどりうって倒れる。一同は閃光の射線に目をやると、そこにいるのは赤いツインテールの少女、カレン。
そしてその両手には巨大なクリスタルの十字架が握られていた。
「助けにきましたわよ!お父様!」
カレンは言いながら右手のハンドルを激しく回す。ギアで増幅されたその回転は、クリスタルに彫られた溝を流れる黄金の流体を激しく流動させていた。
「レールガン?」
ルナは走りながらそちらを見やる。
「ルナの世界の武器か?」
フェンリルは見ただけで原理を推測する。
おそらく鉄の矢を鉄のマナと雷のマナで加速した、原理自体は良くあるものだ。
ただし、普通のものなら加速レールには鉄を使う。その替わりに磁性流体を使うと言う発想は未だかつて聞いたことがない。あれは一体如何なる素材なのか?
フェンリルの戸惑いを他所にカレンは自慢げに鼻を鳴らす。
「ふふん!ガレージに余ってた"ユニコーンの角髄液"存分に使わせてもらいましたわ!」
フェンリルは驚愕し口をあんぐりと開ける。今回ラインハルト卿が揃えた材料の中で使わなかったものは多数あるが、その中でも最高級の一品。
「カレン!?それ0.5レイトルで60万ニーカもするんだぞ?!」
頭をかかえながら思わず叫ぶ。
「関係ありませんわ!弾が飛べば問題ないんですの!」
そう言いながらなおもハンドルを回し続ける。流体はさらに加速していく。電磁弓はレールの長さがそのまま威力となる。しかし流体を逆方向に流動させながらチャージすれば、理論上は威力が無限に上昇していく。
「はぁ。なるほど、またひとつ勉強になった。」
ため息まじりにつぶやくフェンリルをチラリと見ると、ルナはリスヴァイセにとりつく。
「カレン、合わせて!」
ルナが大声で叫びながら小筒で親指を刺す。滲む血を捧げて、いざ最後の剣と契約を交わす。格納ケースが爆ぜて刀身があらわになる。煌々ときらめく赤き輝き。
「1年B組、鐘月るな!アイスソード・リスヴァイセで参ります!」
叫ぶと電光の足さばき。ルナは竜に肉薄すると地面に散らばった鎖の山を斬り付け、空中に巻き上げる。そしてその間を縫うように竜の周囲を飛び回る。竜を完全に取り囲む三次元の機動。逃げ場などありはしない。
「ばかな、あんな小さな破片を足場にしているのか?」
ラインハルト卿がよろめきながら立ち上がる。見ると騎士たちに介抱されている。どうやら命は助かりそうだ。
「ルナは重力操作魔法を限界まで引き出しています。」
フェンリルは見惚れてつぶやく。
ドラゴンの周りを雪のように舞いちる鎖の粒を、電光そのものが駆け抜けるかのようにルナが駆ける。
「だが時間がないぞ」
ラインハルトが苦々しくつぶやく。
「はぁ!」
ルナの切り上げ一閃がドラゴンの首をえぐる。しかし浅い。致命傷を与えられないまま、ルナはドラゴンの直上、しかも空中に無防備な姿を晒す。
リスヴァイセはその光を徐々に失っていく。
「カレン!」
「任されましたわ!」
ルナを見上げるドラゴンの額に強烈な一撃。黄金のいかずちが着弾する。ドラゴンもさすがによろけて倒れていく。ルナは最後の力で剣を下に向ける。既に光は失せた。しかし後は落ち行くのみ。
「さぁ、一緒にいきましょ!」
そう言うと剣から手を離しピンク色の銃を懐から取り出す。カレンの"砲撃"によってウロコの剥がれた額。そこに銃を向けありったけ弾をトリガーを引いて撃ち出す。
射出されるは無数の種。それはドラゴンが発する最後のオドを吸い尽くし、美しい花を咲かせる。周囲に散らばる花。花。花。ピンクと赤の美しい手向の花があたりに散らばり、花葬の様相を呈する。
「苦しさもなく、怒りもない。せめて安らかに、眠りなさい!」
落下したリスヴァイセが竜の首に深々と刺さり、その最後の役目を終える。竜の断末魔の声が砦中に響き渡る。
しかしそれは怒り込めた恐ろしいものではなく、どこか安らかな寂しげな声であったと言う。
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