第11話 パパはドラゴンスレイヤー⑨
ドラゴンの亡骸に騎士団の者たちが集まっていく。死亡確認と腐敗する前に素材を剥ぎ取らなければならないためだ。
「フェンリル、あなたも行きたいなんて思ってるでしょ?」
ルナが声をかける。フェンリルはわざとらしく、自分に言い聞かせるように首を横にふる。
「ぜんぜん!ぜーんぜん!」
よだれが垂れそうな緩んだ頬。と、そこに突然煙が立ち込める。どこででも手に入る初歩的なスチーマーの創作道具、煙玉だ。
あたりに立ち込める煙の中、どこからか馬のいななきが聞こえてきた。
「こっちですわ」
見るとそこには白馬に乗ったカレン。そして手には手綱に繋がれた馬が二頭。
「馬に乗ったことは?」
「あるさ」
フェンリルは軽く馬にまたがる。
「一応、旅の途中でいろいろあってね」
ルナもなんとかその背にまたがる。
「このまま行きますわ。お父様はきっと、私をお許しにならないでしょうし。」
カレンはかけ出す。しかしそれを呼び止めるものがあった。
「カレン!」
ラインハルト卿だ。息も絶え絶え、しかししっかりした足取りで歩み寄る。
「何故だ。やはり貴族ではダメなのか?」
悔しそうに、悲しそうにつぶやく。それはもはや懇願に近い。カレンは馬の上から微笑む。
「違いますわ。お父様は立派でした。貴族の尊き勤めもわかります。しかし」
そう言ってカレンはフェンリルの方を見る。
「命をかけていたのはお父様だけではありませんわ。騎士の皆様、ルナさん。そしてスチーマーもここに来るまでに命がけの道程を皆歩んできた。私はその一員として、スチーマーになりたい。」
そう言うと馬を走らせる。
「さようなら、お父様。いつか会う日までどうかお元気で!」
快活に言うとカレンは走り去る。フェンリルとルナもそれに続いた。俯いたまま、しかしラインハルト卿は誰にも彼女を追う指示を出さなかった。
そう、彼は無言を持って彼女への手向けとしたのだ。
見渡す限りの石畳。
道は地平まで続いている。
「これを」
馬の背に積んだ荷物から、カレンは大きなバックパックをフェンリルに渡す。
「これは僕の荷物か」
カレンはうなずく。
「しかし幾分か重いような」
フェンリルが訝しげな目線をカレンに向けると彼女は笑った。
「慌てていたのでいくらか間違えてガレージの工具が混ざってるかも知れませんわ!」
これにはルナも笑った。
「ほら、最初に言った通りになったじゃん!」
カレンは自分の荷物を叩く。
「こちらにもありますから、山分け、ですわね」
カレンとルナは笑い合う。フェンリルはバツが悪そうに頭を掻いていたがついに観念して微笑む。
「良い発明だった。これならどこに行ってもやっていけるだろうさ。」
フェンリルからそう言われてカレンは後ろを向く。表情を隠しているかのように。そしてそのまま無言で馬の背に跨った。そして「そうそう、これを」そう言って小包をルナに渡す。
「わー!【ラクティドラゴンの青眼】ね!」
フェンリルとルナは小袋の中身を太陽にかざし、お互いに喜び合う。その様子を見てカレンはクスリと笑う。
「さて、私はもう行きますわ。またどこかで会えたら会いましょう。」
そう言うと答えも待たずに馬を走らせる。礼も交わせぬまま、彼女は消え去っていく。
風が頬を撫でる。
空には雲が流れる。
カレンは馬を出来るだけ早く疾らせた。
「まったく、フェンリルあなたって人は。」
その瞳からは涙が落ちる。いろんな未来はあったはずだ。それでも、いくつもの可能性を断ち切ってなおも馬を加速させていく。
「あなたの好きな人はっ!その人は!自分の世界に戻ったらあなたは1人になってしまうのに、まったく馬鹿な人!」
それでも言えなかった。その人は辞めておけば良いとも、私も旅に連れて行って欲しいとも。言えるわけないではないか。
それでも、と彼女は前を向く。
「本当に。彼女が元の世界に帰って寂しくなったらば、私のもとに来なさいよね、このバカやろ〜っ!」
言ってやりたかった一言。
誰にも聞こえない平原の真ん中。
彼女は1人で夕陽に叫ぶのだった。
そう、たぶんきっと。
あれは恋だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます