第12話 大図書館よ歩き出せ①
「すごーい!おっきい〜!」
呑気な声を出してカフェテラスから外を眺めるのは長い黒髪の少女だ。ダイナミックに椅子から身を乗り出している。
その視線の先には緑が生茂る巨大な山。
いや、違う。その聳える緑の物体は、ひとつ身動ぎするかのようにのそりと動くと、ずしりと大きな音を立てて土煙を派手に辺りに撒き散らす。
街の外、遥か遠くに見えるそれは、なんと超巨大な亀だった。
「ドルドレイ、やはり本物のようだね。」
そう声をかけたのは白髪の少年。横目でドルドレイと呼んだそれを眺めながらコーヒーに口をつけると、一言付け加える。
「ルナ、少し落ち着きなよ。」
「これが落ち着いていられますか〜!見てみて!あの頭だけで街外れの物見の塔より高いわ!」
ルナと呼ばれた少女はきゃぁきゃぁと歓声を上げてさらに身を乗り出す。実を言うとカフェテラスの周りも似たようなもので皆揃ってその光景に釘付けになっていた。
ドルドレイは一旦腰を落ち着けると数年は動かない巨大な陸上亀種。そのため背中には苔がむし、木がなり。あたかも山そのもののような様相を呈している。
あまりに動かないのでこうしてしばらくは観光地となり、物珍しいモノを見たさに人が集まる。ここは場末の街マリントン。
数年前までは誰も見向きはしない街であったが、いまはこうしてカフェのテラス席が埋まるほどの人気を博している。
「フェンリルも楽しめばいいのに、なんでそんなに不機嫌なの?」
フェンリルと呼ばれた少年はため息をつく。
「これが楽しんでいられますか。アレのおかげで迂回する事を考えたら到着が5日も伸びちゃうんだよ?聞いてないぞこんなの。手持ちのお金も少ないし、どうするだい。」
フェンリルはコツコツと机を叩いた。そう、予定では昨日の朝にはここを発ち、港町ハウラに付いているはずであった。もう少し2人が慎重であったなら、ひとつ前の町でこの噂を聞くことができたのだが。
フェンリルは考える。時間はまあいいが問題は路銀の方だ。フェンリルへの仕事の依頼の"追跡書簡"は、もうハウラの宿に転送されるように手続きしてしまっていた。
「そうよねぇ。なかなか"スチーマー"に依頼する人なんて、そんじょそこらには転がっていないからねぇ。」
ルナも現実に引き戻されて椅子に座り、コーヒーに口をつける。マナを操る発明家、スチーマー。彼らに依頼をする人物は大抵は国か役所、そして金持ちの貴族ぐらいだ。何しろスチーマーを雇うにはとんでもない資産が必要になる。
そんな話をしていると、彼らの後ろでピクリと聞き耳を立てる影がひとつ。
「い、今、スチーマーって言いました?」
振り向くと、緑の髪に丸い大きなメガネ。白いローブを着込んだ少女がこちらを見ながら杖を地面についてヨレヨレと立っている。
「え?え?あなたは?!」
そのただならぬ様子にルナは思わず飛び退くと、少女は上の空でつぶやく。
「た、助かった・・・」
そしてパタリとその場に倒れ込んだ。
「おぃ、先生!」
フェンリル達が声をかけるよりも早く、カフェの奥にある階段からドタバタと店長が降りてくる。
「大丈夫か先生!」
大柄なその男性は少女の肩を無遠慮に揺さぶった。「あの、失礼ですけどこの人は?」
ルナは目を丸くして聞く。
「あぁ、実は数日前からうちの二階の宿に泊まってる作家先生でね。ずーっと本を書いていたんだがここのところ様子がおかしくて」
男が言い終わらないうちにカッと少女は目を見開くと信じられないほど素早い動作でフェンリルの肩を掴んだ。
「あなたを雇います!手伝って!もう!締め切りがもうヤバイの!報酬なら出すから!」
そう言って鬼の形相でフェンリルの肩を揺らす。かくして、巨大な神亀が見守るこの街でフェンリル達の本作りが始まったのだった。
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