第23話 星を喰む夜①

「わぁ〜綺麗な街並み!」


窓から身を乗り出して目を輝かせるルナの歓声と共に、大型の自動馬車がゆっくりと街に入っていく。


ここは大都市ハーメルン。3階建てほどの背の高い建物や街灯が整然と立ち並び、人が往来し行き交っている。クリーム色の石畳は整備されて美しい街並みが広がっている。


「かなり整備された近代的な街だね。」


白い髪の少年、フェンリルは見た目こそ落ち着いているもののやはり高揚していた。ここまで大きな都市は久々だ。


時刻は14時。天候の関係で少し到着が遅くなってしまった。それも仕方ない。都市間バスという珍しい代物をがんばって運行してくれている、ハーメルン市の市政には感謝しなければ。


フェンリル達はバスを降りると街の標識を頼りに宿を探していく。


「ここでの滞在は長くなるから、事前に書簡を送って三部屋付きを予約したよ。」


フェンリルはそう言いながら先導する。いつもなら完全に別室をとるのだが、仕事を手伝ってほしい関係で共有の部屋が欲しかった。


「私は構わないわよ。楽しそうだし!」


ルナと呼ばれているその黒髪の少女は、長い髪を揺らして上機嫌に笑いかける。


見上げると背の高い建物がくっきりと切り取った街路の青空が気持ちがいい。


宿に着くとフェンリルがチェックインを済ませる。


「フェンリル様ですな。追跡書簡が届いてますね。」


フロントの老紳士がゴソゴソと藤で編まれた大きなカゴを取り出すと、コトリと優しくカウンターに置いた。その上には手紙の山だ。げっそりとしながらフェンリルは聞く。


「え、な、何通くらいあるんですこれ?」

「48通ですな。いやはや。」


紳士も思わず苦笑い。


「部屋お持ちしましょうか?」と気を回してくれたがフェンリルはカゴを抱える。


「大丈夫ですよ。カゴはお借りしても良いです?」

「もちろん構いませんが」


大きなカゴを持ってヨタヨタとフェンリルは廊下を歩く。その様子を見てルナは声をかける。


「エレベーターあるかな?あ、あった。」


ルナは近場の扉を見つけるとガチャリと開く。ルナは本当の名を"鐘月るな"という。違う世界からこの世界に迷い込んできた少女だ。彼女の元いた世界にもエレベーターはあったが、これはそれとはだいぶ違う。


「エレベーターなんてどこにでもあるものじゃないよな。宿にあるなんてすごい街だ。」


フェンリルはカゴを一旦ルナに預けると、壁にかけられた操作板のレバーを、その溝の三つ上の取っ掛かりまで引き上げる。ふんわりと頼りない動作で床が上昇する感覚。


「これはやっぱり慣れないわね。」


ルナは冷や汗をかきながら壁にもたれかかる。フェンリルはカゴを再び受け取って抱えた。


「君のいた世界は違ったんだっけ?」

「もっと速いし、スゥー!って感じで動きもしっかりしてたし。まぁ、あれって上から釣られて巻きあげたりしてたからなのかな。」


エレベーターの詳しい原理など、高校一年生であった彼女の知るところではないだろう。フェンリルはそれを聞いて手を叩く。ちょうどエレベーターが4階に到着し、ルナが扉を開ける。


「確かに天井から滑車で釣って、縄の反対側に重りを釣ればマナも節約できるしもっと速くなるな。問題は縄の強度だけど。そうなると、強度を持て余してるアラザン縄の使い道として良いかもしれないな。全く、君の世界は神の国か何かかな?」


フェンリルは嫉妬するでもなくこの世界に落胆するでもなくただ好奇心で笑いながらエレベーターを出る。


ルナも後に続いた。宿の廊下には絨毯が引かれて落ち着いた雰囲気が漂い、この宿の品の高さを物語る。廊下の窓から見える外の街並みも美しい。


「鍵、ポケット?」

ルナが気を回す。

「うん。悪いね。403だそうだ。」


ルナは両手が使えないフェンリルのズボンのポケットから鍵を引っ張り出すと、扉を開けて中にフェンリルを中に招き入れた。


ドサリと机の上にカゴを置く。部屋には不思議といい匂いが漂っていた。


「いい匂い〜!何かしらこれ?」

広く美しい部屋。調度品も整っている。

「いや、これはおかしいな。」


フェンリルは訝しながら机の上のメッセージカードと花瓶にいけられた大きな花束を見る。そしてカードを手に取ると汗をたらたらと流した。


「か、勘違いされてるみたいだ。新婚旅行と。部屋がアップグレードされてるな。」


大きなため息をつく。それを聞いてルナもあわあわと汗をかく。


「ひっ!い、いや、それは悪いわね!いや、私は良いけどさ!部屋が良いのは嬉しいけど他の新婚さんが来たときにこの部屋使えなかったら困るじゃないね?!ね?!」


「そそそ、そうだよね!!フロントに聞いてくるね!」


フェンリルはそそくさと部屋を出ていく。バタン、という音と共に部屋に静かさが戻る。


「いやー。しかし、こういう時だけ決断が早いのは少し傷つくなぁ。」


疲れ顔でルナは独り言を呟きながら、ソファにもたれかかる。


しかし他に空いている部屋がなく、どうにかそこで我慢してほしいと、フェンリルが菓子折り付きでお願いされて帰ってきたのは程なくしての事だった。

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