第24話 星を喰む夜②

「つ、机が広いのは良いね。」


綺麗なガラステーブルの上いっぱいに届いた手紙を広げながらフェンリルはつぶやく。どことなくルナから目を晒している。


「そ、そうね。お夕飯までに仕分けやっちゃう?」


ルナも椅子に腰掛けて対岸に座った。テーブルの上に飾られていた花瓶は一旦、部屋に備え付けのバーカウンターに置かれている。


それにしても広い部屋だ。大きな窓からは街並みが一望でき、沈みはじめの日が優しく差し込んでくる。2人は手分けをして手紙を机の上に並べ始めた。


フェンリルに届く手紙で一番多いのが技術的な相談の手紙だ。その多くは繋がりのあるスチーマー仲間からだが、中には官公庁やどこぞの王直下の技術部からのものもある。


2人は手紙を開いては内容をざっと読み、分類していく。


「なになに〜 山間部の給水装置の修理がうまくいかない。ふむふむ。山だって!ちょっと行ってみたいかも!」

「こっちは船の自動帆の補正が甘くなってるらしい。なになに?」


などとブツブツと話しながら仕分けをしていく。フェンリルは手を止めて一つの手紙を読み進める。


「伝達速度重視で選んだつもりだろうがスカイフロッグの皮は塩水と相性が悪いな。ハギナマコを乾燥させたものの方が妥当だ。多少応答速度は落ちるし、乾燥の手間はかかるが。速度をどうしてもあげたいようなら、実験的だがヒカミ草の滴を摘出して染み込ませて定着するか試してもらうしかないな。」


ルナはヒョイとフェンリルから手紙を取り上げる。


「こらこら〜!あんまり深読みしないの〜作業終わらないでしょ〜!緊急の手紙があったらどうするの?」


フェンリルはたじたじと次の手紙に手を伸ばす。


「ごめん、手伝ってもらってるのに。」

「私は良いけどね〜。」


そう言いながら再び手紙をまさぐる。いくつかの手紙には換金可能な手形が同封されていた。相談が完了したものの報酬だ。


「ちょっと多すぎるな。返送しないと。」


額面を数えてフェンリルは真面目につぶやくが、すぐにルナが肩を叩く。


「またまた〜!それだけ感謝してもらってるって事じゃない。気持ちよ気持ち。潔くもらっておきなさい!」


快活に笑う。まぁ、旅には何かと入用が多い。ありがたくいただいておくとするか。フェンリルは席を立つ。


「すぐに返事をかけるものは書いてしまうよ。タイプライターをフロントで借りてくる。」


ルナは水を飲みながらフェンリルの方を振り向く。


「あるの?そんなもの?」

「ある宿を選んだんだよ。それと、戻ってきたらコーヒーを淹れるよ。長引きそうだからゆっくりやろう。」


ドアが閉じると、程なくしてフェンリルはいくつかの焼き菓子と折りたたみ式のタイプライターを持って部屋に帰ってきた。


ルナはソファでくつろぎながらサイドテーブルを寄せて、その上に積み重ねた手紙を読んでいく。


テーブルではフェンリルがタイプライターを指で叩く小気味の良い音が響き始める。


幾分かしたころ、不意に手紙から目を離さずにルナが呟く。


「この人の案件もやっと解決か。思えばずいぶん経つのね、私たちが旅立ってから。」


口の中のドーナツの甘さに引き合わせるようにコーヒーに口をつける。甘さと苦さが口の中で調和していく。手紙を読む仕事はよく手伝う。自然とルナも時系列を追って覚えてしまっていた。


「ごめんね、長い旅になってしまっているよ。」


フェンリルはタイプを打つ手が落ち着いた頃合いで顔をあげる。


「良いんだよ。この旅とても楽しいし。」


ルナは笑う。本心なのだろう。でもどこか寂しげな顔にフェンリルは心が痛む。彼女が作った精一杯の笑顔を無駄にしないように、フェンリルはその寂しげな顔に気がつかないフリをすると、ひとつ大きな伸びをした。


「何日か追跡書簡に追いつかなかっただけでこの溜まり用か〜。今日は諦めてしまおうかな。」


そう言うと窓から外を見る。釣られてルナも窓の外を見て驚いた。いつのまにか夜になっている。そして窓の外には無数の灯りが幻想的に夜の街を照らしていた。


「わぁ、すごい!この街はマナ灯がこんなに整備されてるのね!」


彼女の顔が明るくなる。窓に額をつけるかのようにその光景を眺める。フェンリルはその顔を見て安堵したように喋り始める。


「実はいくつかのマナ灯の調子が悪いらしくてね。今はツギハギになっているんだ。それで"星喰市"が開けないらしくてね。」


ルナはフェンリルの顔を見た。

「星喰市、ここでもあるんだね!」


嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる。星喰市とは、大きな街特有の夜市だ。沢山のマナ灯が灯ると明るくて星が見えなくなる。その下で夜通し市場や出店が軒を連ねて夜通しお祭りを行う、大都市ならではの名物となっている。


「仕事が終わればすぐに開催するって市長は言っていたよ。明日の昼前に市長を訪ねてみる事になってる。」


ルナは両手を握って気合を入れる。


「よ〜し!仕事がんばるから、終わったら行こうね、星喰市!」


嬉しそうに仕事に戻ろうとするがフェンリルに止められる。


「がんばるのは明日からで良いよ。残りはやっておくから先に休んでて。」


そう言ってルナをベッドルームに押し込む。


「フェンリルは?」


フェンリルはその問いからは目を逸らす。


「僕は書けるだけでも返事を書いてから寝るよ。明日からはマナ灯の修理があるからね。」


そう言って無理やりルナを部屋に入れると、ベッドルームの扉を閉める。


1人部屋にたたずむルナは大きくため息。


フェンリルはいつも一人でがんばりすぎる。かと言って人に無理をさせるのがとことん嫌いらしい。と考えを巡らせるが、確かに手足は1日の疲れでヘトヘトだ。1人になると急激な疲労感が彼女を襲う。


トボトボとベッドに向かって歩くとパタリと倒れ込んだ。長い黒髪がベッドに乱れる。


「私が元の世界に帰った時、アイツは泣くのかな。」

顔を上げずにポソリとつぶやいた。

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