第5話 パパはドラゴンスレイヤー③

カーテンの隙間から差し込む光が顔にあたり、目を開いてゆっくりと頭をもたげる。ルナは今でも毎朝目を覚ます度にここはどこかと慌ててしまう。


「ここはどこ?埼玉?千葉?ブブーっ!」


そう言いながらカーテンを思い切りひらく。朝の光に照らされるのは中世スチームパンクと魔法の世界。


「ここ、どこだっけ?」


窓のガラスに反射する自分はパジャマがよれて肩がはだけている。とほほ。もう慣れてしまった名前も知らない世界。それでも今日も元気に植木鉢に水をやる。


「大きくなぁれ〜大きくなぁれ〜」


そう言いながら窓際に鉢を移動させる。思い返せば昨日のあの子。カレンと言ったか。ずいぶんフェンリルに懐いていたなぁ。そう思いながら鏡をじーっと見る。そして両手で自分の髪を持ち上げてツインテールにしてみる。


「こういうのが良いのか?」


首を傾げている一方その頃、フェンリルは一心不乱に巨大な紙に魔法陣を書いていた。傍らではカレンも机に向かう。カレンはいつもの貴族の服ではなくメイドの服を着ている。


「他に動きやすい服なかったのか?!」

フェンリルの声が響く。


「屋敷にある中ではでこれが一番動きやすい服でしたわ!」


2人ともさして遠くないにもかかわらず大声で話す。それもそのはず、カレンが手にするのは唸りを上げる小型の回転工具。割れてしまったクリスタルの一枚の破片に、何かを刻んでいる。


「いつまでこれやるんですの!」

カレンはゴーグルをつけてガリガリと削る。


「上手くなるまでだ!本番は1枚も無駄にできないんだから、その破片で練習してくれ!」


見ると、クリスタルの裏にはレネル紙にかかれた小さな魔法陣がある。フェンリルが書いた下書きだ。


「できましたわ!」


カレンが叫んで回転工具の手を止める。自信満々に手渡したそれをフェンリルは無言で受け取り、マジマジと見た後に棚から溶液を取り出してスポイトで溝に溶液を注いでいく。


「これは北国に住むフロストキューブという氷のような魔物を溶かした体液だ」


その青白い液がカレンが彫り込んだ魔法陣に行き渡ると、途端に彫り込まれた魔法陣に光が走りガラスが凍りつく。


「うわ!私ってすごい!」

「いや、よく見ろ」


見ると凍りついたガラスは歪で、所々液体が滴っている。


「上手く彫れてないところが威力が弱まったんだ。出来るだけ均等に深さを揃えて。高さを揃える補助工具はちゃんと使ってる?威力が出るのは当然だ。最高級のクリスタルなんだからな」

「うへぇ。地味。地味ですわ。もっと派手なのは無いんですの!私に相応しくありませんわ!」


カレンは言い合いになって詰め寄る。


「スチーマーってのはそういうモノなんだよ!だいたいねぇ!貴族なんて特権持ちが根無草のスチーマーなんてできると思ってるの?!」


フェンリルも勢いに任せて相手を指差す。その指の先はプニリとカレンの胸に食い込んだ。しまった。いつものルナと話すときの癖でやってしまった。ルナの控えめな胸と違ってその貴族の胸は高慢な態度を表すかのように豊満だ。


「きゃぁ!何するんですの!」


カレンがわざと大袈裟に声を出す。と、ドン!という大きな音と共にガレージの扉が開く。


「黙って見てれば何してんのあんた達ーっ!」

怒りを燃えたぎらせるルナの顔がそこにあった。


「いや、これは、その、違うんです!」

慌てるフェンリルとは対照的にカレンは大きなため息をついて手を組んだ。


「あら!良いところでしたのにとんだお邪魔虫ですわ〜!フェンリル様、私は夜の助手でもいつでも良くてよ!」

そう言ってニコリとその手を握る。


「え、ど、どゆこと?!」

「既成事実さえ作れば弱みを握って一生技術を絞り取らせてもらいますわ〜!おほほほ」

などと言ってフェンリルにすりよる。


「この貴族、たくましすぎる!」

フェンリルは悲鳴を上げてルナの後ろに隠れた。


見ればルナはいつもと違う髪型をしている。なんとカレンと同じツインテールだ。ルナはツインテールを揺らしながら憤慨する。


「あんまりからかわないでくれます!?カレン様!この人、免疫ないんで!」

ルナが慌てながらも大きな声を出す。


「さぁどうかしら?努力の仕方は人それぞれよ。私なりに"どんな手を使ってでも"スチーマーになってやりますわ!」


そう言ってまたひとつ大笑いをする。


「さ、さて、3人揃った事だしちょっと大変な作業を始めて行こうか。」


おそるおそるルナの後ろからフェンリルは顔を出す。


「あんたねぇ。大型犬が怖い子犬なの?」


ルナは呆れてため息をつく。

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