第16話 大図書館よ歩き出せ⑤
バロとマリーダはドルドレイと呼ばれるその山のように巨大な亀の背に登っていく。
まさに登山のように。甲羅の上には厚く苔がむしており、階段すら整備されている。そしてそこに広がるその森は意外にも美しく、昼過ぎの木漏れ日が美しく地の花々を照らしていた。
先ほどまでの荒野とは正反対の光景にマリーダは息を飲む。そしてその美しい景色の中心に、高さはマリーダのおよそ3倍。幅は馬車ほどもある巨大な本棚が神々しくそびえ立っていた。
「あった、ビブリオ!」
マリーダは嬉しさを抑えきれない子どものように軽快に本棚に走り寄ると、愛しそうにぎゅーっと頬をつける。その冷たくすべすべとした触感を確かめる。マリーダは本棚から顔を離すと一転、真剣な顔つきでバロを見た。
「あの、お、お願いがあるのです。この本棚を返してもらえないでしょうか?」
声は震え、恐れながらも自分勝手な大胆な物言い。そんな事は彼女もわかっている。でも言わなきゃ。
バロは懐疑の眼差しでマリーダを見た。
「お前は嘘ばかりつく。どこまでが本当なのかわからない。この前はこの本棚を預かって欲しいと懇願していたではないか。」
バロはゆっくりとした足取りでマリーダに近づく。「それにユーゴー様がとしょかん?への道を塞げばお前は帰れない。働かなくて良い。そういう話だったじゃないか。」
マリーダは戸惑いながらもうなずく。自分で撒いた種だ。
「ど、どうか、お願いします。私、自分に絶望してたんです。私が"歩く大図書館"なんてなれるわけないって。でも、大好きな本を描いているうちに、試してみたくなったんです。私にもやれるのか。だから!」
真剣な瞳で真っ直ぐにバロを見つめるマリーダと対照的に、冷めた目で見下ろす野性の青年。彼はなおも冷たく言い放つ。
「それはお前の都合だ。バロ達は知らない。ユーゴー様は大地のマナを吸い上げて生きていく。同じ土地に3年はいられない。それ以上いれば土地が枯れてしまう。だがこの木の箱があれば無限に大地のマナが貰える。ユーゴー様はここで何十年もじっとしていられる。やっと、ゆっくりしてもらえる。」
バロはそう言うと付近の倒木に腰掛ける。
「ユゴスの民、ユーゴー様と一緒に生きる。文化を知らない。だけど定着できればあの街にも顔を出せる。住民とも仲良くなれる。かもしれない。ユーゴー様が許すなら、バロ達もヒトと仲良くする。かもしれない。」
途切れ途切れに話す。
「それも良いけど、それだってそっちの都合じゃない?」
声がしたのは木の上からだった。見上げるとそこにはルナが堂々と胸を張っている。その横でフェンリルが必死に枝にしがみついている。
「ルナ!ルナ!パンツ見えるから!」
ジタバタと暴れるフェンリルには目もくれず、ルナはピンク色の銃を取り出す。それを見て青年は立ち上がり叫ぶ。
「バロの仲間、皆、【信念】ある戦士。お前彼らに何をした?!」
バロが歯をむき出しにして怒りをあらわにする。ルナはピクリと眉を動かした。
「そうね。本当にそうだった。私もあまりあの種は使いたくなかったわ。」
そう言いながらトリガにかけた指が震えている。
「お前、マリーダの味方か?バロわからない。こいつは本棚を取り戻すためにお前を売ったようなものだぞ?」
「あら、ムカつくわよ。そりゃーね。まぁでも共感できるかは別よ。あなたこそ、プレッシャー背負った小さな女の子のわがままくらい叶えてあげたら?フェンリルより器が小さいわよ?」
そう言いながらトリガーを絞る。バロに命中した種からはピンクと赤の花。【怒り】のオドを糧に花が咲き誇る。バロは一瞬で理解した。先ほどまでの湧き上がるような怒りが消えている。
コイツ、ヒトの感情を吸い取るのか。
バロが膝をついて冷静さを取り戻した、その時だった。地鳴りと共に大地が傾く。
「うおおお?!」
フェンリルが叫んで転がりマリーダに受け止められる。
「だ、大丈夫ですかフェンリルさん?!」
「あんたらねぇ。普通逆じゃないのそれ?!」
茶化しながらもルナは木から素早く降りてバロに駆け寄る。
「あなた何をしたの?」
「何もしていない。ユーゴー様は自分の意思で動くだけ。何者の声も聞き届けない。」
バロは冷静だ。そこはルナに感謝をしなくてはならないとも思った。
山中の木々が揺れ、ざわざわと木の葉が擦れる音と共に激しい振動が伝わってくる。そう、ついにドルドレイが動き出す。
「見て、ルナ!」
フェンリルの声に反応してルナが進行方向を見た。そして今日一番のため息をつく。
「やっぱりこうなるのかー。」
その視線の先には小さな明かり。
マリントンの街が佇んでいた。
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