第15話 大図書館よ歩き出せ④
「本当に僕も行かなくちゃダメかなあ」
フェンリルがぼやく。
これには流石のマリーダも目を丸くする。
「え?え?そ、そんな」
手を口に当ててオドオドするマリーダの挙動不審な様子に、ルナも見かねて口を出す。
「女の子2人で行かせようってゆー気?」
そう言って彼の首根っこを掴み白髪をグシャグシャとかき混ぜるとフェンリルも観念する。
「あいたたた!行きます!行きますよう!」
うなだれるフェンリルにマリーダが声をかけ、潤んだ瞳で懇願した。
「ほ、本棚の調整があるので、き、来ていただけると助かるのです。」
「そうか、ビブリオ。ビブリオを使うんですね。」
妙にテンションのあがるフェンリル。それを横目に見ながらルナは歩き出す。
「行くわよ。結構遠そうなんだから。」
急かされてフェンリルもマリーダと歩き出し、3人は連れ立ってマリントンの街を後にする。
街を出て数十分。だんだんと地面の草もまばらになったころ、やっと"それ"に近づくことのできた一同は、ただただ大きな"それ"を間近で見上げる。
「大きすぎる」
フェンリルは近くで見て改めて感嘆の声を漏らす。ドルドレイの足元は背の低い森になっており、それを踏み潰すかのように山のように巨大神亀、ドルドレイは聳立していた。
周囲の木はドルドレイのみじろぎによって広範囲が踏み潰され倒木しており、これは寝返りにでも巻き込まれただけで命はない、と思わせるほどだ。
彼ら3人が畏怖を込めてドルドレイを見上げていたその時、突如、地伏から人影が飛び出す。
「しまった!」
フェンリルが腰を抜かして慌てる。ルナはフェンリルのその様子をみてため息をつく。
「私は見えていたけど、この数なら大丈夫でしょ。」
瞬く間に数人の人間に取り囲まれる。ルナは懐の銃に手を伸ばし、鋭い目で相手を観察した。見るとその集団は一様に美しい赤の刺繍がなされたローブを着込んで顔をフードで覆っている。
「あなた達が山竜団?」
ルナは臆せずあけすけに聞く。そのあまりに堂々とした態度に一団は少々浮き足立つが、それを制止するように1人の男が前に歩み出た。
フードを取るとその男は手入れされていない赤茶の長髪が立派なタテガミを思わせる、野性味あふれる面構え。
「さんりゅーだん?我々はユゴスの部族だ。俺はユゴスのバロ。お前は。」
意外にも彼らなりに整った身なりと知性あふれる物言いにルナは一瞬たじろぐ。想定していたのはもっと荒くれ然とした、いかにも悪党という感じの集団だったからだ。
「私はルナ。フェンリルの助手よ!」
名前を出されては仕方がない。フェンリルは隠れていたルナの影からひょっこりと顔を出す。
「フェ、フェンリルです。」
震える右手を上げてアピールする。バロと名乗った男は首を傾げた。
「ジョシュ?ジョシュとはなんだ。嫁の事か。」
「違うわよ!いろいろ手伝ったり一緒に苦労を分かち合ったりするの!」
バロはさらに首を傾げる。
「なんだ、嫁であっているじゃないか。」
そうすると槍を構える。ルナもトリッガーに指をかける。シードガンはいつでも発射可能な状態だ。一同に緊張が走る。
と、その時だ。マリーダは魔導書をバッグから一冊取り出すと右手にもち、詠唱を始めた。バロの目の色が変わる。
「ん?お前は?」
そう言いかけたその瞬間、マリーダはくるりと踵を返すとルナ達の方を見る。
「す、すみません、すみません!」
そう言うと魔導書の力を解放する。あたりに土埃が激しく巻き起こり、それが一点に集約して岩を形成したかと思うとフェンリルとルナを拘束した。
「ちょ、ちょっとマリーダ?!」
ルナとフェンリルは慌てて足をジタバタさせるがもう遅い。すでに手足は絡めとられている。バロはじろりとマリーダを見る。
「お前、用は済んだはずだ。何の用だ。」
ルナは状況が掴めずに目を丸くする。
「マリーダさん?どーゆーことなの!」
マリーダはルナの呼びかけには答えずに振り向き、バロに話しかける。
「その事で相談があります。あの人たちは話を聞いてもらうための人質です。」
バロは思案した様子だったが「いいだろう。連れて行け。」そう言いながら顎で部下達に命ずる。
「マリーダさん、マリーダさん?!」
フェンリルも困惑して声を上げる。
バロはマリーダと共にドルドレイの森の奥へと消えて行った。
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