第26話 星を喰む夜④
「4番かな」
フェンリルはつぶやくと、綺麗に並べられた沢山の赤い貝殻を見やる。番号の振られたその中から一枚の貝殻を選ぶと慎重にカンヌキで持ち上げる。
拳ほどもある大きな貝だ。それは熱気をはらみながら煌々とほのかな光をたたえている。見るとフェンリルもカンヌキを持つ手には分厚い手袋をつけている。
「大丈夫?」
ルナが梯子の上から覗き込む。こんな時でもスカートなんだから。目の毒だ。フェンリルは息を吐いて集中するとその赤い貝殻を太い鉄の柱の内部、ガラス瓶の部分に放り込んでいく。
手を離すとカランと小気味のいい音が響く。そのまますかさずに蓋を閉めると大きく息を吐いた。
「さぁ、上げるよ。」
そう言って手元の紐を引っ張っていくと、瓶が少しずつ柱の上部に持ち上がっていく。それが上部に到達すると光を放ち始める。マナランプ、それも街灯になるほどの大きなものだ。
「光ったよ。」
上ではルナが大きな黒眼鏡をかけていた。手に持った黒い筒をマナ灯に密着させて、表面のメモリを確認しながらダイヤルを回す。明るさを計測しているのだ。
「4.7……8かな?」
「上出来だよ。」
フェンリルは手についたホコリを払いながら立ち上がる。時刻は昼過ぎ。2人は5本目のマナ灯を仕上げたところだった。
「あと何本?」
梯子から降りながら黒い髪の少女、ルナは聞く。
「次が最後だよ。」
そう言いながらフェンリルは周囲の片付けをする。最後の一本は少し歩いたところだ。
「それにしても変なの。同じ原理のマナ灯なのになんでこんなに形式がバラバラなのかしら。」
ルナが首を傾げる。フェンリルは笑った。
「あはは。スチーマーのへそ曲がりなところだよ。みんな自分のやり方が正しいって信じてるのさ。それでもよほど偏屈な人が修繕をしていない限り、簡単に手に入る材料で仕上げてある。不文律みたいなものだ。」
フェンリルはそう楽しそうに笑いながら最後の街灯の前に立つ。手元のメモと街灯の根本に彫られた刻印を確認していく。
「1515。これだね。」
そう言うと市の管理者から預かったマスターキーをあてがう。点検用の蓋を開くと中には配線の代わりに美しく長く伸びる植物の蔓が張り巡らされていた。
しかし色褪せて乾燥したそれは、つまりドライフラワーをマナ配管に使っているという事か。
「良い腕だ。」
フェンリルはそれを見ながらササッと手元の白本にスケッチをとる。
「上手いよね。」
ルナが覗き込んで口を挟む。
「上手くは無いよ。分かりやすいだけで主張の無い絵だもの。」
そう言いながらサラリと特徴を書き留めると、手元の小さな筒の中に月光花のポプリと水を入れて振る。すると小さな明かりがそこに生まれた。
フェンリルはその光る筒に蓋をすると、その光をかざして街灯の内部を覗き込む。
「これはすごいね。乾燥させた材料を大雑把に突っ込んでいるだけに見えるけど、これが吸湿したり乾燥したりして発光体のマグマシェルの湿度を調整しているんだな。しかも本体のマナの伝達量も湿度と温度で調整されるようになっているみたいだ。またひとつ勉強になったな。」
そう言いながら、ドライフラワーの右端と左端に手元のハンドメーターを当ててその値をメモする。そして根本を慎重に切り落とす。
「切っちゃって大丈夫なの?」
ルナは驚く。フェンリルの手元は動揺しない。枯れたその美しい花をゆっくりと引き抜く。
「こうしなければ治せないよ。大丈夫。計測した値に後で補正する。」
全て引き抜いて見ると美しい花までが明らかになる。
「街灯の中にこんなに綺麗な花が入ってたなんてね。」
ルナの呼びかけにフェンリルもうなずく。
「思い出したよ。これは大昔に火薬職人が湿度を測るために使ったスチームテクトに似ているね。」
ルナも驚きの声を上げる。
「火薬職人が?」
フェンリルは花の先端を観察する。
「今は廃れてしまった技術だけどね。火薬を練る工程は湿度がとても大事なんだ。」
そう言いながら手元のメモを睨む。
「ふむ。この1515灯は86年間メンテナンスされていないな。」
「そんなに?!」
ルナは目を丸くする。自分が目にしていた美しい花は86年前に枯れた花、と言うことか。
「大丈夫、まだ使えるようにするよ。」
フェンリルはそう言うと銀色の小瓶を取り出し、匂いの強い透明な液体と混ぜていく。
「メタルリキッドスライム?」
フェンリルはうなずく。ルナと話していると話が早い。
「すごく薄くしたいからビネガーで溶いてる。糖分の少ないサボ酢。」
そしてそれを筆に取ると花の先端に塗っていく。
「発光体に近い部分が熱と長い年月で微妙に変質してしまっている。焦げてマナの伝達量が落ちたんだ。次は影響の少ないように最初から鉄でコーティングしておく。このドライフラワーは反対にして使うから足元にも薄く塗って。」
筆をルナに渡しながら自分は発光体のマグマシェル自体もテキパキと交換していく。ルナは瓶をかき混ぜまた均一になるように注意してから薄くドライフラワーの根本にそれを塗布した。
「乾燥は?」
「この温度ならいつもは5分で乾くけど。30分というところかな。」
フェンリルはテキパキとスタンドを組み立てて乾燥物をそこに乗せる。ふう、とルナは息を吐いた。それを見てフェンリルは思いつく。
「さっき美味しそうなドーナツの店があったね。コーヒーと一緒に買ってこようか。」
おっと、どうやらこれは休憩の構え。ルナは思わず笑顔が綻ぶ。
「チョコレート!チョコレートがかかったやつ!」
「良いけど。手をべたべたにするなよ?」
そう言って彼は人混みに紛れていく。ルナは軽くストレッチをしながら傍のドライフラワーを見る。
86年か。ずいぶん長い間、誰にも見られずにここに咲いていたのね。
「なんだかフェンリルに似てるわねコイツ。地味だけどみんなを助けてる所とか。」
誰にともなくつぶやく。
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