第13話
ドンッ!!!!!
「ウザい!!」
ジョッキを思いっきり叩きつけた音と沙月姉ちゃんの言葉で騒がしかった店内は、一気に静まり返った。
「ちょ、お姉さん?」
「おい! 流石にそれはねぇだろ!」
多分アタックを掛けていなかった方がどうにか仲介に入ろうとするが、こっぴどい形で振られた男は声を荒らげていた。
「ふざけんじゃねぇぞ!」
思い通りにいかない挙句に、キレられたからだろう実際は振られたのが現実なのだがそれでもこの状況に唯々そういう声を上げていた。
「うっさい! マジできもいんだけど!」
「ああ!!」
それに対して、完全に頭にきてしまった沙月姉ちゃんが返してしまえば、あとはドラマのような展開だった。
「ちょ! お客さん!」
何となくヤバい感じを察して体を動かした。
こっちだって一杯いっぱいで我慢してれば沙月姉ちゃんを怒らせてる始末。
そんで俺を申し訳なさそうも見てくればこっちだって味方に付く。何より俺は今店員だが、それ以前に家族だ。
「ゆう…」
「うるせぇクソガキ!」
ばっと間にはいった俺がよっぽど目についたのだろう。体を二人の間に割り込ませていたが、ずっと後ろを向いて沙月姉ちゃんを捉えていた視界の端から迫ってくる拳には一切対応ができなかった。
ガツンと重い何かに叩かれたような痛みは顔の右半分を襲った。
「遊太!」
お客さんからも、沙月姉ちゃんからも悲鳴が上がるがそんな大事ではない。
酔っぱらいの一発は幸いにも本気ではなかったようで、殴られて吹っ飛んでしまうだとか意識がおぼろげになるとかと言うこともなく、そこに踏みとどまった。
踏みとどまったのだが、
「てぇなこの野郎!」
体以前に感情の方が抑えきれなくなってしまった。
自分の好きな人に、あんな顔をさせてあんな思いをさせて、もしかしたら手を出されたのは俺ではないかもしれない。
そこまで追加で要素がそろってしまえば我慢なんてできなかった。
さっきまで下手に出ていたやつに胸倉をつかまれたからか、男の顏には焦りや驚きといった様々なものが見える。
周りが声を上げてる気もするが、知ったことじゃない。
右手を握りしめて、今まさに振りかぶってやろうとしたときだった。
「ストップ!!!」
野太いような、男の声が聞こえた。
正直それぐらいで止まる気はしなかったが、視線に映った声を発した人物によって俺の拳は完全に行き場を失ったのだ。
渚さんに引っ張られる形で現れた一人の赤い顔をしておじさん。
―—セクハラ親父
予想外の人物の登場に、胸倉をつかんでいた手の意識も薄れていく中で、
「「大河原会長」」
顔を真っ青にした件の二人の男は、セクハラ親父にそういった。
「会長?」
思わず、本人に向かってそう復唱すれば、にこりと笑って返されるが訳が分からない。
別に年功序列的な考え方をすれば、役職があってもおかしくないが会長なんて知らないし、第一名前だって知らないのだから。
「沙月ちゃん、ここは私に任せてもらえるかな?」
まさに主人公のような言葉がこちらに投げられ、その姿にかっこいい大人を見たのだが、
「遊太! 大丈夫?」
沙月姉ちゃんからすれば、会長の存在はどうでもいいらしい。
腕を引かれ、そのまま向かい合うような体勢になれば、ペタペタと顔を撫でられる。
「さ、沙月ちゃん?」
「遊太? いたくない? 」
「えっと、沙月ちゃん?」
「うっさい! 勝手にして!」
結局、会長の言葉は沙月姉ちゃんに一喝され、セクハラ親父もとい、大河原会長はすっと視線を正し二人を見た。
そして自分たちに視線が向いたからか、二人の男が一気に身構えたのがわかった。
「君らにも自由はある。 ただやりすぎはいけないな」
ついさっきまではセクハラに興じてとは思えない声音に驚きを隠せないが
「す、すいません!」
「申し訳ありません」
「あした私のところに来なさい」
「「...はい」」
二人は見事に沈んだような声になりそう答えていた。
そのあとは、店長と奥さんに時間ももうだからと返され今に至るのだが、
「遊太ぁ、ごめんね。 我慢できなかった」
「いいよ」
「ごめんねぇ」
涙交じりの落ち込み切っている声音が俺の鼓膜を刺激する。
そしてそれだけではなく、着々と俺の首筋を熱くて冷たい雫が濡らしていく。
俺の背中で沙月姉ちゃんが泣いている。
「遊太、お仕事なのに...」
「いいから」
「せっかく、遊太が頑張ってくれて、いっぱい働いてくれたお店なのに」
ずっとこの調子だ。
お店を出るときは強がって見せてもかなりの量をのんでいて、少し歩けば歩幅が狭いこともわかり、もう人生で数えきれないほどしてきたおんぶをすれば、いよいよ申し訳なさそうに泣かれてしまった。
―—あいつらコロそ。
ガキ丸出しの言葉を思い浮かべるもそんなことができるわけはない。自分があいつらに我慢しきれなくて俺に迷惑をかけた。その気持ちで泣いてくれている沙月姉ちゃんをもっと悲しませることになるし、なにより今は沙月姉ちゃんが最優先だ。
「ごめんね」
息をつく代わりともいえるぐらいの頻度で、ずっと背中越しに謝ってくる沙月姉ちゃんは強く俺を抱きしめてくれている。それだけ俺を大事に思ってくれている彼女が泣いているのに他のことに割くなんてできない。
それに帰り際、俺たちに頭を下げていたセクハラ親父がきっと何かをしてくれるのだろう。
「痛かったよね...ごめんね」
「大丈夫だから」
「嘘...赤くなってるもん」
沙月姉ちゃんのことが好きだから、たった一人の俺の家族だからこれだけで凄く頑張ってよかったと思える。
「…はぁ」
「遊太? やっぱり痛かった?」
いろいろな気持ちがうごめくのを全部ため息と一緒に吐けば、また心配されてしまう。
酔ってるからか声に力はないが心配そうなのはわかる。
そっと撫でてくる手がひんやりとしてすごく気持ちい。
実際、なかなかに痛いがそれ以上に、
「遊太?」
―—好きだ。
背中に感じる温もりに、酒臭いはずなのにするいい匂いとか、一生懸命俺を心配してくれるその姿が、全部好きだ。
こんな場面、こんな関係なのに、この瞬間に強く思ってしまう。
―—それに
「あ、コンビニ寄ってこ? 遊太ご飯まだでしょ?」
「いいよ、カップ麺で」
「駄目! 一緒に食べるの!」
酔っぱらってたのと泣いたからか、幼くなった口調に引かれれば、ついつい寄り道してしまうのだがそれすらも、うれしくて楽しいのだ。
これは、沙月姉ちゃんに秘密にしているがなんで沙月ねえちゃんがあそこまで怒ったのかを店長に聞いた。
聞いたというよりかは、帰り際に呼び止められて教えられたのだが。
『指輪。 馬鹿にされて怒ってたぞ。』
予想外の理由にしばらく沙月姉ちゃんをカウンターに放置してしまったが、それもしょうがないと思う。
多分、それを聞いたのが大きな理由なのだろう。
沙月姉ちゃんにけががなかったことや、悲しませたけどこんなに心配してくれたことや、うれしいことは一杯あったこの事実が今一番大きいともいえる。
―—本当に、これじゃ諦めらんねぇよ。
今日また一つ、沙月姉ちゃんを好きな理由が増えてしまった。
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