第4話

「つかれたぁ」

「わりぃな。今日は付き合わせたのに。もう帰んねぇと」

「いや仕方ねぇよ。俺らも帰るか。」

「う、うん」

 あの後は、佐奈の話もほどほどに意外な形で解散となった。どうやら今日、一輝はバイトだったらしい。それがわかったのは佐奈のクラスの恋愛事情録が佳境を迎えたころだ。


 スマホを眺めていた一輝の顔が一気に険しくなった。スマホのカレンダーで今日のところに見事にバイトが入っていたらしい。決して遅刻をするわけではなかったが、それでも余裕がありまくるというわけではないんで、解散することに。


 バイトに直行する一輝とは駅前で別れそのまま自宅までの道を佐奈と歩く。幼馴染というわけではないが昔馴染みといえばいいのだろう。意外に家が近かった佐奈との交流は小学校の高学年のころから高校生になる現在までずっと続いている。

 いつの間にか髪が茶色くなったり金色になったり、メイクを覚えたりギャルっぽくなったりといろいろな変化が佐奈に訪れたりもしたが、不思議とこの距離感は保たれたまま。改めて思えば、考え深いものだが慣れてきているので違和感はない。

 ぼーっと斜め前を歩く、その揺れる金髪を見ていれば突然振り返り、何か強い思いのこもったような目で見てきた。


「ん?」

「あ、あのね」

 もうだいぶ暗くなっている中でも、街の照明に照らされて顔は真っ赤に染まっている。


「うちに来てくれない?」

「え?」

 なんとも突拍子のないことを言ってきた。



―――――


「馬鹿かお前?」

 ところ変わって佐奈の部屋。

 そこで俺は延々と佐奈を馬鹿にしていた。というか、愚痴っていた。


「うるさい馬鹿」

メイクを落としたからか、キツさが減った目で睨んでくる佐奈の顏にも僅かばかりの申し訳なさは見える。

 小綺麗に片づけられた部屋に、雑誌の置かれたローテーブル。勉強机はあるが、綺麗に並べられた化粧品を見る限り勉強はという機能はもう失われているのかもしれないこの部屋に男と女の二人きり。間違いなく多くの人は全く違う行動に向かうのかもしれないがそんなことは一切ない。


「はぁ」

「ちょっと、あきれないでよ」

「いや、無理だろ」

 本当に困っているのか涙目になって言われるが厳しいことにはかわりない。

 やらかしたのだ、こいつは。いや正確にはやらかしていた。


『実は、前々からやらかしてて、60点は取らないと1つくぞって……』

 真っ赤な顔で恥ずかしそうに言った彼女に思わずあの時チョップを入れたのは悪くないと思う。


「いままで60とれない奴がどうすんだよ?」

「だから困ってるんじゃん!」

 もう本当に泣いてるんじゃないかというような潤んだ目で見られれば、こっちの方が悪者の様だ。ただ気がするだけで、実際には俺もファミレスで教えることは教えた気がするんだが、


「はぁ、今日から本当に特訓だぞ」

 昔からの付き合いだからかどうしても甘くなってしまう。


「ありがとう遊太!」

「頼むから60とれよ」

「うん!」

 よっぽど不安だったのか、満面の笑みでそう返してくるものだから思わず笑ってしまえばまた怒られるが、それでもおかしくて笑ってしまった。


「んじゃ、勉強すっか」

「おっす」

「お前は格闘家か」

 なんとも気合の入った返事と共にローテーブルの上を一気に床に落としていく佐奈に呆れつつ、教科書を準備した。


「そういえばさ、遊太」

「ん、なに」

「指輪誰にあげたの?」

「あー、なんで知ってんの?」

 ちょうど一区切りといったところで、佐奈はそんなことを切り出してきた。


「いや、クラスの女子に指輪がどうとか聞いてるって、友達が」

「なるほどな」

 そりゃ、学校であんなことを白昼堂々聞いてればそうもなるだろう。

 ことが事で、夢中になっているあまり、周りに割く余裕がなかったな。


「沙月姉ちゃんだよ」

「あぁ、そっか」

 別に送った相手については隠す必要はない。そこにどんな感情があるかを佐奈に言うことはないが、佐奈は俺の母親である沙月姉ちゃんのことを知っているからそこまで問題にもならないだろう。腑に落ちたのか何度も頷く佐奈を見るに、納得してくれたのだろう。


「彼女にはあげないの?」

「いや、いねぇから」

 わかって言ってるからか、笑顔を浮かべて聞いてくるのでこっちも笑いながら返す。

――てか、こいつもいないだろ。

 とはいってもここは社交辞令というか、ノリというか流れ的に聞いておく。


「おまえは?彼氏にそういうのもらわねぇの?」

「いや、彼氏おらんし」

「知ってる」

 いよいよお互いに笑いだしてしまえばドアがノックされるのがわかった。


「佐奈。ゆーくん。ごはんだよ」

 そういって扉の先から現れたのは、優し気な黒髪の女性だ。佐奈ぐらいの年の子を持つ親にしてはだいぶ若いらしく30代がどうだかという話を聞いたが間違いなく彼女のお母さんだ。金髪の娘の佐奈と隣り合わせになれば、髪色こそ異色な組み合わせだがどこか雰囲気は似ていて、まごうことなき佐奈のお母さんだ。俺がまだ小さい時から何度もお世話になったからか、いまだ『ゆーくん』呼びなのは恥ずかしい気もするが、それ以上にうれしくもある。年を重ねても俺を大事にしてくれているとわかるからだ。


「いや、俺はいいすよ。」

「いいから。うちのおバカを見てもらったんだから」

「お母さんひどっ! よし遊太いこ」

 俺の断りも最初から断りという風には見られず、腕を引かれ連れてかれ関口家の食卓へ。


「お、遊太くん! 大きくなったな!」

「お久しぶりです」

 来た時にはいなかったいぶし銀のきいた強面の男性。佐奈のお父さんだ。昔は、それこそあったときはすごく怖かったが、怖いのは見た目だけで凄いやさしい人なのだ。だからだろうか、普段お母さんと佐奈で、二対一のお父さんにはだいぶ良くしてもらった。


「よし! じゃあいただきます!」

「あ、佐奈! もうゆーくんもどうぞ」

「ありがとうございます」

 俺が席に着くや否や、隣の席に飛びこむ勢いで座った佐奈につられ、食事は勧められた。


「さてと」

 もうだいぶ暗くなった住宅街を歩けば、目の前に見えてきたのは見なれた一軒家。佐奈の家から徒歩で10分ほどでついたそこは、商業域と住宅域のちょうど境目にある、まごうことなき我が家だ。制服のズボンに手を突っ込み、鍵の捜索をしながら玄関に向かえばちょうどいいタイミングで鍵を発見する。

 もはや感覚的な域で、タイミングはバッチリだ。

 暗い中、若干の月明かりを頼りに鍵を鍵穴に差し込み一捻り。少し鍵を回す手に重みを感じれば、いつも通り鍵を引き抜く。


「ただいまぁ」

 ドアノブを一気にひき、一応家の中へ挨拶をするが時刻はまだ午後九時。

 仕事柄、まだ帰ってきておらず誰もいない時間。

 だから、習慣でしただけの挨拶はそのまま消えていくはずだった。


「おかえり」

 返事なんてなく。

 ぎょっとするとはこういうことなんだろうとこの瞬間、実感した。

 目の前から聞こえた声に足元の視線を上げれば、そこには義母がいた。


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