第3話

「ふぃぃ」


 とりあえずはティーブレイク。

 少し早めに食事が済めばあとは授業開始までだらだらとスマホを眺めるだけだ。『プロポーズ大作戦』、『熱愛報道』、『路上キス』、探したわけでもないのにスマホの通知欄に並ぶエンタメニュースの見出しの数々、


「滅びればいいのに」

 今できる最大限の呪詛を唱えながらスワイプを繰り返せば、こちらへ向かってくる大きな足音が一つ。というか大きいという次元ではなくめちゃくちゃにうるさい。

 扉に関してはかなり強引に閉められたからか、悲鳴にも近い音すらたたき出している。


「ちょっと、一輝に遊太聞いてよ!」

「なんだよ佐奈」

 軽くカールさせた長めの金髪。金髪優等生なんていう学園ドラマ特有の展開は一切ない。メイクで決められたその顔を見ると呆れてしまう。俺の反応を見てか、この金髪不良児は困ったような顔をした。


「それが困っちゃうのよ」

「ほう、委員長様のお悩みでございますか」

「うっさい」

 軽愚痴を吐きながら相手をしていれば、しれっと俺の隣の席を陣取ってこちらにびっしりと文が書き記されたプリント用紙を流してくる。

 適当に済ませようと、視線を軽く這わす程度に走らせれば目を疑う一文が見えた。


『国語科より中間考査追試対象者 2―4掲示用』


 もう何となく嫌な予感がしたが見ないというわけにはいかない。どきどきと嫌な鼓動を感じる胸をどうにか落ち着かせながら視線を下へ下げる


『17 桜井一輝 19 関口佐奈 24 月島遊太』

「OH、ジーザス!」

「落ち着け遊太!」

「FU〇KIN 小松原!」

「お前もだ、関口。」

 突然ありもしない欧米の血が覚醒した俺も、それに便乗した佐奈も見事に一輝に止められてしまう。拳骨のおまけつきで。


「てか、一輝。 お前も馬鹿だな」

 そう、一見俺と佐奈だけが馬鹿みたいだが、注意してきた一輝も追試組だ。


「うるせぇ遊太。 お前はブービーだ」

「なんだと……」

 確かに、先週のテスト返し。あの時受け取ったテストの点数には嫌な予感がビンビンした。したがまさかケツから二番目だとは。


――あれ、でもそういうことは。


 俺にそういってくるってことは、一輝を候補から外すとしてあと一人。

 かなり焦った顔で地獄の招待券を眺めている、めちゃ馬鹿委員長がすぐそこに。


「佐奈……お前」

 溜めて言うが、そんな意味も無駄な邪推もいらないだろう。

ずっと壁の方を見ている金髪がなによりの証拠だ。


「お前馬鹿だな」

「うっさい馬鹿!」

 実はお互い等しく同列の馬鹿なんだが、ここにおいてはコンマ一点であれ大きな差なのだ。

 それが馬鹿の流儀といえる。


「おい、馬鹿佐奈。 ばーかばーか」

「うざ! 遊太ウザすぎ」

「ふん、俺の勝ちだ!」 

しばらくの不毛なやり取りの後、佐奈がこちらをじっと見てくるのがわかった。そしてその目には何かひらめいたような光が宿っている。


「そうだ!!一緒に勉強しようよ!」

「いや却下」

「なんで!?」

「そりゃ、烏合の衆ってやつじゃん」

「えぇ、遊太いつも成績いいじゃん。今回は知らないけど」

「そりゃノー勉の古文だし」

「じゃあ勉強すればいけるんでしょ」

 自信満々にそう言ってのける佐奈の言葉に一理はあるがそれ以上はない。確かにノー勉の舐めプをかましたが別段俺が凄い優秀というわけではない。

 それに一般的な現代文的なものなら答えが書いてあったりするが、古文は完全な覚えゲー感が否めない。


「そうはいっても……」

 口では渋い感じに否定を試みるが、なんとも断るに断れない感じ。

 助けを求めるべく一輝を見れば、こいつもこいつでこちらに頭を下げていた。


「遊太。俺もお前ならできると信じてる! バイト。頑張りすぎただけだよな!」

 そういってサムズアップをする顔には、『俺はお前のすべてを知ってる』と書いてあった気がしたのは気のせいだよな。


「あぁもうわかったよ。じゃあ今日からやるからな」

「よし!」


ーこいつよくもキラーパス出しやがったな。


 学校の最寄り駅から二駅と少し。時刻は午後の五時半を迎えた頃合いに、色々な学校の制服が集まっているファミリーレストラン『ココっス』に俺たちはいた。


「で、ここは筆者の考えってのはこれが正解ってわけ」

「いや、このときの気持ちはガチ萎えだろ」

「いや、ここはマジ萎えでしょ?」

「黙れ、馬鹿二人」

 テーブルに申し訳程度に置かれたフライドポテトをつまみながらテストの正答を教えれば帰ってくるふざけた声。実際、これはマジで言っているんだがそれでもノートに正答を書き写しているだけマシだろう。何だかんだ、二人もまずいことはわかっているのだ。


「ねぇ、このなんとかおさむって誰?」

「なぁ佐奈。 まさか太宰治の事じゃないよな」

「あ、これが自殺するする詐欺の人か」

「なんちゅう覚え方だよ」

 一人納得し始める佐奈をみても、この変な記憶力の数割でも勉強の知識にステ振りしてくれたら、楽なんだが。


「なぁ遊太」

「なんだ一輝」

 やけに真剣なトーンで聞いてくる一輝だが、その顔とその手に持っているものを見るにロクなことではない。


「チーズインハンバーグおけ?」

「はいはい、好きに食え。 自腹な」

「もち。 すいませーん、このチーズインハンバーグにライス大盛りで」

「あ、私はミルクレープで。 遊太は?」

 流れるように追加注文を入れる佐奈を見るに、もう限界だったのだろう。

 あと、一輝に関してはガッツリいってるし。


「俺も佐奈と同じやつ」

「はいはい。 すいません、ミルクレープもう一つ」

「かしこまりました」

 店員がキッチンの方へ消えていったのを見送り、手元のグラスをとる。


「なんか飲むか?」

 俺の隣。窓際にいる佐奈に聞けばミルクティーを注文されたので佐奈のティーカップも預かり席を立つ。それに伴うように一輝も立ち上がり、二人仲良くドリンクバーに。


「遊太、サンキュな」

「なんだ、ハンバーグの事か」

「いや、勉強に決まってんだろ」

 別にまだ一時間ほどしかやっていないが、範囲で言えば八割がた復習はできた。といってもテストの解答の説明だったんだが。

 まぁ、よくよく考えればこの面子で一時間ほど勉強をしっかりした方が奇跡だったのかもしれない。それこそ、普通に考えればドリンクバーとフライドポテトでよく粘った方だ。

 そろそろオーダーの1つもなければ注意されていただろう。佐奈のミルクティーを入れ終えて自分のコーヒーに。さっきまではお茶の気分だったがデザートを頼んだ以上、ひとまず落ち着きたい。


「お、珍しいな」

「まぁな」

 基本的にはコーヒーを外で飲まない俺に一輝が、コーラ片手に驚いたような声を上げるが俺的には、さっき佐奈のミルクティーを準備してるうちに一杯飲み終えてお替りのこの男の方が特異だ。


「勉強も疲れるしな」

「それな」

 凡そ、まじめに勉強しているやつからは出ない言葉が俺の口から出れば一輝がそれに短く返してくる。最近ずっと忙しくしていたから、実は無駄話も楽しみにしてたのは言うまでもないだろう。


「ほら、佐奈。 ミルクティー」

「あっと、遊太。 一輝も注文そろってるよ」

テーブルに堂々と姿を見せるハンバーグとライスの山。それに対して俺と沙月の目の前には、コンビニより少し大きめのミルクレープが置かれている。


「いけんのか?」

「ふ、愚問だ遊太」

 かっこよく答えて見せる一輝だが、間違いなくなんかのアニメの影響だろう。


―こいつに愚問なんていう言葉を使う知能はない。


「あ、そういえばねぇ………」

 一輝がハンバーグに突撃したのを見送り、佐奈がそう話し始めれば空気は一気に打ち上げムードに変わっていった。

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