side story 千崎日奈

—だるい女


 それが、私が沙月に初めて会った時の感想だった。

 高校を卒業して特にやりたいこともなかったけど、その時付き合ってた彼氏と結婚でもするんだろうって就職も進学も碌に考えてなかった。

 ただ卒業してみればあっけなく向こうは『真の愛を見つけた』『お前の本当の幸せはきっと俺じゃない』とか都合のいいことを並べて蒸発をかました。


 自由気ままに生きてきたのは自分だし、流石にみなまで世の中のせいにする気はなかったがそれでも、世界を憎んだ。

 適当に仕事をしてその日を食いつないで、知り合いに良い恰好したくていろんなこともした。

 それでもそんな生活にどこか限界を感じたとき、行きつけの飲み屋のオーナーの紹介だったか、客の紹介だったかでスナックのママを紹介された。


 正直スナックはおっさんの相手をして、キャバよりお堅いっていう認識で給料もそこそこの歩合も少しはあるが決まった額が貰えるっていう安定感がよくてあまり考えず、面接を受けて合格した。

 どうせ年上の女ばっかりなのはキャバでも覚悟していたからよかったけど、一人だけ不思議な女がいた。

 年は私と変わらなくて、明らかに良い子ではなさそうな女だったけどそんないかれたような感じもない、不思議な女。

 そしてほかのキャストやママとの会話を聞けばわかるのは、


―子持ちで水商売とか、めんど


 別にお店的には一切問題はないみたいだし、お客さんも了解しているみたいだけどそれでも厄介ごとを連れてくる可能性は大。

 とにかくめんどくさい女、そう思った。

 必要以上にかかわらないようにしよう。

 そう思った。


 ただ、意外にその意識はすぐになくなった。


 ほんとにしょうもないような、一瞬というか一幕で覆ったのだ。


――――

―――

――


「.....きもち悪い」

「ちょっと沙月大丈夫?」

「だいじょばない」

「はぁ、勘弁してよ」


 ボックス席のソファーで力尽きるように伸びた沙月に声を掛けても芳しい返事はなく要介抱の様子。

 もう日付は跨いでキャストの中には帰っている娘もいるなか、正直沙月を置いて私も帰りたかったけど、今回のがなかなかの痛客で長引いた。

 

 沙月が子持ちのことを途中で知ったらしく、熱くなった客に沙月もなれたように謝ったり、ほかのキャストもやんわりと仲裁、常連たちもほどほどにいなすようなヤジを飛ばして普通なら収まる話だったのだが、どうにも気に食わないことを言ったらしく沙月も熱くなってショット対決に至ったのだ。

 本来なら止めるべきなのだが、物理的に発展しそうだったのをうまく周りがとりなしてそこに収めた形。


 で、結果としては沙月の辛勝で痛客を連れに引き取らせ帰した後に見事にソファーに沈んだのだ。


「ねぇ、私今いい感じの男のとこ帰りたいんだけど」

「,,,,,,勝手に帰っていいから」

「そうはいかんでしょ」

「いや、大丈夫」


 うつぶせになって、水を飲もうとしているのか頭にぶちまけてるその姿のどこが大丈夫なんだか。

 マジでおいてってやろうかと思っても、流石にやばいそうなのはわかるからそうもいかない。


 ほんとにどうしようかと思った時だった。


「沙月~、いる?」

「あ、彩さんお疲れ様です。」

「おっす、日奈。 沙月中?」

「はい」


 結構前、それこそ日付が変わる前に帰った先輩キャストの突然の来襲。

 特に忘れ物もないし、何かある気もしないが沙月を気にしながら入ってきた後に二人が追うようについてきているのがわかった。


 ママの行きつけというか、この店のスタッフの行きつけの居酒屋の大将と明らかに未成年の子供が一人。


「あ、遊太。 沙月ダウンだよ」

「こんばんわ」

「おう、ごはんは? ってさすがに食べてるか」

「うん流石にね」


 カウンター越しにママと親しい感じで未成年が話すのを見てふと思い出した。


 あ、沙月の子供か。

 別段、子供の背景は聞いてるから年恰好に驚きはしないけど初めてみたその時、なんというか本当に沙月は私と変わらないのに確かに大人なんだと感じた。


「おーい沙月。 遊太が心配して私のとこにきたぞぉ」

「........ん?」

「本物だぞ?」

「え?」


 先輩に声を掛けられて不思議そうにする沙月。

 もはや意識も曖昧だろうが、それでいて朧げな視線を未成年、遊太に送っていく。

 そして遊太と確かに目が合っとき今までクソだる酔っ払いだったそれは、


「ゆうたぁ? あした臨海でしょ?」


 母親の顔をしていた。


「うん、でも心配だったから」

「........ごめんね、大丈夫だから」

「そっか、ごめんね」

「ううん、ごめん」

「謝んないで、、お願いだから」


ー私ダサいわ。


 同僚は子供育ててるのにいつまでも遊ぶことばっか。

 ダサいとしか思えなかった。

 それと同時に、嫌だからこそといえるかもしれないけど、


「あ、ママ復活するまでおねぇちゃんといよっか?」

「えっと、あの.....」

「ああもう大丈夫、ジュースだし変なことしないよ。 ママいるしね」

「・・・・・なんかしたら殺す」


 おっかない女は置いといてこの子に渡せるものを上げようと思った。

 同僚の女の子供。

 単純にはそれだし関係値もその域でしかないけどそう思った。



 

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