第14話

 「あぁ、頭いて」


 ぼーっとして落ち着かない思考に、頭の奥にズキズキと刺さるような鈍い痛み。

 そして嫌に目につく光の刺さるようなまぶしさと鬱陶しさ。

 この体の発する情報をまとめ上げて一言で述べるならば、


「完全に寝不足だぁ」

「遊太どうしたん?」

「佐奈ぁ」

 嘆くような俺の言葉を拾ったのは隣の席で呑気に昼飯を喰らっている佐奈だ。


―—あ、ハンバーグうまそう


「ねぇ、遊太どうした」

「ねみぃんだよ」

「だからなんでさ?」

「まぁいろいろ」


―—そういろいろだ。


「遊太、明日試験だよ!」

「わかってる」

「今日…大丈夫?」

「ああ任せろ」

 佐奈の言わんとしていることはわかる。

 今日というのはつまりは勉強会である。


 明日、木曜日。ついにこの一週間の間違いなく俺達にとってはビックイベントの追試試験の実施日だ。そのために数日続けてきた佐奈との放課後勉強会のことを指しているのだが、この頭の中を取り巻く不快感も、身体にたまってきている倦怠感もその時間までには落ち着くだろう。


――残りの授業を睡眠に費やせば。


 正直、午前の授業の記憶だってろくに持ってなどいないのだが、目の前に普段いるはずの一輝がいないのを見るにどこかで飯でも食いに行っているのだろう。

 一輝は勉強会をしたのは初日の一回だが、あいつもあいつで何やら予定が多い人間のようなので無理強いをする気もない。

 何よりこのコンディションの最終日に呼ぶのも邪魔なだけだろう。

 とまぁ、放課後の心配もそこそこに飯時の思考回路が望むものなどただ一つで、


「ハンバーグくんね?」

 人間の三大欲求を満たさせてほしい。

 寝不足だが、俺の体は正直で食を求めている。

 そして、そんな俺の前でおそらく手作りであろう一口大のハンバーグをちらつかされれば、食欲を刺激されて仕方ないのだ。


「いいけど、沙月さんは? はい、あーん」

「ん。 あっと」

「え? ちょ、戸惑ってよ」

「うっせ」

 しぶしぶといったような顔で、あーんをしてきたのでそのまま捕食すれば抗議の声を上げらえるが、正直この程度では動揺しない。

 昔から沙月ねえちゃんにどれだけやられていることか、昨日もされているし基本的に酔うと行ってくる好きな人の行動に順応している俺には聞かない。

それに空腹の前では恥を超えてくる。


「おい遊太! 何やってんだぁ!!!!」

「佐奈よかったねぇ」

「遊太よかったな」

「うっせぇ」

「うっさいばか!」

 今の行為をちょうど見ていたらしいクラスメートが野次を飛ばし、教室が授業中では起きないような歓声に支配されているが勘弁してほしい。

 否定という否定もないから聞き流すというか、雑に言葉を飛ばし返せば爆笑している男連中を見るに、シンプルに面白がっているんだろう。

 てか佐奈もそんなムキにならんでいいのに。


「あぁ、もう少しくんね」

「まぁ、いいけど」

 もはやこうなれば、もっと食ってやる。

 少し腹に入ったことによって、余計腹が刺激され空腹感が襲ってきた。

 そして卵焼きやおにぎりを貰いながら話すのは明日の試験について。

 お昼時に女子のお弁当を分け与えられ、追試の話、まさに高校生というようなワンシーンなのだろうが別段そういう関係でもないのだから、ここから何が起きるわけでもない。

 俺がただの空腹野郎だとわかった周りから、お菓子やおにぎりや苦手なおかずを貰いながらしばらく食事に励めば、佐奈がそういえばと、不思議そうに俺を見てきた。


「ねぇ、今日沙月さんのお弁当は?」

「あぁ、まぁいろいろ」

「へぇー、はいウインナー」

「あっと」

 実際佐奈の言う通りで、いつもは沙月姉ちゃんの弁当だ。

 ただそれは今日はない。


―—俺は今日弁当がもらえなかった。

 

 というよりかは、あったけど与えられなかったなどの方ではなく、完全に沙月姉ちゃんがつぶれてしまっていたために弁当が存在しなかったといった方が正しい。

 その原因は間違いなく昨日の夜だろう。


 昨日の夜、あの後酒がガンガンに決まった沙月姉ちゃんは晩飯にとコンビニで買った飯を嗜んでいれば、それをつまみに追加で酒を飲みだしたのだ。

 本来であれば止めるべきなのかもしれないが、そのやけ酒の事情が事情だけに俺が止められるはずもなく、どうにか自暴自棄な酒にならない程度に相槌をとって軽く酒を取り上げたり、お給仕と化して度数の限りなく少ないサワーやハイボールを提供することに徹していれば時間なんて余裕で日付を超えて見せた。

 完全に酔い切ってソファーに沈み込んだその体をベット運ぼうと、身体に腕を差し込めば、抱きしめ返されてしまえば俺を包み込んでくるのは、酒の強いに匂いと甘い香水の匂い。


 結局俺自身、そこまででだいぶ疲れていたようで何というか香水異常に香ってくる優し気で安心する香に少しだけ思考をゆだねて瞼を閉じれば、抱きしめられたまま、ソファーで眠りにつき朝を迎える羽目になっていた。

 

 そしてそこからの展開は何とも作業的で、身体の節々に痛みを覚えつつ目を覚ませば俺を抱きしめている、アルコールの匂いが口から垂れ流しになったそれをベットに動かせば俺の朝はあっさりと終わってしまった。

 寝たのが遅いこともあり、寝起きもいまいちな頭でも時計がなんとも言えない時間を指していることがわかったからだ。

 飯を作るような時間があるわけもなく、べたつく頭を洗面台に突っ込んで洗い流せば早々登校となってしまったのだ。

 昨日のコンビニで朝飯代わりに揚げ物を軽くつまんで空きっ腹を埋めれば、そこで俺の朝食は終わってしまった。

 そこで馬鹿だったのは、普段の癖というのは恐ろしいもの。朝飯を食わないと、何か入れないと、そんな気持ちでコンビニへ入ったために弁当がないということに気づけづ、せっかくの弁当を買える機会を失ってしまったのだ。


 そして体のダメージとは意外と朝は気づかないもので、購買にでも走っていければいいのにやる気もしない思考回路では、動く気もせず唯々机が友達となる。

 だから今もこうして佐奈に餌付けされる羽目になってはいるのだが。


「はい遊太、あーん」

「調子乗んな!」

 やたら上機嫌でそんなことをしてくる佐奈に軽くチョップを仕掛けながらも与えられるおかずを捕食していけば自然と休み時間と、空腹は満たされていく。


 そしてだいぶ餌付けされて、安心といよりか落ち着いてきた俺の思考回路では、繰り出される次の行動パターンなんて一つだ。


――寝る


「んじゃ、お休み」

「ん? 午後も寝るの?」

「まぁいいじゃん」

 隣で佐奈が何やら文句を言っている気はするが、ここで寝れば体力が戻る気がする。

 というよりかは、シンプルに眠いから寝るのだが、記憶にある限り水曜日の四限は睡眠率過多の英語。

 英語教師蛯原は話が沈み切っていると人を当てるらしいが、少しでも盛り上がれば一切あてずに海外旅行の自慢話をしてくれる。

 だから俺が祈るのはただひとつ。


――みんな頑張れ

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