第15話

「遊太」


―—うっさ、誰だよ。


 あいまいな意識の中で聞こえてくる、俺を呼ぶ声は嫌に頭に刺す。


「遊太」

 多分相手が求めていることも、場面も浮上してきた意識でわかるが微睡んだ意識は、このなんともふわふわとした幸せな感じも失いたくない。


「遊太!! おきろぉ!!!」

「お、おう!」

 ただそんな俺の曖昧な気持ちを知ってか知らずか、突如として頭上に響くそんな怒鳴り声にも似た声に俺の思考は急浮上させられた。


―—てか、佐奈うるさいって。


 やけに響く佐奈の声に起きてみれば、


「ん?」

授業終わりにしてはやけに空いた教室に、寝起きでぼやけた視界がとらえる時計の指針。


―—あれ、てか今って?


「遊太寝すぎ」

「あ、すまん」

 ようやくピントが合った視線がとらえた、時計の針の位置は授業が完全に終わって、完全下校手前のそんな時間をさしていた。


―—あ、完全にやったわ。


「遊太、大丈夫?」

「ああ、大丈夫大丈夫。」

「ほんとにぃ?」

 疑うような佐奈にそう答えて見せるが寝起きの体温が高い体は、逆にパフォーマンスが少ない。

 だからだろうか、


「じゃあ今日、遊太の家でやろうか」

「ああ」


―—こんな誘いにこたえてしまったのは。


――多分家に沙月姉ちゃんがいるんだが。


 別に親に見られて困る関係とか、からかわれるとかはないが、やっぱり年齢を重ねたからか、同い年の女の子を親のいる家に呼ぶというのは恥ずかしい。

 そして、二日酔いの沙月姉ちゃんがどうだかもわからない。

 しかし、


「ふふん、久しぶりの遊太んちだね」

 なんとも楽しそうに、スマホでおそらく親に連絡を入れているであろう佐奈を見てしまえば、断ることなんてできない。


  

「遊太、沙月さん甘いのいける?」

「ああ、好きだよ」

「しょっぱいのは?」

「それも好きだな」

 お菓子の並ぶ棚で、かわるがわるお菓子を掴んで俺に見せる佐奈に応えながら俺も棚に目をやる。

 佐奈がうちに来るなんて、もうえらく昔のように思えたが実際そうらしくお菓子でもと、帰り道のコンビニに入って早数分。

 いわずも知れた昨晩と今朝で世話になったお店なのだが、また来ることになるとは。

 流石に同じ店員さんという展開はなく、おそらく高校生バイトといった感じ。

 見たことはあるから、たぶん同じ学校だろうが詳しくは知らないから気にはならない。


「あ、すっぱいのはあんま得意じゃないな」

「へぇ、意外」

 某すっぱいポテチを手に取る佐奈にそういえばすっと戸棚に戻してそう返してくる。

 なんというか沙月姉ちゃんの好き嫌いは意外なものが多いのだ。

 というのも、俺を育てていくうえでいろいろな食材を使ってきたからか、これが出たことはなかったという一般食材はないといっても過言ではないと思う。

 ただよくよく見てみれば、沙月姉ちゃんの盛り付けだけ少し違ったりと、そんな感じなのだ。

 そのため梅干しが嫌いだったり、ハイボールのレモンは許せてもレモネードはダメだったりと色々だ。


「じゃあこれくらいでいいかな」

「多すぎだろ」

「いいじゃん。 買ってくるね」

「いや、俺出すよ」

 籠の中を見れば、めいいっぱいに詰め込まれたお菓子の数々。ポテトチップスから始まり、せんべいからチョコレートにポッキーまでと、そのバリエーションは豊富だが会計もとんでもないことになるだろう。

 流石に家に出される菓子を全部佐奈に出されるのは気が引けてしまう。


「いいからいいから。 遊太も家来るとき買ってくじゃん」

「まぁ」

「だから」

「そうはいっても、多いだろ」

「んー、じゃあ残ったら今度行くときに食べるから」

「じゃ、いってきます!」

 さりげなく、次来る約束をされた気もするがそれを撤回させるような時間も問いただす時間もなく、ひょいっと俺の隣を抜けてレジに籠を置く佐奈。店員が驚いたような顔をしているがそれでもすぐに会計を始めるあたりそこまで珍しいことではないのだろう。俺からしたら驚愕のお菓子の量だが。

 会計が長引くとは思えないが、この待ち時間にただ待つわけにもいかない。

 たとえいつ食べるのであれ、あんなに買わせてしまって俺が手ぶらというのも情けない。

 スイーツコーナーを物色すれば新商品の文字が目に入り、考えるのもめんどくさいのでそれを籠へ。

「お願いします」

「はい!」

 新作のシュークリーム、これなら変な酸味もなけれな甘すぎもなんてこともなくて、たぶんみんな食べれる。

 いまだ会計の続いている佐奈から視線を向けられるが、知らんぷりして財布を開け会計を済ませて足早に店の外へ、

「ありがとうございましたー」

「ちょっと遊太。 いいのに」

「まぁ、昼のお礼だ」

 見た目の派手な感じに比べて、まじめなことを言われるが正直そんなに気にしなくてもいいのに。

「とりあえず行こうぜ。 暑いし」

「そーだね、いこっか」

 ただあきらめはいいようで、俺の言葉に付き従う佐奈からレジ袋を一つ預かって家へと向かう。

 7月もまだ始まったばかりだっていうのに、この肌を焼くようなまとわりつくような暑さ。


――9月まで生き残れるかな。


「そー言えば既読付いた?」

 その言葉にポケットのスマホを取り出してみるが、


「あー…まだだな」

「そっか」

「まぁ、大丈夫だろ」

 学校を出るときに送った『佐奈と今日うちで勉強します』の文には既読のマークはついていない。

 おそらく昨日のダメージがまだ残って寝てるのだろうが、佐奈とは仲いいみたいだし、家も汚くはないから大丈夫だろう。

 既読が付かないことに不安はあるが、大丈夫だろう。

 今更駄目だといわれても引き返せないし、何より暑さから少しでも早く逃げたいからこそ、少しだけ足取りを速めて家路を急いだ。


「ただいまぁ」

「おじゃましまーす」


 じっとりと汗の張り付いたワイシャツにそろそろ限界が来た中でようやくついた我が家。

 意外にも玄関には鍵がかかっていたからお出かけでもしてるのかと思ったが、玄関の靴を見るに朝俺が鍵をしてそのままだったのだろう。

 こりゃ完全に寝てんかな。


「佐奈。 多分寝てるわ」

「あ、じゃああんま騒いじゃ駄目だね」

「まあ様子見て起こしてもいいとは思うけどな。 沙月姉ちゃんは佐奈の事大好きだし」

「まじで? 嬉しい」

「とりあえず一旦俺の部屋行くか」

「うん」

 予定ではリビングでやる予定だったが、明日が追試だと思えば俺の部屋で真剣に残りの時間を勉強に費やすのも悪くはないだろう。


「じゃあ上行こうぜ」

「あ、まって。 おじゃまします」


 佐奈が靴をそろえてからちょこちょこついてくるが、本当にまじめだよな。

 昔の居酒屋の名残で、一階部分は客間であったり物置代わりの部屋や沙月姉ちゃんのウォークインクローゼットと化した部屋とダイニングキッチンとなっており、一番使う生活空間は二階なのだ。リフォームの時うまく話を通したらしく、店だったころの名残が少し残ったダイニングで飯は食べることが多いが二階にもキッチンがあったりするので居住空間は二階といえるだろう。


「まぁそんな汚くねぇよ思うから」

「気にしないよ」

 そんな会話をしながら階段を上ってすぐの部屋、俺の部屋の引き戸を引いた。


「えっと、沙月さん?」

「.........」

「寝てるし」


——いやどういう?


 開けた瞬間目に入ったのは、間違いなく俺の部屋の中で、俺のベットの上で眠っている沙月姉ちゃんの姿。

 キャミソールにショートパンツなんていうラフな格好を見るに一度目が覚めたのか、なんて冷静に考察してみるが内心穏やかではいられない。


――自分の部屋で自分の好きな人が自分のベットで眠っているのだから。


 それもなかなかに露出の強い恰好で。

 しかも昔馴染みの女の子にその現場を見られている。

 部屋の真ん中のローテーブルに置かれた洗濯物。

 おそらく洗濯物を持ってきてちょっと疲れて横になったら一発でといったところか。


——いやどうすんだよ。

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