第23話 エピローグ

—エピローグ 


 突然だが今私は近所の駅の改札口で人を待っている。


 今日が金曜日で平日だというのに、午前中の改札口は言葉通りひとがごった返している。

 

 そしてごった返している人の一人ひとりが、見事に改札を出たり入ったりする際に私を一瞥して、視線を外していく。


――外すくらいなら、ハナから見んなよ。


 内心であらぶって見せてもそれを行動に移すことは今はできない。

 いや、人目がなくてもやっちゃダメなんだけど賢くない私としても我慢には限界というものがある。


――ただ


 おそらく目立っている要因であろうそれを触れれば思い出すのはあの一言。


「......かっこいいか」

 現れない待ち人の言ってくれた言葉を思い出してポケットの携帯に手を添える。


『さっき妻と飛び出していったからあと少し待ってください』

『了解です』

「ふふん」

 我ながら単純だとは思う。

 送られてきたメール一個で気分を取り戻すのだから。

 だがそれも仕方ないだろう。


――遊太。


 私を唯一、褒めてくれて笑顔を一番向けてくれる男の子。

 馬鹿みたいにその子を気に入って、仕事も入っていなくても通い詰めているのはたぶんよくはないことだろうけど、それは許してほしい。


「沙月ちゃん!!」

「遊太!」

 遠くから、お母さんを振り切って走り込んでくる遊太の姿が見えた。

 周りの大人も驚いたようにみちを開けて、さながらレッドカーペットみたいになってるけどそんなことは関係ない。


「よし! ぎゅー」

「ちょ、くるし」

「あ、もう恥ずかしがんないで」

「んうや」

 遊太の恥ずかしそうな言葉になんとも周りも見渡せば、こちらをじっと見てくる大人たち。


――うざ


 といってもそんな行動をとればこちらを笑ってみているお母さんに迷惑をかけてしまう。

 だからここはおとなしく遊太を放して、膝を落とす。


「よし! きょうは映画いこう!」

「映画!?」

「そう、映画だよ!」

 嬉しそうに聞き返してくる遊太に応えてみれば、本当に嬉しそうに頭を振り、それを見てお母さんは困ったような顔をしているが私もうれしいから気にしなくていいのに。


「じゃ、遊太はまかせてください」

「沙月ちゃんいいの?」

「はい!」

 お母さんからの了承を得て、私は遊太の手を引き改札を潜り抜けた。


「沙月ちゃん、どこまでいくの?」

「んー。 町の方だよ」

「へー」

 遊太は素直ですごくいい子だ。

 というよりかはお出かけがご両親の関係であまりできていないからか、外に連れて行ってあげればそれだけで嬉しそうで、私に頼ってくれてそれがまたうれしかった。


 年齢差を使って大人っぽいことをして見せているだけの高校生に過ぎないのかもしれないが、それでもお姉ちゃんと頼ってくる遊太がかわいくて、ついつい連れ出してしまう。


「すげー」

「ふふ」

「すごいよ沙月ちゃん!」

「そうだね遊太」

 映画館に着く前に、駅で降りたところで遊太は嬉しそうにあたりを見渡してた。

 それこそ映画館は本当に駅からすぐのところにあるはずなのに、目的地に着くまでに倍以上の時間がかかるほどに。


「遊太、ポップコーンは何味がいい?」

「えっとね、沙月ちゃんに任せる!」

「お、そんなんでいいのか?」

「ん?」

 自信をもってまかせっきりにしてくるこの子がかわいくて、ついついいたずらをしたくなってしまうが、流石にポップコーンでいたずらはできない。


「遊太、飲み物は?」

「えっとね、オレンジジュース」

「はいよ:

 流石にこれもいたずらができないとなればどうしたものか。

 いやほんとうはいたずらなんてしないことが一番なのだろうが、やっぱりいたずらをしたくなってしまうのだ。


――かわいいから


「沙月ちゃん?」

「あ、ごめんごめん」

 目の前で不思議そうに首をかしげる遊太に、流石にいたずら心も形を潜めてしまった。


「チケット拝見します」

「はい。 ほら遊太も」

「あ、うん」

「ふふ、ご兄弟ですか?」

「え?」

 普段はどこへいってもスタッフや店員さんは必要以上のことばを私に投げかけたりなんてしてこないけど、今回はどうやら遊太がいるから違ったようで、


「えっと、沙月ちゃんは…」

「はい、そうなんですよ」

 いい淀む遊太をしり目にそういってやれば、遊太はすこし驚いた顔をするが受付のお姉さんは意外にも笑顔で、


「ですよね。 そっくりですもん」

 そんなことを言ってくる。

 一体どこがそっくりなのか聞きたい気持ちもあるが、後ろが使えてしまうためにそんなことを聞けるはずもない。

 ただ、そんなときだった。


「まだ弟さん小さいみたいですから、お膝にのせても大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」


――それだ!


 良かれと思って言われたその言葉に、思わずいたずら心が刺激された。


「えっと、これ持ってかなくていいの?」

「あ、一応もっていこうか。 一応ね」

 シアタールームに入るところにある、お子様シート。

 どうやら経験があったのかそういってくる遊太に応えた、一応シートを片手に持って座席へ。

 チケットに書かれているのは端っこの方のカップルシート改めファミリーシート。

 隣に誰か座ってくるのは別にいいが、それを回避することができるなら回避はしたい。

 そんな考えで取った席だったが、遊太的には見づらいようでついて早々にお子様シートを用意するが、


「遊太」

「なに?」

「こっち来て」

 そういって遊太を私の席の前まで呼び、


「おりゃ」

「わ、わぁあ」

 膝の上に座らせた。


「ちょ! 沙月ちゃん!」

「あ、遊太。 大きな声出しちゃいけないんだぞ」

「あ、うう」

「ふふ、今日はここで見なよ。 見やすいでしょ」

「見やすいけど恥ずかしい」

 そういって、どうにか離れようとする遊太をぎゅっと抱きしめてあげれば、その抵抗は虚しく拘束が解かれることはない。


「みづらい?」

「いや、見やすい」

「素直だねぇ」

「うう」

 本当に素直な子だからか、思わずという風に答えてしまってうつむくのがわかったが、それが聞けて一安心。

 ここで見えないなんて言われてしまえば、ただのいじめっ子になってしまう。


「ほら、オレンジジュースあげるから」

「…ありがと」

「かわいいなぁ」

 渡したジュースの入った紙コップをしっかり握りしめたのを、まだ薄明るい明り越しにみて、自分の飲み物に手を付ける。


「ほら、ポップコーンはここね」

「うん」

 どうやら一気に気分はよくなったようで、ポップコーンを片手にまだ上映の始まらないスクリーンをじっと見る遊太を後ろから眺めて上映を待った。


「あ、」

「ふふ、始まるね」

「うん」

 一気に暗くなった照明の、これからの展開がわかった遊太が嬉しそうに声を上げるのをきき、私もスクリーンに視線を向ける。


「トイレ大丈夫?」

「うん」

「よし」

 一応映画ではテンプレな、そんな質問をしてあげれば大丈夫そうにいう遊太。

 いちおうさっきトイレには連れて行ったから本当に大丈夫だろう。

 目の前のスクリーンに夢中になっている遊太をぎゅっと抱きしめて、私もスクリーンに視線を完全に移した。



「……ちゃん」

 なにか声が聞こえる。


「…つきちゃん」


――つきちゃん?


 そんな声が聞こえたが何となく、

 いや、ほぼ完ぺきに誰のことを呼んでいるかがわかる。

 そして呼んでくれている子がだれなのかも。


「沙月ちゃん」

「,,,遊太ぁ」

「ちょ、くるし」

「あ、ごめんごめん」

 ついつい抱き寄せれば、もともと抱きしめていたようで苦しくしてしまったようだ。

 ぼやっとする目を開ければ、かなり明るい室内。

 間違いなく映画の上映は終わってしまったのだろう。

 まぁそんなことは関係なくて、


「沙月ちゃん? 起きた?」

 膝の上に抱えていたからか、普段は絶対視線の合うことのない私と視線の合った遊太の姿。


「おっきくなった?」

「なにいってんの?」

「なんだろねぇ」

 わかってはいるが言ってみたくなったのだから許してほしい。


「映画楽しかった?」

「うん! 沙月ちゃんは?」

「え? ああ、ガンダムとエヴァが大げんかして、最後は青狸ロボットが飛んできたんでしょ?」

「えっと、そうだね」

「まじか?」

 ふざけていってみたが、それが本当ならかなりみたかった。

 それはもう見直すレベルで。


「えっと、本当に?」

「えっと…嘘」

「えぇ――」

 ニパッと笑ってそんな可愛い嘘をいってくる遊太のほっぺを思わずつまんでしまう。


――やわらかい


「いふぁい」

「うりうり、うそつきはだめだぞぉ」

「ごふぇんなふぁい」

「ふふん」

 こんな風にふざければ、大抵みんな私を腫れもの扱いするがこの子は本当に私のことをただのお姉さんだと思ってくれているのだ。

 それがとてもうれしくて、


「沙月ちゃん」

「うーんしばらく抱っこ」

 足がしびれてしょうがないから、とりあえずは抱っこすることにした。


 そのあとは見事にスタッフの人に早く出ていけと怒られてしまい、二人で急いでシアタールームの外へ。


「懐かしいなぁ」

 ぼやけた記憶を思い出しながら、瞼を開ければその時見ていたのは違う天井。


「かわいかったなぁ」

 別段今がかわいくないわけではないけど、だいぶ男の子にから男子に変わってきたからかわいいなんて言えば怒られてしまうかもしれない。

 もうさっきまで見ていた夢は、朧げになってしまい感傷に浸ろうにも浸りきれない、そんな感じ。


「遊太。 覚えてるかな」

 私は自慢でも慢心でもなく、遊太にあの日言われた言葉をあれから言われてきた嬉しい言葉を全部覚えている自信がある。

 誰もが、月島沙月という一人の人物としてなんて見てくれなくて家庭のことを含めてみてきたり、それがむかついて髪を染めれば、今度はもっとひどくて見た目しか知らないくせに、

『尻軽』『ヤンキー』『ビッチ』

 なんていう言葉を並べてきた。


 そんな中で遊太だけは私に言ってくれたのだ。

 嬉しそうに、私をみて

「かっこいい」

 そういってくれた。


 だから私は、

「かっこよくなくちゃね!」


 遊太にはかっこいいところを見せないといけないのだ。


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