第22話
居酒屋を出て少し、決して馬鹿酔いどころか、マジ酔いもしない程度の飲酒量だったとは思うが、
『おんぶ!』
そういった沙月姉ちゃんの言葉を俺が断れるわけはなかった。
ただ居酒屋の鎮座していた駅前付近からおんぶするのは、俺はよくても社会的な見た目で憚られたので、少しして路地に入ってからおんぶをする形になった。
それこそもう見知った顔しか歩かないような道になれば、知っている人たちは今日もお迎えかとからかってくる、そんな具合。
「お、沙月じゃない!」
「あ、ひなちゃん!」
「遊太もお疲れ」
「うす」
ちょうど、沙月姉ちゃんの職場の隣を通りかかったときに掛けられた声に反応すれば、そこには沙月姉ちゃんの同僚の日奈さんがいた。
「遊太、重くないの?」
「大丈夫です」
なかなかに凄い会話の切り出しをしてくるが、日奈さんはこういう人なのだ。
特に着飾ったような言葉遣いをするのではなくサバサバとしたような会話で、そんなところが人気があるといったのは確かママさんだ。
運動会や音楽会の時に一角が飲み屋のような盛り上がりを見せていた小学校の頃や、やけに美人なお姉さんたちが集まるといったうわさの流れた中学校の運動会も懐かしい。
「ひど! ひなちゃんひどい!」
「はいはい」
「にしても遊太。 頑張ったじゃん?」
「はい?」
したり顔でそういってくる日奈さんは短く切り揃えられたボブカットをいじりながらそんなことを言ってくる。
正直、日奈さんに何かを言われるようなことはなかったはずだが。
そうおもって日奈さんをみれば、にやりと笑って口を開いた。
「指輪! 沙月が自慢しまくってたよ。 遊太からもらったぁって」
「ちょ! それは言わないで」
ここにきて知らなかった衝撃の事実に思わず、足を支える手に力が入った。
というか、今それを言うのはずるいと思う。
「それに、遊太とどこ行けばいいかとかめっちゃ聞いてくるし」
「マジすか?」
「まじまじ。 こいつ昼間暇だからって鬼電してくるし」
「なんかすみません」
「いえいえ」
幸せな気持ちをしっかり感じながらも頭を軽く下げればそれにこたえるように頭を下げられる。
背中に女性を背負って女性に頭を下げる高校生というだいぶ怪しい図が生まれているわけだが、そこにはノータッチ。
「ひなちゃんの馬鹿!」
「あーごめんごめん」
「ふん、遊太いこ」
「はいよ」
「沙月ごめんって。 遊太も今度1人できなよ。 席ついてあげる」
「ゆるしません!」
背中でご機嫌斜めになっている沙月姉ちゃんを抱えてまた足を進める。
不思議と、さっきよりも元気になった足どりでスイスイと前に進むのはきっと日奈さんのおかげだろう。
ただ、恥ずかしかったのか拗ねてるのか、途端に黙り込んでしまった沙月姉ちゃんに意識を向け、
「明日、朝一でいこう」
そういえば、ぎゅっと抱きしめてきた。
「ふぅ」
時刻は深夜一時。
完全に沙月姉ちゃんが寝静まっておるであろうそんな時間帯に、俺は一人生活域ではない一階のダイニングにいた。
理由は一人になりたかったから。
それと同時に、
「父さん、母さん。 俺はあってたかな」
答えが返ってこない質問をしてみたくなったからだ。
別に家に仏壇はない。それこそ位牌だっておいていない。
それは父方の祖父母の家と母方の祖父母の家にそれぞれ行ってもらっているからだ。
小三の俺と20になりたてだった沙月姉ちゃんの元に置くということに難色を示したのがうちの母方の方で、俺の意見を聞いてくれたのが父方の方だった。
ただ実際、通夜も葬式もまかせっきりだったのだからということですべておじいちゃんとおばあちゃんの家にいってもらったのだ。
子供の意地だったのだ。
沙月姉ちゃんと一緒にいるという意思表示がしたくて、気に入らなかったのか父方のおじいちゃんおばあちゃんを除いて親戚中から白い目で見られた沙月姉ちゃんにつらい思いをさせたくなくて、そういった場面には出なかった。
だから結局俺に残されたのは写真と、沙月姉ちゃんが一生懸命残してくれたカウンター席の一部分だ。
ただ、俺にとってはこれが仏壇以上の価値を持っている。
だから口に出すのだ。
「なぁ、俺は沙月姉ちゃんに何を返せばいいんだろう」
頭の中では、幸せにする。
自分の力でして見せる。
なんていう聞こえのいい言葉が浮いてくるが、まだ高校二年の俺になにができるだろう。
本当は高校に行く気なんてなかった。
中学を出てすぐにでも働いて、それで少しでも沙月姉ちゃんに恩返しをしようとおもったのだが、相談していたはずの教師がいつの間にか口を滑らせていたらしく沙月姉ちゃんにばれてしまい、泣きながら高校に行けと念を押された。
結局は、俺は沙月姉ちゃんにとっては子供のままなのだ。
そして、帰り際に言われた一言。
『こんなに服買っても、着る機会ないや』
俺の思うような意味で言ったのではないかもしれないが、俺の心を締め付けるには十分だった。
自分でもダサいとはおもう。
言葉の少しのマイナス面も全部自分だと思い込んで勝手にへこむのだから。
『じゃあ、また出かけよう』
勇気をもって出したその言葉に嬉しそうに背中で沙月姉ちゃんは、
『うん! もっと行こうね』
そう返してくれた。
これで納得すればいいし、普通はそうするのが当たり前のはずなのに、
「俺最低だ」
それが社交辞令やただただ俺を慰めるための言葉なんじゃないかと邪推する俺は限りなくダサくて情けない男。
「どうすればいいのかな」
部屋からもってきた家族写真に声をかけたって、それを誰かが答えてくれるなんていうドラマみたいな展開はない。
突如現れた幽霊や、両親の思念体のようなものが俺に語り掛けてくれるなんて言う展開も本当にないのだ。
現実というのは極限までリアルで、一度死んだ人は死んだままで何も答えてくれないし、一度した選択はセーブポイントがあるわけでも、タイムマシンでもう一度アタックできるなんて言う奇跡もなくて、起きてしまったことは変わらない。
そうなってしまえば俺が取れる行動はひとつだ。
「うし! うし!」
一回では足りないから何回も頬を叩いて気合を入れる。
明日、というか今日だがこんな気持ちのままディズニーを迎えればきっと心配されて、せっかくの沙月姉ちゃんの楽しみを壊してしまう。
だからなんどだって気合を入れる。
「明日は、いいとこ見せる」
口に出してようやく体に喝が入ってきたのがわかった。
だから俺は、
「いいプレゼント探すか」
とりあえずネットの情報を漁ることにした。
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