第21話
そして今、
「遊太―!! 次は遊太の服いこ!」
「え、俺はいいって」
「いいから。 たまには見てあげる」
嬉しそうに、楽しそうに、俺の言葉は一切無視で沙月姉ちゃんに腕を引かれ一階のアパレルショップから二階のメンズ服のショップへ。
見てあげる、といわれても実際俺としては困ってしまう。
それは別に沙月姉ちゃんに服を選ぶセンスがないとかそういうわけではない。それこそセンス云々を言うのであれば、間違いなくおしゃれな方だろう。
ただ言ってしまえば、おしゃれすぎるのだ。それこそ、たまにどっかから買ってくる服がやたらおしゃれすぎたりとか、中学の時に友達と遊びに行くといえば、めちゃくちゃに大人っぽいコーディネートをされたりとかそういった感じで。
多分それは、俺が中学くらいから仕事の関係もあって一緒に買い物なんていけないからこそ、自分で服を選んできたからそこにギャップを感じるのかもしれないが。
「いや、服ならあるし」
「明日のディズニーの服!」
「あーーー」
どうにかやんわりと拒否を試みても、そんなことが一切まかり通ることはなく。
「あたしの服は遊太がさっき選んでくれたから、今度は選んであげる」
「ほら行こ!」
そんなことを嬉しそうに笑顔いっぱいの顏で言われてしまえば、俺にどれだけの拒否権があるというのか。
「じゃあ、頼む」
「うん!」
自分の選んだ服を着るといってくれたその事実と、無邪気に笑ってくれるその顔の前では、俺は圧倒的に弱いのだ。
「よし! 遊太これとかどう?」
「高すぎ」
「えぇ。 気にしなくていいのに」
「いや、普通に高校生の着る値段じゃねぇから」
問題としては、職業柄なのか元々のおしゃれ気質からなのか服装への出費をいとわない沙月姉ちゃんにどれだけ高校生らしい金額で納めさせてもらえるかだけだろう。
「じゃあ、この辺は?」
「いや、こっちでいいでしょ」
「うーん。 一日目はそれでいいけど、二日目はどうするの?」
ハンガーラックに掛けられた、無難そうな薄手の白いシャツをとればどうにか納得は言ってもらえるが、どうやらあと数日分は選ばなくてはいけないらしく、ここから長い長い戦いが始まったのは言うまでもない。
ただ、
「あ、これいい! これもいいよ!」
終始笑顔で服を選ばれれば疲れなんて一切覚えなかった。
ショッピングを開始したころはまだまだ明るかった空も、完全に夜の装いになりそれを街灯や店の明かりがごまかしている、そんな頃合い。
まだまだあたりは人がごった返しているが、服装を見るに社会人多めの印象を受ける。少なくとも同年代がわらわらと歩いている姿を見ないのは、時間や場所の制約の都合上だろう。
少なくとも俺の視界はこの数十分間、同年代を捉えた形跡はない。
というよりかは、
「うーん。 遊太! これおいしいよ!」
「そうだね」
目の前で、煮魚に舌鼓を打つこの女性のほかには給仕の人を二名ほどしか見ていない。
間違いなく高いであろう個室居酒屋。この場合は割烹とか料亭とかのそれが当てはまるのかもしれないが、おおよそ場違いな店に俺はいた。
沙月姉ちゃんに引かれるままにお店に入るとき、いや手前で気付いた。高い店だと。
よく隠れ家的とか、秘密のとかそういう表現はされるものだが、場所がひっそりとしていてもお店の門構えでなんとなく料金帯というのはわかってしまうわけで断ろうとすれば、一昨日のリベンジといわれてしまいそれ以上は言えなかった。
ただこういったある程度の格式のある店だからこそ、給仕の人も世間話は軽くして来ても下世話なこちらの関係性などは聞いてこないから助かる。
わきに置いてある幾つかの紙袋には沙月姉ちゃんの服に申し訳程度に俺の服。
あの後、俺が着せ替え人形になりそうだったので沙月姉ちゃんにメンズものでも勧めれば意外にも、お気に召した様子で数点購入していき紙袋は増えていった。
「明日に残すなよ」
「わかってるよ」
「ならいいけど」
「ん、あと一杯ね!」
あと一杯。
すでにハイボールを一杯飲み終えているので、合計二杯になるのだが大丈夫だろうか。
まぁそうはいっても、普段の姿やこの前の酒豪っぷりを見てる俺としてはこれが少ないことはわかる。
「ふふ、明日はパレードみて、アトラクションいっぱい乗ろうね」
「ん」
「あ、ホテルも! なんかすごいらしいよ! インスト映えだよ」
時たまクラスでも女子たちが、SNSで色めきだっているのは聞いたことがある。
佐奈だって、インストをやってインストグラマーだかを目指しているとか前言っていた気もしたから、たぶんイマドキ女子のトレンドなんだろう。
―—まぁわからんけど
それでもわからなくても、そんな最近聞くワードが沙月姉ちゃんの口から出ればしっかりと女子なのだと改めて思う。
女性でも、母親でも、お姉さんでもなく女子なのだと。
止めればいいのにそんな風に思考が進めばやはり俺の曖昧な部分が顔を出してくる。
―—もし、俺があの時お爺ちゃんを選んだら
もちろん口に出してそんなことをいうことしない。
それを言えば沙月姉ちゃんに対する冒とくに他ならないから。
でも思わないわけではない。
ネットの記事で見た一番楽しい時期。
多くの人が答えた20代。
それを子育てで奪ったのだから。
「遊太!」
「え?」
「はい! あーん」
「うぇ?」
「ん」
「んぐ?」
突如名前を呼ばれれば目の前に突き出された刺身。
それをなんとも言えない圧力に負けて口にすれば目の前には少し不満げの沙月姉ちゃんが。
「遊太? 楽しくない?」
「いや、そんなことはねぇけど」
「ならいいけどさ。 暗い顔になってたよ」
そんな言葉を最後に焼き魚をつつきだす姿を見ると流石だと思う。
どうせ俺が何を考えていたかなんて、この人にはわかっているんだろうから敵わない。
そしてそれを分かったうえでそんな風に接してくれるのだから。
「ほら、遊太! これ可愛くない!」
「何これ?」
「ちょ、新キャラ抑えてないのは女モテしないぞ!」
「なんだそりゃ」
モテない、そういわれた瞬間に明日の電車などの日程を確認していたスマホで最新の情報サイトに飛んべば、確かにそんなキャラがいる。
ラッフィーというファンシーな名前とその写真をすぐにスクショして情報を更新する。
名前もさることながらファンシーな顔つきのライオンだが、たぶんこういうのが女子人気が高めなのだろう。
獰猛なキャラがデフォルメされているとかそんなかんじで。
なにやら、他にも仲のいい動物枠で数体出ているが、たった一言でそこまで調べる俺は限りなく単純なのだろう。
「ねぇ、明日楽しみだね」
そう笑顔で言われれば、さっきまで沈んだ気持ちが浮かび上がるのだから、
――本当に単純だ。
「ゆーた! ゴーゴー!」
「あーもう、そんな暴れない」
「いいじゃん! 遊太も大きくなったねぇ」
背中に背負った沙月姉ちゃんがやけに上機嫌に声を上げれば、それに付き従って俺も歩みを進める。
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