第20話
「ねぇ! これとかよくない?」
「ああ、似合ってるよ」
「あ、じゃあこれは?」
「それも似合ってる」
「もう! 遊太さっきからそればっかじゃん!」
俺の返しがお気に召さないようで、両手に取った服を掲げてうがーと効果音が付きそうな、不満げな様子の沙月姉ちゃん。
おそらく沙月姉ちゃんの中では、俺が至極適当に返していると思われているのかもしれないが勘違いはしないでほしい。
ふわっとした白の大人しさと綺麗さのあるワンピースも、黒のタイトで大人の印象を強める半袖のシャツも、さっきまで悩んでいた流行りではないがえり抜きのシャツも、お気に召さないようだった黄色のノースリーブのサマーニットも、全部俺から見れば似合うのだ。
ただそれを面と向かってしっかりと言葉にできないのは、俺が限りもないチキンで、服というよりかは服をみて喜んでいる沙月姉ちゃんばかりを見ているからだろう。
「…くそかわいい」
「ん? なんか言った遊太?」
「いや。 まぁ俺的には白の方がいいかと」
つい口から出てしまった言葉を拾われたのかと驚き、気づけばおかしなことを口走ってしまった。
いや実際はおかしなことではないのだが、ここまで渋っていたくせにだいぶ性癖を込めていってしまった。
「えっと、その...」
目の前で驚いたような顔をする彼女にどうにか続けて言い訳をしようとすれば、何も言わずに黒のシャツをハンガーラックにかけてワンピースを凝視。
「あー、なるほど。 遊太は清楚系が好きと」
——埋まりたい
やけにニヨニヨと崩した顔でこちらを見られれば、あるはずもないのに逃げ場を探してしまう。
しかし、ここは完全なレディースショップで俺に退路など用意されているわけがない。
完全に逃げ場を失った俺なのだが、目の前の沙月姉ちゃんの顏にはからかいの色はあるが、喜びの色が見える。さっきまでの優柔不断なような答えのときとは違いちゃんとした意見が出たからか満足したような顔でレジに向かっていった。
白のワンピースをもって。
——好きだ
自分が選んだものを喜々としてレジに持って行っている姿、右手の薬指を飾る指輪。そして、きらりと首筋で輝くネックレスのチェーン。
その輝きは、今は見えないが確かに俺の首にもあって、
——好きだ
こんな気持ちを加速させていく。
複合施設一階のアパレルショップで俺はただただ沙月姉ちゃんへの恋幕を募らせるのであった。
ただ冷静に考えれば、今はかなりのアピールポイントだったわけで、財布に金が山ほどあるわけでもないが途中で下ろしてあるわけで、買ってあげればよかった。
そんなことを、レジで会計をしている沙月姉ちゃんの後ろ姿に気づいたのであった
「一輝ざまぁ」
「ちょ、遊太それは言い過ぎだから...ふふ」
「佐奈だって笑ってんだろ...ん、ふふ」
「そりゃ、そうでしょ」
俺の言葉に佐奈も一応の注意はしてくるが、その顔にはしっかりとした笑みが取って見える。それもそうだろう。完全に油断して最後の最後で焦った挙句に玉砕したのだから。
「でも何してたんだろうね?」
「さぁな」
靴を履き替えながらという片手間で応えるが、実際にはわからない。
「ちょっとかわいそうだったけどね」
「まぁ、わかるけど。 あれは一輝が悪い」
「まぁ、そりゃそう」
どんな理由があれども完全に舐めプをかまして一点足りないで課題をいただいた姿はまさに反面教師と呼べるだろう。
まさかファミレスでの勉強会以降、一回も自習をしないとは思わなかった。
本人曰く、気になることや忙しいこととかが重なって、全くといっていいほどに手が付かなかったというがあまりにも憐れでしかない。
『小松原さま!』
佐奈がいまだ感涙に震えている中、そういって飛び出していった一輝がどうなったかはしらない。
全力で媚を売りに行くといってはいたが、それがどれほど効果をもってどれほどの意味があるのかはわからないが、少なくとも佐奈の頑張りに応えてくれた一面もあるわけだから、もしかしたらもしかするかもしれないが。
——まぁ、あいつのことは忘れよう
今これ以上一輝の話題を出したところで、物語が好転するわけもないのだ。
それこそ、いない人のことをあんまり色々言ったところでいいことはない。
予定もあることだし。
「で、遊太今日暇?」
「ん?」
心の中で散っていった戦友に哀悼の意を表し、これからの予定に胸を馳せていところで佐奈から掛けられた言葉に、よくわからないが返事をする。
「えっとどした?」
哀悼の意が消え去った頭で、しっかりと佐奈に向き直って声をかけ返せばちょうどスニーカーを履き終えたところでこちらを見ている。
この学校のいいところともいえる靴が自由なこと。
昔は、というか一年の頃は『ギャルはローファーっしょ!』とか言って指定でもないのにローファーを愛用していたが、それもいつの間にか終わっておりスニーカーに変わっているのを見るに機動性を重視しているのだろう。
――アソックスだし
「打ち上げでもする?」
「あ…」
「うちでもいいし、どっか行ってもいいけど? お母さんが遊太うちよぶなら沙月さんもって」
「えっと…」
この後、沙月姉ちゃんとショッピングとはなんとも断りには使いづらくて目の前で小首をかしげている佐奈にどうしたものかと言葉を考えあぐねているとき、
「遊太!」
聞きなれたそんな声が聞こえた。
「え?」
ただ絶対高校では聞かないはずの声に、意識が追い付かない中で、
「あ、沙月さんだ」
佐奈が反応を示したから、勘違いでも幻聴でもないのだろう。
向き直って校門の方に視線を送る佐奈につられて一緒に校門を見れば、夏だからか麦わら帽子をかぶって、どこぞのモデルのような夏のファッションに身を包んだ沙月姉ちゃんがこちらに向かって、大きく手を振っていた。
まだ、完全下校でもなく下駄箱にはいまだ帰りを嫌がるギャル集団や、屯っている男たちに、校内を走り込んでいる部活人などがあふれかえっているわけで、そんな中に沙月姉ちゃんが現れれば嫌がおうにも視線というのは集める。
急いで駆け寄っていけば、満面の笑みを返されるが今はそうではないだろう。
「どうしたの?」
「えへへ、きちゃった」
「そっか」
「おす、沙月さん」
「お、佐奈ちゃんおす。 追試どうだった?」
俺に続くように飛んできて佐奈にもそう声を掛ければ、さっきのように佐奈も笑顔を見せわけで、
「無事、進級できそうです!」
「おお、よかったねぇ」
やっぱり留年案件だったようだ。
昨日久しぶりにしっかり二人で話していたからか、だいぶ口調が砕けた二人が話をしていくのを見守っていけば佐奈が、俺と沙月姉ちゃんを交互に見始めた。
多分、喜びの前の疑問を思い出したのだろう。
「沙月さん。 今日どうしたんですか?」
「うーんとね、せっかくのお休みだし今日は遊太とお買い物行こうかとおもってお迎え」
「なるほど」
「いや、俺制服だけど」
沙月姉ちゃんの職業を偏見などはなく理解している佐奈だからこそ、その理由に特に異論などを唱えることなく納得したようだが俺は制服なのだ。
流石に制服でショッピングでは閉まらないだろう。
そう思って言えばわかってるといわんばかりに頷いて見せる。
「だから、一緒にお家まで帰ろ。 佐奈ちゃんも」
「え?」
「あ、楽しそう。 いいんですか?」
「もちろん。 たまにはいいでしょ遊太」
俺の返事を待たずに佐奈を引き連れて歩いていく沙月姉ちゃんに俺は、ただただ付き従うしかなかった。
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