第10話

「じゃあ、ここでまってて、捨ててくるわ」

「了解」

「あ、あと好きなの買っとけ。 俺はお茶で」

 この時間帯、部活勢が一気に自販に突撃してくることもあるので、佐奈に財布を渡してゴミ捨て場へ向かう。


「うし、何組だ」

「2—4です」

「うん、変なのはねぇな。 よし」

「お願いしまーす」

 係りの先生に渡せば、混ざりもの検査を軽く受けて受領される。

 というのも、たまに試験終わりにプリントだとかノートだとか、教科書だとか捨てるやつや、週刊誌を捨てるやつがいたりと教室ゴミが産廃と化しているかららしい。

 他のクラスは大変らしいが、幸いウチのクラスはそこそこ守ってくれるので助かるんだが、


「どうした」

「あ、おかえり」

 佐奈の元へ戻れば、自販に群がる部活人の軍勢を眺めていた。


「なんか、凄い混んでて」

「なるほどな」

「お疲れ様」

「おう」

 労いの言葉を受けて自販を見れば、群がっているのは男バスや野球部の面々。

 多分波が来たんだろう。


「えっと、ごめんね」

「気にすんな。 落ち着いたら行こ」

 よく誤解されるが、佐奈は別段男の先輩とつるんだり、ワイワイ騒ぎまくったり、だれかれかまずガンガン行ったり、女の強い先輩と関わっているわけではない。

 

 単純にこういうファッションが好きで、はっちゃけるときにはっちゃけて、好きなことを好きにやってみたいような、そんな女子なのだ。

 だから男子の海に単身でがつがつ飛び込んで、自販機戦争に勝つなんていうことはないし、俺もそれは期待してない。 どこか勘違いされやすいこの昔馴染みが、クラスになじんでギャルっぽいタイプから大人しめの友達までをつくれているだけ上々だろう。


「よし、行くぞ」

 目の前で部活人の海が徐々にはけていったのを確認して佐奈に声を掛ければ、ほっとしたような顔ついてくる。

 まあ佐奈でなくても、だれであれあれだけの男の集まりは怖いだろう。俺だって少しこわかったし。


「なにがいい?」

「別に奢んなくても」

「いいから」

「じゃあ、ミルクティー」

 渋って見せるも、俺が一向に聞く気がない感を醸し出せば、大人しくオーダーを出してくる。昨日のファミレスといいミルクティーがお気に入りなんだろう。


「ほら」

「ありがと」

「はいよ」

 後場の紅茶シリーズのそれを佐奈にわたして、俺も後場の紅茶シリーズの無糖を買う。


「よし、行くぞ」

 隣に佐奈が来るのを確認して、ここからは反対側の図書館へ向かった。




「遊太ありがとね」

「おお」

目の前で礼儀正しく、軽く頭を下げる佐奈に軽く返せば今日の勉強会は終わりをつげた。

 あの後は本当に予定通り図書館での試験勉強。流石に後がないことや日数的余裕もないことが佐奈を後押ししていたからか、特に脱線することもなくスムーズに勉強は進んでいった。おそらく、昨日俺が帰った後に自習をしたのか、その成果も垣間見た。

 そして一つ奇跡というか、凄く大きなチャンスがあった。

 たまたま図書館であった宿敵、小松原にアドバイスももらったのだ。


『関口さん月島君。 ちゃんと勉強してるんだね』

『関口さん! 多分、おそらく、ほぼ、追試問題はテストからはこの辺と、教科書はこの辺が範囲として固いと思うよ』

 もはや答えではないかというような素晴らしいアドバイス。

すごくいい人だということはわかったのだが、


「なんで今なんだぁ」

「お、月島君どうしたん?」

「あ、おつかれです」

 バイト先の店の前までゆっくり愚痴をこぼしながら歩いていけば、今まさに入ろうとしていた先輩バイターの姿があった。

 漆野渚うるしのなぎささん 

確か女子大生で垢ぬけた感じと、ちょっと弾けた感じはお店でも人気の女性なのだが、


「ああ、まぁちょっと」

「お、なになに」

「いや、大したことじゃないですから」

「えー、お姉さんに教えてよぉ」

 年下だから子供扱いされるのかやけに距離感が近い。

 嫌いじゃないし苦手って程でもないが困るのだ。


「そんな大したことじゃないっす」

「ええ、じゃあなおさら」

 沙月姉ちゃんの影響か、年上女性には扱いなれしているからか、軽く流すようにするも、それが楽しいのかやけにぐいぐいくるし。

 ここは逃げるべく店に入ってしまうに限る。

 こぢんまりとしたお店のドアを開ければ、入ってすぐのカウンターで仕事をしていた店長の奥さんに手を挙げられる。


「お、ゆうちゃんお疲れ」

「お疲れ様です」

「渚ちゃんも一緒だったんだね」

「はい、ちょうどあって」

 多分奥さんがいるということはそういうことなんだろう。カウンターから奥を覗けばそこには仕込みをしている店長の姿もあった。


「店長もおつかれさまです」

「おー、遊太。仕込み手伝ってくれ」

「はい」

 あいさつ代わりに店長にそう声を掛けられ、支度を始める。


「お、脱ぐのか!」

「やめてください」

 流石に制服のままやることはできないので、ロッカーにカバンをしまって代わりに制服を取り出せば、渚さんの煽る声が聞こえるが、本当に年上という感じだ。

 更衣室というわけではないが、屏風で軽く仕切られた奥の方へ座席で簡単に着替える。

 ここで覗かれでもしたら悲鳴ものなのだが、そこは渚さんも流石にするわけがなく、着替えのためかトイレに向かっていった。

 着替えが終われば、制服をまたロッカーにしまってタイムカードを打つ。

そして一度服装確認をして仕込みの準備に向かった。。

  

 仕込みといっても難しいことはしない。野菜はざく切りに。魚は切り身に。

 肉は小分けしてと、そんな単純作業だ。


「相変わらず手際いいな。流石あいつの息子だ」

「いや、そんなことないっすよ」

「いやいや、月島君は優秀だよ」

 隣でお皿とグラスの確認をしている渚さんにも言われるがなんとも不思議な気持ちだ。

 自分の一番見てきた居酒屋店員、両親は二人でもっと色々やってのけていた。沙月姉ちゃんだって五年ほど居酒屋でやっていたがもっと手際はよかったように思える。だから褒められるほどのことなのか、それともお世辞なのか本当にわからないのだ。


 そして、こんな風にワイワイ話しながら仕込みをしていれば、今いる状況が本当に不思議に思える。

 昔居酒屋の息子だった俺が、高校生になって居酒屋で働いているんだから。

 蛙の子は蛙とは言うが、継いだわけでもないのだから不思議だ。

 家から徒歩数分のこの店の店長には、小学校のころからよくしてもらった。

 それは沙月姉ちゃんも一緒で、いまいち家族というものや普通の過ごし方というものがわからなくなってきた俺たちのことを良くしてくれた。


 それこそ沙月姉ちゃんの変な噂が出たときだって矢面に立って否定してくれていた。

 そして、その縁は今になっても受け継がれている。高校に入学して、家の近くで都合のいいバイトを探していたときに、よければと誘ってもらって今に至る。

ただあの時、バイトの申請書を沙月姉ちゃんに見せたら変に気を使わせてしまったが別段そういうわけでもない。

 断じて親の背中を追ってるとか、なんて言う事実はない。

 仕込みが徐々に佳境に差し掛かってきたとき、こちらを店長が何か思い出したような顔で見てきた。

 そして、俺と目が合ったかと思えば、


「お、そういえば今日、沙月ちゃんが食べに来るってよ」

 そんなとんでも発言をしてきた。

 つい仕事に没頭していたが、今朝喧嘩というか一方的に怒らせてしまったのをいま思い出した。


 ただ来るななんて連絡を俺が遅れるわけもなく、

―あ、油じみ

 ただただ空を見上げた。

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