第9話

「遊太のばーか!」

 そういって投げられたスマホは見事に弧を描き俺のもとへ、


「いや、だから」

 どうにか言い訳を試みるが、キャッチしたスマホを見れば長期滞在おすすめスポットの特集。


「うん、俺が悪いけど」

 間違いなく俺が全面的に悪いことはわかっているのだ。


「…学校遅れるよ」

 まさに私、不貞腐れていますという表情なのだが言っていることも事実。

 時計を見ればまぁまぁ危ない時間。


「…行ってきます」

 本当は、しっかり謝ったりうまくごまかしてある程度機嫌を取り戻すのが凄く大事なのだがそれをする余裕はない。怒らせる前にもらった弁当を片手に後ろ髪を引かれる思いでリビングを飛び出すしかなかった。


「…いってらっしゃ」

 小さくだがつぶやくように言われた、ただの挨拶。

 そんな些細なことに少し安心して、浮足立つのだから俺は大概だろう。

 

「小松原マジで許さねぇ」

 チャイムの音とほぼ同時に扉を開ければ集まるクラスの視線。


「おうおう、いきなり教師の悪口で登場とは遊太も随分ヤンキーになっちまったな。でもどうしたよ?今日は遅刻ギリじゃん」

 目の前で、にやにやと笑ってくる一輝に限りなくいらつく。


「うるせぇ」

「遊太ぁ。どうしたん」

「お、追試ボーイ」

「あ、モーニング馬鹿」

 周りも散々ないいようだがあながち間違いでもないので強くは言えない。強くは言えないが、とりあえず遠山と石崎には二度とノートは貸さないとして、周りの視線は珍しい登校をかました俺に興味深々のようだ。

別に誰かが悪いんではなく100対0で俺が悪いんだ。

 そんなことはわかっているが八つ当たりせずにはいられなかった。


「追試がまさか木曜だったなんて。」

「あ、お前なんかやらかしたな」

「はい」

 呆れたような一輝の言葉に俺は力なく頷くことしかできなかった。


「で、お前何やらかしたんだよ?」

「あぁ」

 朝のうちにクラスのやつらには簡単な用事とブッキングしたといっておいてごまかしたが、真相を語るのはここ。

 毎度恒例のお昼休み、机合わせになった向かい側から一輝に問いかけられる。

 どうやら今日は、コンビニ飯ではなくお弁当らしく、箸をこちらに向けられながら俺も弁当を取り出すが思い出すのは朝のあの顔。


「母さんが一週間旅行行こうって」

「よかったじゃんか」

一輝が嬉しそうにそう言ってくれるが、そうではないのだ。


「それが明日からで、浮かれてオッケー出したら追試忘れてた。」

「あ、そうか」

「この馬鹿」

「おう」 

 あきれたように言われるがその通りだろう。 

 あれは朝飯の時だ。

昨日散々飲んだはずなのに、元気に朝から料理をしていた沙月姉ちゃんから朝飯を貰って食事に興じていたとき、机の上に置いたスマホが震えた。基本的に我が家では夢中にならなければ軽いスマホいじりは許されているためにスマホを拾ったのだが、その時俺の時は止まった。

画面をつけただけのロック画面に流れた通知メッセージ。

『今日もよろしく!』

佐奈からのそんなメッセージで忘れていたビックイベントを思い出しそれを打ち明けたときの、沙月姉ちゃんの顔は忘れない。

というか、離れない。


『ごめん。俺追試あった』

『は?』

 冷え切った声で、顔には一切の冗談もなく言われたとき終わりを察した。

 学校に来るときに送ったメッセージも授業中に送ったメッセージも一向に返信はこない。  

 それが唯々、俺の気持ちを焦らせへこませていた。


「まぁ、それは仕方ないだろ。たけぇ贈り物したんだし」

「ただ、それで追試ってばれたら殺されるわ」

「あ、まぁ。 どうにかなんだろ」

「許してくれればいいけど」

 ちょっとでもいいところを見せようと、テスト期間中にもバイトを入れた。

 バイト先のご厚意でその期間のバイト代が日払いになったりと、かなり助けてもらったのだがそれは沙月姉ちゃんにはオフレコだ。

 だからその辺は伏せて、うまいように言って納得を得なくてはいけないのだが、弁当を開けた瞬間に罪悪感に苛まれた。


「これは、お前が悪いな」

「おう」

 さっきと一変した一輝の言葉に思わずうなづいてしまう。


「沙月ねぇえ」

 弁当はまさに気合入れましたという感じ。

 昨日のあまりものでも十分いいの、内容を見るに間違いなく今朝作られたもの。

 昨日に引き続きご飯には海苔で


「デートだって。お母さんめっちゃ喜んでるじゃん」

「もういっそ俺をぶん殴ってくれ」

 デートの三文字とハートマーク。

 もうめちゃくちゃに浮かれてるのが伝わってくる以上いっそぶん殴られた方が気持ちも落ち着く。。

 確かに今思えば、高校に入ってからは初めてかもしれない長期休み。

 そりゃ浮かれるのだってわかるのだが。

 これは本当に、



「あぁ、小松原ぁぁぁ」

「おー、やめろやめろ」


――やるせねぇ


 六限の終了を告げるチャイムが鳴ればクラスは一気に騒めき立つ。

 ウチの学校では六限の終了は本日の学業の終了に直結している。ただ掃除当番を引いた生徒は学校に残らなくてはいけない。そしてだいたいこういうときは、


「はぁ、なんで教室掃除なんだよ」

「まぁまぁ」

「遊太頑張ろ!」

 みんなが色めきだってそこら中にカバン片手で消えていく中、俺は箒を握りしめていた。

 昨日の今日だからわかっていたが今週は教室掃除の当番なのだ。そしてそんな俺に付きあって箒を振るう佐奈に、もとより掃除当番のルーム長の瀬川さん。佐奈とは違ってすごくまじめな黒髪ロングの女の子だ。


「関口さんはどうしたの?」

「あ、私? 追試だから勉強教えてもらおうと思って」

「なるほど」

 瀬川さんが納得したように、箒を掛けていけば佐奈はロッカーへ向かい塵取りを掴んでくる。

 もう古い校舎だから雑巾がけの必要性もろくに感じない。というよりかはせっかくのワックスがはがれてしまう方が問題だろう。

 だから掃除当番といっても、机を動かさず大きいごみをまとめる程度の仕事なのだ。


「うーん、遊太。 ゴミたまってるけどどうする?」

 そういって佐奈が持ち上げて見せるゴミバケツはなかなかに一杯だ。ぶっちゃけ明日までは持つだろうが、明日に持ち越すのも気が引ける。


「あ、じゃあわた」

「図書館行くついでに捨ててくわ」

「おっけ」

「えっと、月島君? いいよ図書館別方向でしょ?」

「んや、どうせ自販でなんか買うからいいよ」

 多分瀬川さんは言ってくれようとしたのかもしれないが、それは申し訳ない。

 大抵このゴミ捨ての時間にはクラスの男子が駆り出されるもので、その中に行かせるのも気が引けるし、ゴミ捨て場は自販に近いのだ。


「んじゃ、佐奈行くぞ」

「お、ちょっとまって…よし! 行こう。 優愛ゆあちゃんまたね」

「あ、うん。 ありがとね。 また明日」

 ゴミバケツに掛けられていたビニール袋だけを拾い上げゴミ捨て場に向かっていく。

 後ろにひょこひょことついてくる佐奈を引き連れて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る