第12話
Side 月島沙月
——最悪
「…いってらっしゃ」
普段は玄関まで見送るのにリビングで済ませた酷い挨拶も、朝から遊太と喧嘩になったことも、今凄く気持ち悪いことも、全部全部最悪だ。
――実際は私が一人で勝手にキレただけなんだけど。
冷静になって少し考えればわかることだし、理解だってするべきことだ。
遊太にだって高校生としての生活があって、勉強だけが人生だなんて教えをしたこともないし、それを言うほどの学っていうものが私にはない。
だから勉強で失敗しちゃうことだってあって当然だ。
ただ、まさか追試を喰らうような一面があったとは。
——私に似て馬鹿なのかなぁ
『こら! 月島ぁあ』
『あ、あの月島さん?』
散々高校時代は生徒指導室でお世話になったのは、もう遠い昔のように感じるが確かに覚えてはいる。
決して褒められるような人間であった気もしない。
「いや、でも成績はいいはずだし」
遊太がこの前見せてくれた通知表も、三者面談も別に超優秀ってわけではないけど、そこそこいいっていう話だったのは覚えている。
通知表に4がいっぱいあったりしたのに驚いたのだって覚えてる。
「うぅうん」
——あっ!
重くなった気持ちでも慣れた食器の片づけをしていれば指を、右手の薬指を最近になってできた新しい感触が襲った。
——これか…
もはや慣れてきたような感覚に、わかりきっているが視線を落とせば見事に輝いて見せる指輪が一つ。
「はぁ…」
爛々と輝いて見せる、それの価値はよくわかっている。
おおよそ、世間一般の新社会人という人たちの一カ月の給料では到底足りないそれは、今日も言っているバイトによって生み出されているんだろうし、私の誕生日のために勉強も返上して働いてくれたのかもしれない。
――何やってんだ!
そう怒るのが親としては正解なのかもしれない。それなのに、そんな気持ちが、そんな言葉が浮かびきらないのはなんでだろう。
『ああ、今日かい?』
「うん」
『はいよ。 カウンター空けとくね』
「ありがとうございます」
pi!
「よし」
スマホの画面をワンタップ。通話が切れたのを確認すれば体はベットに倒れ込んでいく。
——あと三時間は寝よう!
さっき見たスマホの時計で14時にちょうど突入したころだった。
色々お片付けをしたり、ダメージを残したアルコールと格闘していたら、遅お昼になったが職業柄体内時計は夜型に近いし電話で決めたことのためにも、体力を回復しないと。
「ゆうたぁまってろぉ…はぁ」
追試だというのにバイトをするという何とも挑戦的な我が子を見るべく、眠気に体をゆだねることにしたのだった。
電子音で目を覚まし、それと同時にスマホの画面をのぞき込む。
『18;00』
アラーム通りに起きれたようだが、予想以上に寝てしまった。本当だったら、たぶん途中で16時くらいに起きて、だらだらタイムとしてもうひと眠りで18時起きって形が予想だったけど、まさかの完全熟睡。
「あ、洗濯取り込まないと」
せっかく干したのに、ここで取り込まないと冷たくなってしまう。
急いでベランダに飛び出していって取り込んでいくが、
「うーん。おっきい」
ハンガー干しのシャツを見るとついついそう思ってしまう。
「やっぱり大きくなった」
遊太が本当に小さかったころから見ているから、ふいにどうしてかそう思わざるにはえないのだ。
「うーん、着れるかな?」
なんとも懐かしい学生ワイシャツに、ちょっと気持ちも若返りを覚えたが、
「て、こんなことやってる場合じゃない!」
時間というのは残酷なもので、呑気にたたみながら気持ちを遊ばせていたら、時計は徐々に進んでいた。
「よし! 完璧!」
玄関口で姿見を見ればさっきまでパジャマだったとは思えない仕上がった自分の姿があった。
「ちょっと、若いか? いや若いし」
買ったはいいものの着る機会を失っていた洋服もついに今日、日の目を浴びる。
いつもの出勤みたいな。気合の入ったがっつりのブランド物も、ドレスみたいな衣装やめちゃくちゃに大人っぽい恰好もガチガチセットの髪も必要ない。
軽いショルダーに少し若いような白地に花柄のマキシワンピース。
髪もざっとポニーテールにまとめて軽く化粧をして出来上がり。
かなり簡単に準備したが、意外といいと思う。
少なくとも、年頃女感を演出しているような、そんな気がする。
こうしてみればまだまだ子供だと思うのだが今はそんなことではない。
スマホを見れば意外に時間は押してきている。
「待ってろ。 遊太」
まさかこんな優し気な、大人しめの服を着込んでいく目的地が居酒屋とは、すれ違ったお隣のおばあちゃんも思わないだろう。
『居酒屋 けいしょう』
そう書かれた店の看板を見て覚悟を決める。
このお店に入ったことは、たぶん数えきれないほどある。お客であったり相談相手であったりといろんな理由で。
ただ、遊太が働いているのを見に来るのは初めてだった。
「こんばんは」
「いらっしゃい」
「「いらっしゃいませ!!」」
渋い木戸を引けば、同時に挨拶が飛ばされる。
多分店主と、従業員の二人の声だ。
遊太と、もう一人の女の子がこっちを向いているのでたぶん二人の声なんだろう。
凄くかわいい大人っぽい女の子だけど、こうやって見ると遊太と年が近いのだろうか。
最近、というか基本的に遊太が誰か女の子と一緒にいるのを見たことがないからなんというか不思議な感じ。
『予約席』
そんな紙が貼りつけられた一升瓶の元へ向かえば、キッチンから顔を出してくる奥さんに手を振られる。
「何がいい?」
「あ、塩キャベツと唐揚げとハイボールで」
「はいよ」
メニュー表を見なくても何となくわかるから、それを注文すれば気のいい返事をされたので、一升瓶を少し横にずらして遊太を眺める。というかじっと見る。
——やっぱり追試ってわかってないんじゃないのか
――頑張りすぎ馬鹿
そんな視線を込めてみていけば、
「沙月ちゃん」
「あやさん」
「ふふ、あんま遊太君のこと怒んないであげて」
奥さんもとい、あやさんからそんな風に言われてしまった。
「実は遊太君ねぇ,,,,,,」
そんな切り出しで、バイトの時の遊太のことを話し出してくれた。
「遊太君。 頑張ってたわよ」
「そーですか」
「あら、沙月ちゃん飲み過ぎじゃない?」
「そーゆーのいいですから」
目の前でニヨニヨと笑顔を弾ませるあやさんに言われればまたジョッキに手を置いてしまう。
なんというか、話しの途中で羨ましいだと、よくできた子だの、愛されてるだの、素面じゃいられないことをいっぱい言ってくるんだからしょうがない。
「あ、遊太君。 またナンパされてる」
頭上から聞こえる言葉にものすごく興味をそそられるのだが流石にこれで反応すれば相手の思うつぼだ。
お店に来て小一時間。せっかくのお休みに居ない遊太に絡もうと思ったけどあんなに忙しなく動く姿を見れば絡むこともできない。
――私の知らないうちにどれだけ働いたんだろう。
ジョッキの取っ手で高い音を上げるそれのことを考えれば嬉しさがこみあげてるのだってわかる。いくら学生の高収入源の居酒屋も限界だってある。どれだけ働いてこの指輪を買ってくれたんだろう。
私だってまだまだ女の子だから価値もわかるし現金な計算をすれば、新入社員の給料なんかで濁わせなくても時給で言える。ただそんなことをしたら失礼だろう。
こんな高価なものを誕生日に送ってくれるほどに、私のことを大事にしてくれている。
だから、そんな大事にされているからこそ言いたいこともある。
「楽しそうじゃん」
ちょうどキッチンに戻ってきて目の前でお仕事を始めた遊太に声を掛ければなんとも居心地が悪そうだ。
「いや」
——さっきまでOLさん達にナンパされてたくせに。
「ふん、せっかく遊太に会いに来たのに全然一緒にいれないじゃん」
お酒の力を借りて、ちょっとした不満を言えば困ったような顔をされてしまう。
流石にちょっと言い過ぎた。もちろん私だってお仕事中だってことぐらいわかっている。
「あーん」
だからそんな顔に向かって手元で遊ばせていた塩キャベツを突き出してみれば今度は今度で困ったような顔をされるが、何だかんだ食べてはくれた。
たぶん遊太は気づいてないと思うがOLさん達のフラグはへし折った。
母親の前でナンパなんて100年早いわ!
仕事の上りを聞けばもうすぐ。
だから追加注文をかけて徐々に動きを落ち着かせだした店内に安心して、目の前でキッチンの遊太でもみてのんきに過ごすはずだった。
「お姉さんとなり失礼します。 あ、おにーさん俺ビール!!」
「あ、俺も!」
この男たちが来なければ。
私のオーダーをゆっくり目に作って出してくる遊太の顔には戸惑いが見えた。
今の私は客だし、遊太は店員さん。だるいお客の相手は馴れているつもりだし大丈夫。
しばらくしてそんな視線を向ければしぶしぶというようにホールに出ていった。
心配されてしまったけど嬉しくもある。
OL連中に呼ばれたのは少し気に入らないところだけど、その姿を見送れば隣でサラリーマン然の男が口を開いた。
「お姉さんはあーゆー子がいいんすか?」
「え?」
「や、学生っすよね」
もう一人はうんうんと頷くだけだからサポートといったところだろうか。
なんともめんどくさい。
「お姉さんこいつなんてどうですか?」
「あ、俺立候補します。」
——は?
酔いに任せてなのか言い放つその言葉は、私の頭を一気に冷ますには十分だった。。
せっかく、遊太とのんびり話せそうで時間も取れそうだったのにこんなやつに邪魔された。
——ウザい
そんな絡み方をしてくる奴よりも遊太の方が何倍もいい。それにせっかく気分が上がっていたのにもう気分が悪い。
「あ、お姉さん飲み物足します?」
「ほらお姉さん。 今度お買い物とか行きませんか?」
「いや、結構です。」
「そんなこと言わないで。」
多分私の機嫌が悪くなったのがわかったのだろうか、飲み物の話や買い物に持っていこうとするも、私はこいつらに興味がない。
無視していれば、恨み言の1個や2個でどっか行くのが常だからそれを甘んじて受けようと思った。
お店に迷惑はかけたくないから。
ただ、私の身なりを見ていたのかその視線は私の手元で止まった。
「あ、その指輪。 俺もっといいの買いますから」
多分価値もろくにわかっていないのだろう。シンプルなデザインで指輪しかしていなかった私が悪い。
ただ、その言葉がひきがねになってしまった。
もともと地頭がいいような人間では私はない。
でも一杯我慢してきた。
——我慢してたのに
何で我慢してきたのかも、ここがどこなのかもわかっているのに手に持つジョッキを一気にテーブルに叩きつけた。
——遊太の職場なのに
――心配させたくなくて一緒にご飯が食べたかったのに
「ウザい!!」
——やってしまった。
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