第17話
六畳ほどの別段面白みもないような一室。
壁にアイドルのポスターを張っているわけでも、好きなスポーツ選手のユニホームを飾っているでもない、賞状が所狭しと並んでいるわけでもない。
ただ別に趣味がないわけではない。
もちろんいくつかあるし、俺が中学に上がるときにはお金は気にしなくていいからと沙月姉ちゃんが部活にも通わせてくれようとはした。
バスケ部にも少しだけ惹かれるものもあったが実際問題では入部にはつながらなかった。毎日へとへとになって帰ってくる沙月姉ちゃんに負担を増やしたくはなかったし、部活以上にたった一人の家族との時間を大切にしたかったから。
だからあるといえば、最近流行りのラノベだったり昔好きだった漫画だったり勉強用といって買ってもらったパソコンだったりとそんな感じで、特に一般的な面白みというのはないと思う。
いやない。
――ないんだが…
「沙月さん、これヴィヴィアヌの新作ですって」
「へぇ、可愛い」
「あ、そういえばその指輪! かわいいですね」
「…ふふ、ありがと」
――なんで俺の方を向いてそれを言うんですかね。
佐奈が楽しそうに見せるスマホの画面に沙月姉ちゃんも楽しそうに答えているのだが、油断しているときにこちらに振り向くのはやめてほしい。
あの後、お茶とお菓子を置いて足早に去ろうとしたところを佐奈が猛アタック。
買ってきたお菓子をダシにされれば、沙月姉ちゃんも年下が自分のために買ってきたというのが引き金となり、抵抗は虚しく陥落。
そうなれば、もう一つお茶の入ったコップを持ってきた沙月姉ちゃんと佐奈でガールズトークが繰り広げられ、俺はおとなしく買ってきたスイーツを提供することにした。
「あ、こんど一緒にお買い物いきましょう沙月さん!」
「お、いいねぇ」
「ねー。 いつにします」
佐奈がさっきのことをいじることもなく、ガールズトークに興じているのでそれが幸いしたのか沙月姉ちゃんも楽しそうにしている。
――友達感覚か
間違いなく俺のせいもあって大人にならざるを得なかった姉ちゃんには佐奈はちょうどいい相手なのかもしれない。
こうなれば勉強どころでもないだろうから着替えでもしに、そう思った矢先、
「あ、沙月さん。 そういえば遊太からどんな指輪もらったんですか?
「ん!?」
「ほら、遊太から前聞いたあれ」
「あ、あぁあ」
今思い出したように言ってはいるが、言われた瞬間にすぐにわかった。
というか、何よりも隣でその話題になった瞬間に指輪を眺める姿が見えた。
――いや、今ぶち込んでくるかねそのネタを
「クラスじゃ、ついに遊太に春が!?ってなったんですよ」
「なんだそりゃ」
「この馬鹿、クラスの女子に聞いたんですよ」
「やめい」
いや、そりゃ俺も馬鹿なことしたとは思ってるけど。だからといっても聞ける相手に覚えもなかったし。
沙月姉ちゃんの仕事仲間とか、渚さんはめちゃくちゃいじってきそうだし。
「佐奈ちゃん。 それがさっき褒めてくれた指輪だよ」
「え、その指輪だったんですか?」
「うん」
「あー、え!? あれを遊太が!?」
「うん。 お誕生日にくれたの」
「まじで?」
「ああ」
本当に疑うような目で佐奈は見てくるが、それは母親にマジ?の方なのか、嘘じゃない?の方なのか。
はたまた両方か。
「いやぁ、予想以上に頑張ったね遊太」
「いや、何をだよ?」
「そりゃ私も女子だし、価値わかるし」
「はぁ…」
少し下世話な会話ではあるが確かに、高校生が送るにはだいぶ背伸びしたものだから、佐奈も気づかなかったのだろう。
「ふふーん。 遊太いろいろ聞いてくれたんだ」
「まぁ…いいもん分からんし」
「そっか。 もーかわいいなぁ」
「ちょ、やめい」
今までその辺についての話なんて一切していなかったからか、偉くご機嫌になった沙月姉ちゃんは俺の横にすっと体を移し、かわいがりを始めようとしてきた。
それを見て、驚いたような顔をしたり爆笑したりする佐奈の相手をすれば、時刻は徐々に過ぎていった。
「じゃあ、明日帰ってきたらショッピングね」
「はいよ」
「で、金曜日はディズニーね! あ、お泊りだから」
「まじで?」
「うん。 大丈夫用意は私がしとくから」
「わかった」
あの後は沙月姉ちゃんが晩飯でもと佐奈を誘ったが、佐奈も流石に明日に戦いが控えているからか丁重にお断りを入れれば、流石に集まった理由を知っている沙月姉ちゃんがそれを邪魔することはなかった。
時間としてはいい感じに暗くなって、歓楽部は騒がしくなる頃合いだったので昨日の男たちのことも考え、佐奈を送って帰ってくれば、リビングではスマホ片手に予定を組んでいる沙月姉ちゃんの姿があった。
いまだいそいそと、スマホの画面をいじっているのを見るに、その計画への本気度が窺える。
ただ、まだ秘密にしておきたいのかその全貌は俺が知るところではない。
「あ、明日の晩御飯はお外ね」
「はいよ」
今わかっているのはえらく上機嫌だということだ。
「あ、今日いっしょにねる?」
「いや、寝ないから」
「いいじゃん照れなくて」
「いや、そうじゃないから」
佐奈が落とした爆弾で、可愛がり魔人となった沙月姉ちゃんから逃れることはできるのだろうか。間違いなく一緒に寝ることになったら、一睡もできる気はしないし明日の追試試験で死ぬ自身もある。
だから一つ今すべきことは、
「じゃ、俺部屋戻るから」
「あ、ちょっと遊太」
どうにか今日という日は、自分の好きな人から逃げることだ。
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