無意識イケメン陰キャは罪である。

寝癖王子

序章

第1話

 「陰」と「陽」。本来、陰陽道を想起させるその文字列はしかし、現代の若者の間では異なった意味で用いられている。「陰キャ」は、陰気な性格の人のことを指し、スクールカーストの下位に位置する「イケていない人」を総称する言葉である。対して、「陽キャ」とは陽気な性格の人のことを指し、スクールカーストの上位に位置する「イケてる人」を総称する若者言葉である。


「おーい、何一人でぶつぶつ言ってんだ? 陰キャ感半端ないぞ」


 俺に訝し気な視線を向けながら話しかけてくるこの男は、白井。筋肉バカ男だ。彼の使ったように陰キャとは人を馬鹿にするようなことを意味する言葉であり、あまりいい意味では使われない。


「いや、俺をバカにしてくる白井をどう屠ろうかって綿密な計画をだな……」

「屠るってなんだ? 新しい筋トレか?」

「バカは幸せでいいよな」

「ん? そりゃ筋トレこそ俺の人生だからな」


 本来、白井は俺のようなスクールカースト下位の人間と付き合うタイプではないが、悲しいことに筋トレしか眼中にない彼と馬の合う人間はそういない。かくいう俺も彼の筋トレ論の半分も知らないが、なんだかんだ長い付き合いになっている。


「そういや今日、優ん家空いてる?」

「空いてるも何もあの家は年中俺一人だろ」

「じゃあ、今から行ってもいいか? 筋トレもしたいし」

「むしろ筋トレが本命だろ。……その代わり、ゲーム付き合えよ」

 

 放課後の教室でそんな何気ない会話を交わして帰路につく。中肉中背。一重の釣り目で第一印象はいつも「不機嫌そう」と言われる。陰キャの三大神器マスクを常に肌身離さず身に付け、せめてもの反骨心からポケットに手を突っ込むことは忘れない。 

 白井と並んで校門を通ると、残暑の残る強い日差しが照り付けてくる。面倒で数か月伸ばしっぱなしのせいか、鬱陶しくなってきた前髪を横にかきあげる。地球温暖化を心底恨みながらも、怒りのやり場がないのでとりあえず心の中で白井のせいにしておく。バカが増えると暑苦しいからな。


「お願いします。俺と付き合ってください!」


 猛暑が続くとこういうことを考えるバカも増えてくる。公開告白なんて青い高校生にしかできない恥ずかしい所業だ。

 無視して先を急ごうとしたら、俺の袖口が強く引っ張られた。振り返ると、白井が「おい、早く見に行こうぜ」と言わんばかりに目を輝かせていた。思わず溜息が漏れ出るが、筋肉バカに物理的には勝てないので、渋々白井に従っていつの間にかできた人だかりの方へと歩を進める。


「おいおい、彩紗ちゃんまた告白されてるぞ」

「ミス陽光様様だな」


 校門の先で告白してきた男子生徒と対峙するのは、昨年一年生ながらミス陽光の名を手にし、今年の文化祭でもミス陽光候補筆頭の日南彩紗ひなみあやさだ。ちなみに、彼女は今年十二月に行われる生徒会選挙の会長候補筆頭らしい。


「ごめんね~。気持ちはすっごく嬉しいんだけど、私は誰とも付き合わない主義なんだよね~。みんなのアイドルっていうか~、まそんな感じ?」

「彩紗ちゃん……天使だ」


 振られた男子生徒の呟きを皮切りに歓声が沸き起こる。それとなく視線を巡らせると、頭に鉢巻を巻いた日南彩紗のファンクラブのメンバーが観衆を陽動していた。

 巻き込まれると面倒なので、騒ぎの隙にさっさと帰ろうと思っていたのだが、隣の筋肉バカは彩紗の対応にえらく感動したようで「流石俺たちの彩紗ちゃん……」と感涙を流していた。親友キャラはいざという時に頼りになるはずなのに、このバカには迷惑しかかけられていないように思う。

 呆れて溜息を漏らしていたら、運命のいたずらなのか日南彩紗とばっちり目が遭ってしまった。彼女の方はというと、一瞬瞠目を開いて立ち尽くしていたが、気まずそうにすぐに目を逸らした。


「いいのか、行かなくて」


 大衆に背中を向けた俺に対して、白井が柄にでもない声を出す。女々しいんだよ、そういうの。


「別に俺には関係ないだろ」


 自然と逃げ出すように歩幅が大きくなる。

 俺――影宮優かげみやすぐると日南彩紗は幼馴染だ。しかし、俺はカースト下位の陰キャ。片や人当りが良く振った男は数知れずにも拘わらず、男女問わず人望があるカースト最上位に君臨する美少女。もう二人が交わる機会もその資格もない。陰キャは自分から行動しないし、美少女転校生が突然転校してきて青臭い青春が勝手にやってくることもない。

 しかし、そんな陰キャにも転機くらいは訪れるものである。これは陰キャ、陽キャにカテゴライズされてしまった彼らの嫉妬や羨望、葛藤の物語である。

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