第二章
第8話
学校教育というものは、依然として無駄の蔓延る時代の産物である。その代表として文化祭がある。表向きは皆で協力して出し物を企画し、各々に役割を与え、お祭り気分で日々の鬱憤を晴らすものとなっている。高校生として相応しい節度を持って、などというありがたーい注意書きが校則に記載されていたりもする。
しかし、昨年度の文化祭を体感した俺から提言させてもらうと、スカートをえらく短く履くナオンや女子目当てでナンパに精を出す軽ノリ男など逆に無法地帯になっている。一応、教師も注意はするが、あまり効果はなしていない。文化祭は皆が楽しむ祭りではなく、多大な犠牲者の下に成立しているカースト上位のもののための主戦場なのである。
つまり、俺のような陰キャや同志達に役など回ってこない。トイレで時間を潰したり、仮病を使って大事な行事点(行事の出席点)を削ってメンタルを保持しなければならないのだ。それ故に、日本の差別的風潮が現れるこの行事は即刻中止すべきである。
「よし上出来だ」
「凄い。森羅万象。古代文字が事細かに記されている」
「ミミズみたいな字で悪かったな」
俺の真意を書き連ねた文化祭アンケート。こんな尖った意見を提出すれば本来突き返されるところだが、これは匿名アンケート。匿名性の前では、力の格差は無効化される。
「いいか。文化祭ってのは気軽に踏み込んでいい領域じゃない。お前も十分に対策を練っとけよ」
「了解。警戒しておく」
「ん、かおる。その下に持ってんのなんだ?」
聞きながらかおるの手から紙をひったくる。その際に互いの手が触れ、かおるが頬を赤らめるが、一々気にしていたら世話ない。それより、紙の正体の方が気になる。
「さっきクラスの人に貰った」
「え、俺貰ってないんだけど」
「……多分おそらくきっと手違い」
「……気を遣うなよ」
かおるの優しさに胸を痛めながらも、視線は手元の紙に落とす。何やら「選りすぐり」だの「美男美女集合」だの「ミス陽光」だと寒気のする台詞がずらりと並んでいる。
「ま、今年も誰かさんの独壇場だろうな」
「それが今年はダークホースがいるって聞いたぞ〜」
間延びした声が横槍してきた。
「は? この学園の男って彩沙好きなやつばっかだろ」
「なんでキレ気味なんだ?」
「白井の顔が何となくムカついた」
「そりゃひでぇよ優」
ダークホースだかなんだか知らないが、出来レースが開催されるのは自明のこと。ミスコンなんて開催する価値もない。
「ダークホース……闇の組織のもの」
「おっ、かおるちゃんは興味ある?」
「やめとけやめとけ。どうせ運営と枕してるような奴ばっかだろ」
「ん? なんで今枕の話が出てくるんだ?」
「わからんやつは黙って聞いてりゃいいんだよ」
「なんか機嫌悪くないか?」
「うるせーよ」
かおると白井が不思議そうに目を合わせている。俺は何となく居心地が悪くなって、席を立った。
⚫️ ⚫️ ⚫️
文化祭の出し物は大抵、クラス単位、部活単位、もしくは有志によって構成される。後半の二つはもちろんのこと、クラスにも腰を落ち着ける席のない俺には関係のないことだ。
「彩沙ちゃーん、今年も頑張れ〜!」 「ミス陽光二連覇期待してるよ〜!」「やべぇ、彩沙ちゃんまじ可愛い」「天使だ……」
今日も安定の猫かぶりを発揮し、皆の視線を独り占めにしている。授業合間の短い休みでこの騒ぎでは、本番のどんちゃん騒ぎ具合が目に浮かぶ。
「いやーすごい騒ぎですねー」
「まじそれな。綺麗な外面に騙されやがって」
「でも、彩沙先輩って美人さんじゃないですかー。今年のミス陽光候補ナンバーワンだ」
「またそれかよ。ほんとくどいわ」
「さすがあの日南彩沙先輩の幼馴染み。他の人とは違いますね」
「別に他の奴と変わんねぇよ。てかお前誰だ」
自然とするりと入ってきたものだから、少し本音を喋ってしまった。
いつの間にやら隣にいた女子。青の校章を付けているところを見ると、一年生のようだ。
「うげぇっ」
「なんですか〜? 生理的に無理な男を見た時みたいな反応しないでくださいよ〜」
「尻軽は話しかけるな」
「ピアス開けてるだけでビッチ認定って酷くないですか?」
辛うじて敬語は使えるみたいだが、インナーを派手な色に染めたり、舌と耳にピアスを開けているところを見ると、高校生として相応しくない。
「これでも目立つところには開けてないし、髪もベースは黒ですから」
「穴なんで元々体にいっぱいあるから、もう要らないだろ。髪もアニメキャラみたいな色してるだろ。目立ちまくりだ」
「彩沙先輩に比べたら私なんて石ころですよ」
「そりゃ無駄な装飾物とか派手髪で可愛くなったつもりのやつじゃ無理だろうな」
「は? そこは『そんなことないよ〜』ってゴマするところですよ。ちっ、これだから陰キャは」
ちょっと〜? もう少しオブラートに包み込んでくれなきゃ豆腐メンタルが焼き豆腐になっちゃうよ〜?
「あー怖い怖い。まー今時清楚な女子高生なんて絶滅危惧種だよな。温泉掘り当てるくらいには難しいわ」
「うーん、そーですかね〜? JKブランドってそう簡単に汚すものじゃないと思うんですけど〜」
「積極的に汚れてそうなやつが言うと、これほどまでに説得力が欠落するとはな……」
「先輩って偏見すごすぎません? 人を見た目で判断しちゃダメですよ〜」
「だが事実、人を見た目で判断することが平然と行われているのがこの学校だ」
この世の中は不条理で満ちている。生まれつきの身体的特徴で優劣をつけるなんて出来レース以外の何物ではない。だから、枕や不祥事が横行する。
眼前の不真面目の団塊もふしだらな行為に手を染めているのかもしれない。何となく侮蔑の眼差しを向けていると、その視線が不服だったのか、彼女はふくれっ面になった。小学生臭いあざとさだ。
「もしかして先輩、私が負けると思ってるんですか~?」
「ああ。圧倒的な格差でフルボッコにされると思ってる」
「先輩って普通に性格悪くないですか?」
「俺は自分に正直なだけだ。性格悪く見えるのはお前がそのまま捉えすぎって話」
「あ、はい。そーですか」
さぞかし興味なさげに答えられる。こいつは愛想笑いを知らないらしい。
「でも確かに先輩のおっしゃる通りです」
「何メンヘラ? 情緒不安定なの? 地雷だから消えてくんね?」
「もー茶化さないでくださいよ。私の考えはお見通しなくせに〜」
基本的に省エネ志向の俺にとって、面倒な予感というものはよく当たる。
「悔しいですけど先輩の言う通り、このままでは彩沙先輩の優勝は確実です」
「ほー、なら潔く諦めてーー」
「ーーそ・こ・で、先輩の出番ですよっ」
役割を与えられるのは苦手だ。そこには必ず責任が伴ってしまう。それ故に、何事も役職に就くことは回避し、ただ一人の学生として毎日を無益に過ごすべきだ。
「先輩には人質になってもらいます」
んー、断れん。どうしよう。
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