第9話

 ミスコン参加者の後輩に、「お前は人質宣言」され、俺の頭上には数多の疑問符が並んだ。


「単純にお前に協力するメリットが見当たらないんだが」

「私っていうS系美少女と一緒に過ごせますよー?」

「自己肯定感が高いのは結構な事だが、傲慢な女は嫌いだ」

「女子のことを女とかお前とか見下した発言する先輩の方が最低ですよ」

「じゃあその最低男に頼るのはやめとけ」

「むー、そんなんだから童貞なんですよ〜。女の子に優しくして損はないですよ?」

「なら優しくしたいと思うほど価値のある女になるんだな」

「はぁ? なんですかそれ。無理すぎますよ」

「さっきということが矛盾している」

「ほんとそれな……ってえっ?」


 誰かに肩に触れられると同時に後ろから耳に馴染んだ声がかけられた。


「かおる……なんでここが」

「あなたのいる所に私あり」

「いや普通に怖いわ」

「透視能力でここを見破った」

「なんだ渡り廊下から見えたのか」

「ちょっと私を無視しないでくださいよ」

「この女……誰?」

「いや、数十分前に知り合った良く分からんやつ」

 

 両手に花なんて甘ったれたことを言っている場合ではない。この状況は些かまずいような気がする。


「ちょっとせんぱぁ~い……こ・の・芋臭い女なんですかぁ?」

「なんだと聞かれれば説明が長くなるんだよなあ」

 

 別段やましいことは何もないのだが、容易く口にできるような関係ではない。マッチングアプリで知り合った異性といるところをばっちり友達に目撃されて、濁してしまう時と同じ感覚だ。知らんけど。


「私は優にとって都合のいい女」

「へぇ、裏でやることやってたんですね」

「いや俺は健全な男子高校生としての行動をだな……」


 しどろもどろな自分の反応がふしだらな関係を肯定しているようだが、二人の間に決してやましい関係などない。


「さっきの話は聞かせてもらった。任せてほしい」


 一人委縮していると思わぬところから助け舟が入った。


「かおる……?」

「地雷先輩の助けなんてごめんです」

「俺から見ればお前もよっぽど地雷だぞ」

「その"お前"っての女子ウケ悪いですよ。私には成瀬せなって名前があるんですから」

「めちゃくちゃバカそうな名前だな」

「そういう悪口は女子の間ですぐ広まって晒し者にされるので、やめといた方がいいですよ〜?」

「何それ怖つ」


 バカな男を晒しあげるSNSグループでも存在するのだろうか。その女子達のスマホのストレージのほとんどがラインで占めてそうで末恐ろしい。


「俺は責任取るの嫌いだし、面倒事はごめんだ」

「ふーん、面倒事はごめん……ですかぁ」

「なんだよ」

「いえいえ、ただ、ちょっとおかしくてー。いつも面倒事抱えてる人が今更説得力ないですよー」


 含みの持たせた言葉の後に、クスクスと笑う成瀬。しかし、彼女の意図するところが分からない。いつも面倒事を抱えてる? 寧ろ、俺はその対極に位置する存在だ。


「話をまとめると、彩沙との大きなハンデをどうにかして埋めたいってことだろ」


 何となく嫌な予感がして話を逸らした。この勘は昔からよく当たる。


「そうなんですよー。だから、多少のズルは仕方ないと思いません?」

「お前の言いたいことは理解できるっちゃできるけど……」

「……別に犯罪を犯そうってわけじゃないんです。ただ、生まれ持った不平等は今更覆りません。公正なステージで勝負したいんです」


 成瀬の面持ちがいつになく真剣なものだから、茶化すのはやめた。ここで空気を読めない男はただの軽薄野郎だ。

 それでも、簡単に首を縦に振ることはできない。いくら彩沙との仲が冷めきっているとはいえ、道徳的に褒められないことに手を出すのは抵抗を感じる。


「確かに褒められることじゃないです。でも、みんな誰かに大目に見てもらっていることの一つや二つあるはずじゃないですか」


 返す言葉を選べず黙り込む俺の心中を察したように、成瀬は零した。心做しか投げやりだ。これは勝手な想像だが、この申し出に至るまで彼女なりの葛藤があったのではないだろうか。

 しかし、やはり俺に協力するメリットがない。労働のようにお金という対価が貰えるならば、身を粉にして働くが、今回の場合は精々、彩沙に一矢報えるくらいだ。


「悪いが、やっぱり俺は協力できなーー」

「ーー先輩も面白くないんじゃないですか」


 成瀬の言葉は錘のように俺の心にのしかかった。隙を突かれてしまった。入って欲しくない領域が蹴破られてしまった。彼女の押しは強い。グイグイ来る。


「……別にそんなことない。あいつがミスコンで優勝しようがしまいがどうでもいい」

「私は彩沙先輩のことなんて一言も言ってませんけどね〜」

「……っ」


 こんな安い誘導に引っかかってしまう自分が情けない。これでは成瀬の言葉を是だと認めてしまっているのと同じだ。


「せーんぱいっ、私と一緒にスッキリしませんか?」


 悪魔の囁きだ。人はいつも楽な方に逃げてしまう。どんな幸せな物語でも、そして現実でも、一度惹かれてしまえば、沼にハマったように抜け出せなくなるのだ。

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