第10話

「本当に上がるのか?」

「何言ってるんですか地雷先輩はいつも上がってるじゃないですか」

「いや、こいつの場合はもはや一緒に住んでるわけだから……」


 時は経過し、放課後。場所は影宮家の前。成瀬の強い押しに押され、自分の家まで引き連れてきてしまった。


「狭いところだけど、ゆっくりしていって」

「親父が泣くぞ。つか居候の吐いていい台詞じゃねぇ」

「はぁ、かてーかんきょー複雑なんですね」

「別に興味無いなら正直に言ってもいいんだぞ」

「やだな〜。そんなこと言ってないじゃないですか〜」


 玄関口で靴を脱ぎながら、成瀬は愛想笑いを浮かべる。靴をしっかり並べているところを見ると最低限の常識は備わっているらしい。将来は意外にしっかりとした主婦に育つかもしれない。

 脳内でアラサーおじさんみたいな薄気味悪い妄想を並べながら、玄関口で屈む成瀬を見据える。そして、躊躇なく男の家に入っていく。なんだろうこの喪失感。さっきの感動を返して欲しい。


「お茶を入れてくる。二人は適当にくつろいでて」

「だからなんでお前が仕切る定期」

「これは私の日常ルーティン」


 普段は絶対に家事なんてやらないのに、減らない口である。


「女の子の前で見栄張る小学生男子か」

「違う。私の主婦力を見せつけて、彼奴を牽制しなければならない」

「多分、成瀬とかおるじゃ戦ってる土俵が違うと思うぞ」


 女子力がおざなりなかおるのことだ。なにかしでかすに違いない。胸の奥の強い警鐘を頼りに、まずお客さんの成瀬だけを座らせ、俺は助太刀に入った。


「えー私レモンティーがいいんですけど。気が利かないですね先輩」

「あんまり居心地いいと溜まり場にされかねないからな」

「えーひどーい。私と先輩の仲じゃないですか〜」


 俺は知っている。成瀬のように男関係がふしだらなやつは異性の扱いにも慣れているので、誰の前でもいい子ちゃんのように振る舞う。例え、ガシ〇ンされて心の中で「死ね」と思っていたとしても、気持ちよかった、と目をハートにして見せるのだ。


「仕方ないので渋いお茶で我慢することにします」

「お茶が嫌いな奴は日本人じゃない」

「コーヒー飲みながら言われましてもねー」


 コーヒーは心を落ち着ける精神安定剤のようなもの。お酒が飲めない未成年には、このカフェインこそ安らぎを与えてくれる逸物なのだ。後、単純になんかコーヒー飲める自分ってかっこいいから。男子高校生なんてそんなもんだ。ちなみにかおるはトマトジュースを口に含んでいる。厨二病だからな。


「一人で何ぶつぶつ言ってんですか。キモい」

「その通りだ!」

「……はあ?」


 くどいようだが、男子高校生なんて理性よりも本能が先を行く欲に忠実な生き物だ。キモいんだよ。


「学年の男子全員とセッ〇スしとけば、確実に優勝するんじゃないか?」

「せ、先輩……さすがにそれは引きます」

「まぁ今のは極論だ。要は学校の男子全員の票を集められれば、勝ちはこっちのもんだ」


 1学年240人のうち男子は約140人、多少の増減があるにしても全校生徒720人中約420人。男子の方が多いうちの高校において、彼らの票ほど心強いものは無い。


「え、なんだそんなことでいいんですか? 簡単じゃないですか」

「簡単ってお前なぁ……あっ、そうか」

「察したような反応やめてください。うざいです」


 確かに成瀬は典型的な異性に好かれ、同性に嫌われるタイプだ。学年の男子を取り込むくらい朝飯前。ファンクラブとか実在してそう。


「なら男子票はそれなりに期待できるとして……問題は女子票だな」

「あーどうしますか。お金にものを言わせますか?」

「おいおいパパ活界隈とは違うんだぞ。学校中の女子が低俗だと怖いわ」

「でもお金が嫌いな女の子なんていないですよ」

「それは否定しないが、お金より強いものは他にもある」

「なんなんですかそれは」

「よくぞ聞いてくれた。成瀬の要望通り、答えをーー」

「ーーあ、そういうのいいんで早くしてください」

「えぇー……」


 ピロートークの時に夢を語る男に対して、聞き手の女のテンションが異様に低い状況にいるようだ。センチメンタルな気分とはこのことか。


「やめてあげて。優の微ライフはもうゼロよ」

「追い討ちにしかなってないぞ……」


 隣で待機させていたかおるの合いの手が入った。さりげなくディスが含まれているところを見ると、蚊帳の外にされていたのが不服だった模様。


「結論から言うと、お金に勝るもの、というのは情報のことだ」


 こほん、と咳払いを一つ挟んでから仕切り直し。

 特段、勿体ぶって言うほどのことではない。有用な情報はお金を媒介に取引される。つまり、優位性で言えば、情報が上なのだ。


「そこで、かおるの出番なんだよ」

「例えこの命を削ったとしても、神命をやり遂げる」

「そんな重い覚悟で来られると困る」


 溜息をつきながら、スマホの画面をかおるの前に表示させる。そこには基本情報のみを入力した未使用の捨てアカウントがある。


「かおるはこのアカウントを使って、を流してくれ。そんでフォローリストはここにまとめてあるからこれに従ってくれ」

「必要ない。我が分身は既に存在している」

「分身? ああ、それって堕天使の呟きとかいうフォロー2000人に対してフォロワーが28人しかいないFF比がバグってる需要のないアカウントのことか?」

「くっ、翼が折れそう」

「先輩も大概酷いですね」


 口が悪いのではない。至極、自分に正直なだけだ。


「それで私はどうすればいいんですか〜?」

「取り敢えず股開いとけば彩沙派の男も買収できるだろ」

「クソ野郎ですね。EDになって〇ねばいいのに」


 成瀬のキレは衰えるところを見せない。しかし、この少気味のよい掛け合いもなんだか悪くないと思えてしまうのであった。



 ・ ・ ・



「本当に上がるのか?」

「何意識してるんですか地雷先輩いつもいるんじゃないですかならいいじゃないですか」


 私は今、自室でシャーペンを走らせている。今日学校で出された課題をこなすためだ。

 ……分かってる。これはれっきとした盗聴。でも、抑えられない好奇心の前ではそんなの関係ない。女の子だからそこは見逃して欲しい。


「学年の男子全員とセッ〇スしとけば、確実に優勝するんじゃないか?」

「せ、先輩……さすがにそれは引きます」


 ほんと最低。あいつは正直にいえばなんでも許されると思っている節がある。


「結論から言うと、お金に勝るもの、というのは情報のことだ」


 それから、SNSの話しやらなんやら計略を全てこちらに筒抜けにしてくれる。別にミスコンで何がなんでも勝ちたいわけではないけれど、あいつが他の女のために奔走しているという事実に耐えられない。だから、徹底的に邪魔してやるのだ。

 あいつの言う通り、情報は大事だ。私はあいつらの行動の目的や手段等詳細な情報を手に入れた。向こうが姑息な手を使ってくるのなら、こちらの盗聴も差異はないはず。無茶苦茶な理論だ。


「……なんで私だけ」


 私の勝利は確実。向こうの3人は私の掌の上で踊らされているのに過ぎない。それなのに、なんだかモヤモヤしてしまう。面白くない。その原因を既に私は知っている。解決手段も簡単。けれど、私は絶対にその術をとらない。理由はただ1つ。それが私という人間だからだ。それ以上でも以下でもこれほどに適した説明はない。

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