第7話
「はぁ? 何それ。めんどくさっ」
「お前って文句しか言えないのな」
「はぁ? なんか言った?」
「いえ、なんでもありません」
急いで家に戻ると待っていたのは、俺に対して叱責を繰り返す我儘幼馴染だった。「どんだけ私が待ったと思ってるわけ?」という有無を言わせぬ物言いから始まり、本題に入った今でも秒刻みで怒られている。解せない。
「実際、私にはなんの関係もないし」
「いやーでも俺とお前って幼馴染じゃん?」
「は? だから何」
「困ってる時はお互い様っていうか。助けてくれないかなーなんて……」
「………………はぁ?」
彩沙はまるで汚物を見るような目で悪態をついた。我ながら軽率な発言だと思ったが、少し突っ込みすぎたようだ。しかし、ここで引いては彩沙の罵倒に堪えた意味が無い。
「あんたなんか勘違いしてない?」
「えー、でも昔は鬱陶しいくらい世話焼いてきたじゃん」
「は? 何それ知らないし」
「え、でも俺が熱出したときなんかベッドにしがみついて、神様にめちゃくちゃ俺の回復を懇願してただろ」
「は? 捏造とかまじきもいんですけど。いい加減にしてくんない」
「あーもうめんどくさいな」
彩紗の態度が横柄なのは今に始まったことではない。それでも、それに目を瞑ってでも、彼女の力が必要だと思ったのだ。しかし、冷静に考えてみれば猫かぶりとキレ芸にしか能のない彩紗に期待するような要素は一つもない。生憎だが、恋愛経験もゼロに等しいことを俺は知っている。
「やっぱいいわ」
「えっ?」
「お前の言う通り一人で何とかするわ」
「…………それは無理」
「は?」
「だって、この私の時間奪っといて『はい、もういいです』ってなんか無理」
おかしい。お前じゃ無理だとそれとなく断ったのは俺のはず。
「確かにツイッターはなんかリムられたけどさ」
「今それ関係ない」
「いーや俺には大いに関係あるね。片思いはつらいんだよ」
「それは分かるけど」
「分かるのかよ……。なら、フォローしてくれよ鬼なの?」
「え、やだなんかきもいし」
「ああそうですか分かりましたよ。じゃ俺もう行くから」
彩紗と戯れている暇はない。正直、今のやり取りで浪費された時間はもっと有効に使えたはずなのだ。
「待てっての!」
「なんだよ。まだなんかあんの?」
「頼み事してきたあんたでしょ……何なのその態度」
「もうこのやり取飽きたしさ」
「分かった、やればいいんでしょ。この私が手伝ってあげるから!」
「わーい嬉しいー」
自分で頼んでおいてなんだが、めちゃくちゃいらない。下が元気になってる時に手っ取り早くスコれる女を探すけれど、当日になったらテンション激下がりしちゃう感覚に似てる。童貞だけど。
● ● ●
「いい? あんたはちょっと正直すぎるのよ。たまには嘘でも褒めてあげなさい」
「うーん、処女に言われてもイマイチ説得力に欠ける」
「正直をはき違えると無責任になるわよ」
「はーい」
「返事だけは元気よね」
知ってる。こいつが正直なのは、あたしのことをどうでもいい存在だと思っているからだ。つい最近、家に転がり込んだ関係の浅い居候娘の方が彼の関心を引き寄せる。現実はいつも残酷だ。だからこそ、あたしは意地を張り続ける。
作戦会議の結果、優を通話越しにあたしがサポートすることになった。優は「それあってないようなもんだろ」と失礼を通り越して無礼なことを抜かしたけれど、そうは思わない。あの居候娘の気持ちは同性のあたしには分かる気がする。
『かおる、いるか?』
『かおるという少女は闇堕ちした。だからいない』
『初手闇堕ちはきつすぎんだろ……』
二人の会話の意味はよく分からないけど、優が部屋の前まで来たことは確かだ。
『今の私ではあなたに会えない。きっと傷つけてしまうから』
『……それは教室でのことか?』
バカっ! ストレート過ぎんでしょうが。こいつはデリケートな女の子の心をなんだと思ってんの?
『かの箱庭での愚行を私は償わなければならない。それまではーー』
『ーー償いって何すんだよ』
それは単純ながら、確かに核心を突いた問いかけだった。自分を信じて疑わないバカの澄んだ目が脳裏をよぎる。
『……えっ、それは……とにかく然るべき罰をーー』
『ーーもしお前が俺を傷つけたと思ってるなら、尚更、俺の傍にいろ。それが罰ゲームだ。陰キャに見下されるなんて屈辱だろ?』
あたしがもし居候娘の立場だったなら、首を切って自害するレベルだ。
『ダメ……それではご褒美になってしまう』
『勘違いするな。お前を喜ばせる意図はない。俺は友達が少ないからな……一人でも囲いが増えれば、クラスでの相対的価値は自ずと上がる』
『価値……?』
『そうだ。お前は女子だ。女友達がいるのといないのとでは雲泥の差だ。だから、お前は俺と一緒にいた方がいいんだよ』
価値とか女子をモノ扱いなんて最低だ。あたしならビンタ一発お見舞いしてるところ。けれど、もしあいつがかおるの性格を考慮して、わざと賢い立ち回りをしているとしたら、どうなのだろう。根拠の無い憶測には過ぎないのだけど、無きにしも非ずだ。この先の推測を思い浮かべるのはなんか嫌だ。
『二番目、三番目の女でもいいって言ってたろ。お前の俺への気持ちはたった一回失敗したくらいで揺らぐものなのか? そんなエセ闇堕ちで気取られても萎えるわ』
次々に酷い言葉を並び立てていたのに、二人を隔てるドアが開く音が聞こえてくるのにそう時間はかからなかった。
ちょろい女。分かる。どんなにクズでも酷い言葉を言われようとも、好きな人が、推しが、好きぴが自分に構ってくれたらそんな些細なことはどうでも良くなる。
『や、闇堕ちを軽い気持ちでなぶられては困る。き、貴様があまりに喚くから思わず結界を破ってしまったでは無いか……!』
『なんかちょっとキャラぶれてないか?』
あたしはスマホを投げた。この先の展開は聞かずとも分かる。二人は上手く仲直りして、そんな役回りをした女が一人残るんだ。バカバカしい。電話が来て一人でぬか喜びして、頼まれると弱くて、その結果がこれだ。
普段冷たく接するのは、メンタルがブレてしまうからだ。適度に自分を防衛しないと本当に立ち直れなくなってしまうから。
翌日の朝、あたしは仲良く登校する二人をつけた。付け入る隙がないなら、せめて影から機会を窺うしかない。これは積極的アプローチでも何でもなく、ただの消去法だ。
「何やってんの、彩沙」
「うわぁぁぁっ! なんでもない! なんでもないからっ」
電柱の後ろに身を潜めていたら、後ろから友達に肩を叩かれて驚嘆してしまった。
「何してんの? 早く学校行こ」
「う、うん。すぐ行く」
取り繕っていつもの日南彩沙になって、登校道を歩く。華のJKでカーストも上位。自分のブランド的価値も何となく分かっているつもりだ。それなのに、前を歩く二人とあたしの間には深く足を取られる沼があって、ようやく一歩前進した時には、彼らの姿は見えなくなってしまうのだ。
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