第6話

「ってえーーっ!」


 池内はかおるの咄嗟の行為に対応出来ず、喘ぐ。それでも、腕力で勝る池内はかおるをなんとか引き離し、地面に倒れ込んだ。


「おいおい、池内〜。女子にやられてんじゃねぇよ〜」

「うっせぇ!」


 池内の取り巻きから揶揄の声が飛ぶ。それに対して、池内は不機嫌そうに暴言を吐いた。


「いきなり暴力とかまじ有り得ねーわ」


 池内がかおるとの距離を詰める。何とかしなければ。止めに入る? 逃げる? みっともなく土下座? ダメだ、足が動かない。


「おっと、暴力はいけないな」


 さっきまで弁当ほうばっていた白井がいつの間にか池内の腕を掴み上げていた。


「か細い腕してんな〜。ちゃんと飯食ってるか?」

「ちっ、バカ力が!」

「あれ、池内くんどったの〜? 逃げちゃうの〜?」

「うっせぇ、殺すぞ!」


 池内は屋上の扉を乱暴に蹴り残し、姿を消した。

 気づけば屋上には俺と白井とかおる、そして池内の取り巻き達のみとなっていた。


「サンキューな助かった」

「その……ありがとう。白井くん」

「おう。この筋肉が役立つことなら俺に任せろ」


 白井は筋肉バカだが、今のように日頃の筋トレの効果を発揮することもある。いや、素直に感謝すべきだ。この言い方だと性格が悪すぎる。

 それよりも問題なのは、かおるの行動だ。


「馬鹿野郎。怒るのは分かるが、手出したら負けだろ」

「でも、あの人はあなたをバカにした。だから私、怒ったの」

「どんな理由があれ、暴力振るった奴が悪者になるように出来てるんだよこの世の中は。だから、お前が悪い」

「……ごめんなさい」


 俺が説教垂れると、かおるはあからさまにしゅんと頭を垂れた。かおるが池内に絡まれた時、立ち尽くして何も出来なかった臆病者が偉そうな態度を取っているのかもしれないが、自分の心は偽れない。


「全部、私が悪かった。人見知りであなたに頼りっきりなのに短気で迷惑ばかりかけてごめんなさい。私なんて居ない方がいいよね。死んだ方がいいよね?」

「待て待て早まるな」

「大丈夫。死ぬ勇気なんてないから」

「あ、それ自分で言っちゃうのね」

「ごめんなさい。しばらく一人にして」


 肩を落としてとぼとぼと歩いていくかおる。俺にその背中を追う資格はない。


「まぁ、気にするな。女の子だからそういう時もあるんじゃね?」


 俺の肩を優しく叩く白井。残念ながらそういう腐った展開は誰も期待してないので、あまり出しゃばらないで欲しい。

 昼下がりの屋上に取り残された男が二人。まるで振られた後の感傷的な気分だ。振られたことないから知らんけど。



 ⚫ ⚫ ⚫ ⚫ ⚫



 午後の授業には身が入らなかった。後ろの席のかおるの様子を何度も窺ったが、目も合わせてくれない。授業中故に挙動不審な態度はご法度なので、その行為も授業の序盤で止めておいた。


「優、俺と一緒に世界一の筋肉を目指さないか?」

「俺は用があるからパス」


 いつもの白井の戯言を躱し、教室をそそくさと後にする。かおるは先に帰ってしまったようだ。

 正直、女性経験のない俺には多感な時期の女子高生の扱い方なんて分からない。だからといって、勢いとノリで済ませるようなこともしたくない。女子のことは女子に聞くのが一番だ。


『はぁ〜? やなんだけど』


 俺の協力要請は一蹴されてしまった。


『てか誰の断りで電話かけてきたわけ? ブロックしていい?』

『そこをなんとか頼むよ。ちょっとは出すからさ』

『出すって何よ。汚いものなら受け取らないわよ』

『この世の中お金がモノを言うんだよ』

『え、お金?』

『ん、それ以外に何があるんだ。 ……あっ、まさかお前下ネ――』

『――っ、違うし! なんでもないから! で、どこ行けばいいの?』

『とりあえず今から俺の家に来てくれ』

『え、マジでやなんだけど』

『そっかー。でも、ミス陽光さんが下ネタ好きってうっかり学校で喋っちゃうかもなー』

『っっ! 分かった行くから待ってて!』

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