第5話

 ――おっぱいとパイオツどちらが表現として正しいのか。


 そんな命題を抱えながら午前の授業は幕を閉じた。すると、自ずとやってくるのは皆が待ち望んだ昼休みである。このように回りくどい表現になってしまうのにはわけがある。お察しの通り、友達のいない人間には何にも代えがたい苦痛の時間となってしまうのだ。この痛みはぼっちを経験した者にしか分からない。一人が好きなのであって、孤独を求めているわけではないのだ。


「……脇一点責め」

「うひゃ、ちょおまやめろ!」

「ふっ、私に背後を取られたお前が悪い」

「ほーん、お前とか言っちゃうんだ」

「ご、ごめんなさい」


 これまた意趣返しにからかうと、かおるはしゅんとした反応を見せた。本気で落ち込まれてしまうと俺の胸も痛む。


「あー、なんだ。今日は天気が良いから屋上で飯食うかなー」


 これみよがしに呟いて横目でかおるの様子を窺う。かおるは何やら真剣な表情で俺を見つめている。一体、なんだろう。相変わらず思考が読めないだけに、変に身構えてしまう。


「誘い方が童貞のそれ」

「いや、ドヤ顔でディスんなよ!」

「……実をいうと、受けは慣れてない」

「じゃあオープンスタンスでいいよ」

「真昼間から異常性癖をオープンに……!?」

「言ってない言ってない」


 思い込みが激しく、普段は余裕の表情で俺をからかってくるが、責められると弱い。よし、大体かおるの性格が分かってきた。まあ、この情報がどこで役に立つのか大変不透明なんですけれどもね。


「ん、どした行かないのか?」

「ちょっと興奮して歩けない。だから、連れてって?」

「保健室か?」

「違う。屋上まで手を引いて歩いてくれれば」

「じゃあ歩けるだろ」

「チッ、マジレスかよ」

「ちょっと、かおるさん!?」

「お弁当が待ってる。いこ?」

「え、いや、でも今の」

「は・や・く・い・こ?」

「歪んだひまわりのような笑顔だ」


 詩人とはこのような時に顔を出すのかもしれない。



 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 



「げっ」


 屋上に着いて開口一番にうんざりする声が出てしまった。俺の眼が苦手なクラスメイトの姿を捉えたからだ。ちなみにかおるは「独特な喘ぎ声……」と若干引いていたが、あれを嬌声と捉える彼女の方がやばめな奴だと弁明したい。


「あれ、かおるちゃんも一緒なのか」


 体重は重いくせにノリは軽めな白井。同居している俺でもまだちゃんと下の名前で呼んだことがないのに。


「あっれ~、陰キャが珍しく女連れじゃん。どったの?」


 白井バカの声量が無駄に大きいせいで、面倒な奴らに気付かれてしまった。


「別になんでもねーよ」

「え? なんて? 声がちっさすぎて聞こえなかったんだけど」


 ぎゃははと下品な声を上げて笑うこの男は池内。下の名前は知らないというか覚えていない。俺のような陰キャを差別する所謂イキリだ。面倒なのでいつも我関せずという態度を貫いているが、彼はその態度が気に入らないらしく何か事あるごとに絡んでくる。自分らも男女混ざってワイワイやってるくせに何がそんなに気にいらないんだろうか。


「やっぱ、教室で食べよう。そんな気分になってきたし」

「え、なんで?」


 なんで、と聞かれても答えようがない。自分のカーストに合うよう、格上の者の機嫌を損ねないようにすることが最善だから。でも、その言葉を口に出すには矜持が邪魔をする。これ以上、みじめな思いをしたくないと逃げることを選択するのだ。


「とにかく早く教室戻ろうぜ。飯食う時間がなくなっちまう」


 鏡を見なくたって今、自分がどれほど情けない顔をしているのか容易に想像できてしまう。


「ちょっと待ってて」

「え――っ」


 気づいたときには、かおるは池内の前まで歩み出ていた。


「ん、何。どったの? あ、やっぱ陰キャと一緒にいるのはきつくなって―—」


 池内の言葉が末まで語られることはなかった。なぜなら、かおるが思いっきり池内の首を絞め始めたからだ。

 

 ていうかこの人、なにやっちゃってんの――――っ!?

 


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