第4話
枕は人をダメにする。オーソドックスな使い方通り仰向けの状態で頭を預けるだけではなく、抱いてその感触を楽しむことが可能だ。俺の場合は後者の用途を用いることが多く、特に掛け布団を必要としない夏場では枕の価値は二段階くらいクラスアップするような気がする。加えて、枕は低反発の物であることが必須だ。
「ひゃん……っ」
今日も柔らかな感触を頬ずりして堪能し、眠気眼をこすりながら自分の体と密着させる。いつも通り反発は小さいが、心なしかいつもよりすべすべしている気がする。それに引っ張るとぷにぷにしている。先刻までは夢見心地だったが、感じた異変にふと我に返ると、真っ先に目に飛び込んできたのは人間のおへそ。そして、すべすべの柔肌を手で撫でる自分。
「ん……っ、意外と……大胆」
「うわあああああああああああああああああああああああああああ――――っ!?」
朝が弱く寝覚めが悪いことに定評のある俺でも動揺を隠しきれなかった。
「は、え、あ、はああああああああっ!?」
「どうしたの?」
「何した? 俺はナニしたのか!?」
「何って……ナニ?」
「え、待って俺ほんとにしちゃったの? 記憶にない」
もし今が事後だというのなら、せめて生だけは避けていて欲しい。実際、生魚より焼き魚の方が好きだし。いや、そんなことはどうだっていい。この愛が重い全肯定好感度カンスト少女なら、しれっと既成事実を作っていてもおかしくない。
「大丈夫。私達の愛の巣は純真」
「今の状況は破廉恥以外の何物でもないけどね! ナニだけに」
「え……?」
「分からないならいい。ついでに事故は未然に防がれたことが分かった」
はだけた衣服を整え、安全圏まで脱すると同時に平静を装う。
「とにかく服着ろ。学校遅れるぞ」
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「確かに急かしたけど、一緒に登校するとは言ってない」
「ふふ……もう手遅れ。敵に包囲されてるもの」
「お前は何と戦ってるんだ」
しかし、かおるの発言は確かに的を得ている。俺の発言からも分かる通り、俺たちはツーショット登校を決めてしまったのだ。
「大丈夫。私はずっとあなたの傍にいる」
「物理的に離れてくれないもんね」
「優が女子と腕を組んで登校……だと!?」
皆の注目を集める中、口をあんぐりと開け、大げさに驚いている奴がいた。いうまでもなく、奴は暑苦しい。
「みんな裏ではいろいろやってんだよ」
「なん……だと!? 先越されていたのか」
面白そうなのでこのまま勘違いさせておくことにした。バカは扱いやすくていいな。
「この人、誰?」
かおるは分かり易く人見知りを発動している。俺の背後に隠れ、白井に対して警戒しているようだ。
「大丈夫。あれは人間ではない。脳まで筋肉で固まってしまった哀れな存在だ」
「かわいそう。壮絶な戦いの末、残ってしまった後遺症なのね」
「ああ。だから、その敬意を示すためにバカと呼称しよう」
「分かった。よろしくね、おバカさん」
「お、を付けたら丁寧ってわけじゃないぞ」
朝から低脳な会話を交わしてしまった。そこでふと気づく。いつの間にかかおるとの会話が自然なものとなっているじゃないか。
「うーん、何だか不思議な子だなぁ」
白井は感慨深そうにかおるをじっと見つめる。不思議なのは今の会話に何とも思わないお前の感性だよ、バカ。脳みそ息してんのか?
「不思議なのはあなたの方。そんなに大きな声で喋らなくてもいいはず。少なくとも私には充分聞こえている」
「ま、お前の声はあのバカには届いてないけどな」
俺の背中に向かって物申されてもどうしようもない。ここは一役買って、自動翻訳機として責務を果たしてやろう。
「『無駄にうるさい声で喋るな。チンパンジーか? ここは動物園ではないぞ?』だそうだ」
「はは、見かけによらずアクティブな子だな……」
流石の白井も苦笑を漏らしたか、と半ばしてやった感を抱いていると、彼はいつもの如くにんまりと気持ちの悪いほど清々しい笑みを浮かべて、「だがそれもいい!」と叫び、高笑いしながら教室を出て行った。一周まわって情緒不安定だ。
「感情が読めない。まさか、人外?」
「否定したいのは山々だが、あながち間違いでもないんだよなこれが」
白井の思考回路は理解不能だ。それなりに付き合いの長い俺でも彼の振る舞い、行動、発言の全てが予測不可能の境地にある。
「あとさっきの発言。私、あそこまで言ってない」
「ちょっ、痛い痛い。意外と暴力主義なんだな」
脇腹を抓られ悲鳴を上げると、かおるは満足気に離れて行った。
やっと解放されたと安堵の息をつくのもつかの間、かおるは俺の席へと直行すると当たり前のように着席した。
「ちょっとー? かおるさん? そこは俺の席なんだが」
「知ってる。だから座った」
「理由になってねーよ。てかなんで俺の席の場所知ってんだよ!」
「ふっ、私の力にかかればこんなもの朝飯前」
「今風に言うと?」
「この場所からあなたのスメルを感じる」
「犬もおののく恐ろしい鼻!」
なぜ再会して二日目で俺の匂いを把握したのかとかそもそも机に匂いなんてつくのかという疑問が生じたが、もはや突っ込むのは野暮だろう。実際に嗅いでみてもスギがヒノキか知らんけど、木の匂いみしか感じられない。
「あなたもくんかくんかする?」
「机は本来、匂いを嗅ぐものじゃないぞ」
「私達二人の共有財産?」
「マックのポテトみたいなノリやめような。そんな簡単にシェアされても困る」
ふと気づくと家にいる時と同じノリの会話にハマっていた。恐ろしい。学校で陰キャがあまり付け上がる行動は宜しくない。
それ故に、ここから先の会話は声を潜めての耳打ちで行うことにした。
「とにかくホームルーム始まる前に自分の席に戻ってくれ。休み時間になったらいくらでも構ってやるから」
「ん……っ、分かった。でも、今度から不意打ちはやめて」
「不意打ち? なんの事だ?」
「自分の雄っぱいに聞いて」
「そこは胸だろ」
頭の痛くなるような会話がようやく終わった。これで悩みの種から少しの間、解放される。
「んはん……っ、あうっ!」
「昼間から発情しないで」
「お前のせいだろ! いきなり首筋触るな!」
「それは私じゃない。私は鉛筆でつんつんしただけ」
「むしろタチ悪いわ! 通りで地味に痛いわけだ」
「さっきの仕返しだから」
「仕返し? なんの事だ?」
「それは自分の――」
「――ああ、雄っぱいに聞くよ」
「え、何言ってるの……?」
「お前、性格悪いな!」
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