第24話

「今時図書館で勉強なんて流行らないと思うんだけどなあ」

「しかし、あの図書館には福音の書が隠されているという噂がある」

「へー、今はそういう設定の掲示板にハマってんのか」

「ハマっているのではない。前世からの因縁、宿命、巡り合わせ」

「それ全部同じ意味だし、多分お前の前世はそんな明るくない」

「女の子には優しくするもの。あんな風に」


 かおるの指さす先には我らがターゲット会長&白井の姿。隣あって座る2人は、真剣な面持ちで参考書に目を落としている。ちなみに会長の強い要望があってこの場所を最初のデートスポットに選出したらしい。


「一緒に勉強してるだけじゃないか」

「好きな人が隣にいてくれる。それだけで十分幸せ」

「それは間接的な告白なんですかねぇ」

「私はいつでも準備できてる」

「今はあなたの私利私欲を満たそうコーナーじゃないからね」


 例の如くかおるにツッコミを入れながら、書棚の陰から前方の二人に目を向ける。あれではセンター試験前の焦る受験生みたいだ。ふとした時に手が触れ合ったり、こっそり横顔を盗み見てその真剣な表情に見惚れたりなどというトギマギした雰囲気が微塵も感じられない。むしろ厳かであると言っても過言ではない。

 そもそも、友達や異性と勉強なんて遊ぶ口実に過ぎないので、もはや勉強しないことが前提だ。ファミレスでだべったり、家で漫画やゲームに逃避したり、R18な行動に出たりと千差万別だが、それも楽しい思い出として消化される。


「あれを見て」


 ライトノベルやアニメ受け売りの友達ネタを心の中で展開していると、不意にかおるから声がかかった。

 お声かけの通り視線を移すと、白井が動きを見せていた。どうやら、会長に教えを乞うているようだ。期待の眼差しを向ける白井。しかし、会長はそれを手で制してしまった。唇に人差し指を当てているところを鑑みると、図書館では静かにしろ、という合図らしい。


「あれではバカの心が折れてしまう」

「いやもうあれは瀕死状態だろ。告白を1回断られただけで恋愛にトラウマ抱いてる童貞みたいだぞ」

「今日もあなたの饒舌な自分語りが痛い」

「ねぇ俺のこと本気で好きなの? ねぇ、ほんとは嫌いなんじゃない? おーい、薫さん?」

 

 おどけてメンヘラ風返答をするものの、かおるの反応は無だった。


「バカが動きを見せた」

「実況はかおるさん、解説は優くんでお送りします」


 プロ野球中継の定番文句を真似していると、不意にポケットのスマホが振動を伝えてきた。丁度、白井が席を立って図書館を出たタイミングとぴったりだった。


『なんだよ……』

『た、助けてくれ優。この後、どうすればいいか分からん!』

『いちいち俺に電話してくるな。そんなの疲れたとか休憩したいって適当に理由付けてカフェにでも連れ出せばいいんだよ』

『おお! さすが優だな。助かる!』


 言うが早く白井は一方的に電話を切ってしまった。せっかちな奴である。もっと落ち着いて行動しなければ、ヤリ〇クがバレちゃうぞ。


「いつもそんな手法を使っている……?」

「理由なんて適当に拾ってこじつければいいんだよ。例えば、時短営業で外飲みできないから宅飲みしない? って女子の外飲みへの罪悪感につけ込めば完璧だろ」

「これは常習犯」

「そもそも好感度が十分あるなら相手もそれに甘えてくれるだろ」

「確かに。でも私には理由や建前なんていらない。ありのままのあなたをぶつけて。私はなんでも受け入れる」

「自分から都合のいい宣言すな」


 隙を見てはアピールを欠かさないかおるさん。そろそろツッコミのネタが切れてきたところだ。


「とにかく、カフェを指定しておいたから俺たちも移動しようぜ」


 すっかり張り込み調査員気分のかおるを半ば引きずる形で図書館を後にした。これでは、どちらがデートと言えるのか怪しいところだ。

 その後、俺達は駅近くのカフェまで移動し、白井&会長カップルの右斜め2個後ろの席を確保することができた。詳細な会話までは聞こえてこないが、様子を窺う限り、白井の一人相撲の模様。コーヒーを片手に参考書に目を通す会長に対して、白井は途切れることなく話題を振っている。

 しかし、会長の反応は「そうだな」「うむ」「それは凄いな」とどこか素っ気ない。


「マッチングアプリで初めて会った男女の微妙な雰囲気みたいでこっちが死にたくなるな」

「そうね。あれじゃレンタル彼女よりひどいわ」

「塩対応の女は謙虚をドブに捨ててきたからな」

「ちょっと、それって誰に言ってるわけ?」

「別に特定の誰かを指して言ってるわけじゃないんだがな。早とちりはよしてくれ」

「は? 何それキモ」

「つかなんでいるんだよ」


 彩沙はズズっと音を立ててコーラを飲んでいる。その代金は一体誰が払うんでしょうねぇ……。


「別にたまたまあんたらがいたの見えたから、ちょっと冷やかしてやろうと思っただけよ。飲み物代も浮くからね」

「ええ……偶然って怖いなー。てかやっぱり俺がお金払うのね」


 本物のツンデレキャラでももう少し本音を隠すものだろう。それ故に、彼女のそれは似非だ。まず俺にデレていないので、ただ尖っているだけの危ない女である。


「あの2人と私達の関係性って案外似てるのかもね」

「ん? どういう意味だ」

「さぁね、それくらい自分で考えなさい」


 ジュースを飲んで満足したのか、彩沙は足早に店を去ってしまった。


「ちっ、ほんとに都合のいい時ばっかり現れやがって」

「彼女はあなたを都合よく使う。そして、あなたは私を都合よく使いたいと思っている」

「それじゃ俺がクズみたいだろやめろ」

「人間は愚かな生き物。誰かにくっついていないと不安になる。この世界にはチートも召喚術もない。だから、無力な他人の力に肩を寄せるという屈辱を味わなければならない」

「お前は会長も無力だって言いたいのか」

「我もあの人も結局同じ。特殊な能力は持ち合わせていない」


 確かに、俺は噂伝手の会長しか知らない。色眼鏡で見て分かった気になっていたが、もしかすると彼女も俺達と寸分違わない恋愛に対して不得手な人間なのかもしれない。


「でも、お前は超能力的なもの信じてるんじゃなかった?」

「ふ、そのようなおこちゃまな妄想は卒業した。今の我には体術がある」

「つまり飽きたのね、なるほど」


 冷めやすく熱しやすい。それはまさに学生の恋愛に当てはまることだ。

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