第25話
カフェを後にして数10分後、駅前のベンチで暇を持て余していると、肩を落とした白井ラゴンが帰ってきた。
「よう、上手くいったのか」
「これが上手くいったように見えるんか!? だめだ、全然足りない!」
白井が人目もはばからずシャウトするので、咄嗟に他人のふりをしたくなった。しかし、空気の読めない彼はしきりに今日のデートの詳細を話してくる。こちらがデートを監視していたことはすっかり忘れてしまっているようだ。
「とにかく反省会だ。今からみんなでカラオケに行こう!」
「絶対、お前のストレス発散が目的だろそれ」
誰が好き好んで図太い声の男の演歌メドレーを聞くものか。高校生男子の健全なオ〇二ーに付き合う趣味はない。息を吐くように下ネタ言ってほんとすみませんね。
「でも、かおるちゃんも行きたがってるぞ!」
「今、この腕に秘められし封印を解くとき……ククク、私の闇に飲み込まれぬように気を付けることだな」
「最近方向転換早すぎない? もはや別人格入ってんだろそれ」
かおるの中二気質はいつも無視するのだが、今回ばかりは少し都合が悪い。
「だから優もその……封印? とやらを解きに行くべきだ!」
「悪いが、俺はこれからちょっと人と会う予定があるんだ」
人の誘いを断るのがこれほど難しいとは思わなんだ。今まで断られた経験しかなかったからなあ……。行けたら行く、はこの先一生信用しないと決めたフレーズだ。
「そういうことだから、絶対についてくんなよ」
強い念押しを加えて、その場を立ち去った。目的は先に述べたようにある人物に会うためだ。この過程がなければ、今日のデートの収穫が得られない。
駅から徒歩数分のところに団地があり、そこに小さな公園がある。休日の昼間には親子が仲良くキャッチボールなんかを楽しんでいる風景を見られる。しかし、夕暮れ時の現在は閑散としている。
「少し待たせたかな」
「いえ、1人で待つのには慣れてますから」
あんたの方が先に着いててもおかしくないだろう、という小言をぐっと堪えながら答える。
「そこは嘘でも今来たところ、と言うべきではないのか?」
会長は不敵な笑みを浮かべる。しかし、今は一々取り合っている暇はない。
「とりあえず立ち話もなんですし、座りましょう」
先にベンチに促し、自分も少し離れて隣に腰を下ろす。きっと、この少しの距離が俺と会長の関係を現しているのではないか、とぼんやり考えた。
「散々だったみたいですね、今日のデートは」
余計な駆け引きなんていらない。そんな心情から初手にパンチを喰らわせた。
「ふっ、デートではない。かわいい後輩の面倒を見ていただけだ。言うならば、お守りだよ」
「それにしては随分冷たい対応でしたね」
「まるで見てきたような物言いだ」
「さっき泣きっ面の白井から全部聞いたんですよ」
「情報が回るのが早いな。さすがデジタル社会だ」
恐らく、デートを監視していたことは勘づかれているだろう。しかし、彼女はそれについて言及してこない。見逃してくれるのならば、このまま話を進めるとする。
「これは俺の推測なんですが、あなたは次の会長候補を既に見つけてある。でも、それは白井じゃない」
「ほう、その心は?」
「会長は生徒会選挙を経て選ばれるもの。対立候補がいない場合は信任不信任の決議をとりますけど、よっぽどの事がない限り当選する」
「それがけい君とどう関係するんだ」
「白井はあなたを尊敬している。それならば、あなたの後を追って会長に立候補してもおかしくない。あなたはそれを何としても阻止したかった。違いますか?」
「なぜ私がかわいい後輩の邪魔をするような真似をしなければならない」
「可愛い後輩だからこそですよ。あいつに生徒会長は向かない。だから、選挙が始まる前に辞任を決意した。そうすれば、対立候補のいない選挙は鼻から生まれない」
「それならば、けいくんに辞任の意を表明する必要性がないだろう」
「それは……」
鋭い問いが飛んできて一瞬言葉に詰まる。しかし、これも想定の範疇だ。
「……あなたは生徒会長だ。皆からの期待、疑念、助けを求める声全部を受け止めなければならない。だから何よりも人から嫌われることを恐れている。関わりの深い白井ならなおさらのことだ」
「そうじゃない。私は甘えを見せてはいけないと思っている。それが生徒会長としての役割だからだ」
「それがかえってあいつを傷つけることになっても?」
「もちろん、けいくんが私を慕ってくれるのは嬉しい。後輩以上の感情を抱いていることも否定できない」
「だったら、あいつにもう少し歩み寄ってやったらどうなんですか」
「ははっ、よしてくれ。そんなことをしたら恥ずかしくて死んでしまうよ。それに、彼が私の気持ちを知ってしまったら、いつまでたっても成長しない。私に依存していては次の生徒会のためにならない」
模範解答だ。美しき思いやりの精神だ。しかし、それは説明責任を果たしていないともいえる。大人の事情だとかではぐらかされるのはもうおなかいっぱいだ。
「けいくんに期待している。それは紛れもない事実だ。私は何も博愛主義などではないよ。立派な肩入れだ」
白井に期待している、白井が好きだ、白井なら頑張れる。装飾された言葉が都合よく並んだ。口ではなんといっても白井の想いに答えられない事実に変わりはない。
男の純情を弄ぶつもりならば、俺も卑屈に上から目線に陽キャさんを見下すように対応してやる。
「受験勉強のため……シンプルながら説得力のある誰も傷つけない選択だ。教師も他の生徒も多分白井そしてあなたもそれで満足する……みんな一緒なんですよね」
「同じ学園の生徒だ。皆、協力し合う仲間という認識は悪いことではないだろう」
「『このクラスのみんな最高! 個性強い奴多すぎ(笑)』のみんなの中には俺なんか入ってないし、記憶から消えてるんですよ。でも、奴らは俺達を排除したわけじゃない。初めから眼中にないだけか楽しい記憶のために取捨選択を行った結果なんです。もちろん奴らに悪気はない」
「つまり、何が言いたいのかね」
「同じことです。あなたが生徒会長としてすべての生徒を気にかけられないように、白井に肩入れしたいと思っているように、そして今、都合のいい部分だけ残して自分の決断を正当化していることも。つまり、取捨選択の結果です。気持ちはどうあれ白井は切り捨てられた負け組だ。それを当たり障りのない言葉で包んでいるだけなんですよ」
受験勉強のため、という理由もあながち嘘ではないのだろう。しかし、白井の成長のためという方便だけは納得がいかない。有り体に言えば、彼女は白井と正面からぶつかることに対して逃げている。だから、これまでの人生で人前に立ってきた経験から得たうまくかわす術を使った。童貞が女子にちょっと優しくされたりボディータッチされたことで、「あれ、こいつ俺のこと好きなんじゃね?」と勘違しないように必死になるのと同じだ。どちらも合理的判断。会長と自分は酷く似ている気がする。だからこそ、こんなにも苛立っているのだ。自分の分身を見ているようで酷く不愉快なのだ。
「君の意見はおそらく正論だろうが、私も自分の意見が間違っているとは思わないよ。考え方は違っていても、君と別の出会い方をしていれば、良き友人になれたのかもしれないな」
「笑えないならそれは冗談になりませんよ」
東雲会長と関わりがあろうがなかろうが、俺は陰キャのままだし白井は報われていない。世界線が変わっても、俺の無能さはなくならないだろう。会長の意志を動かせるような人間じゃない。しかし、動揺を与えるくらいはできる。彼女は孤独な人間だ。陽キャさんに対しては逆恨みとか偏見でまみれてしまうけれど、こちら側の人間の気持ちはいたく分かる。
「どうやら君とこれ以上意見を交わしても、平行線を行ってしまうようだ」
「あなたがさっさと折れてくれたら楽なんですけどね」
「楽などさせないよ。少なくとも、東雲かれん生徒会長はそれを許さないよ」
もう行くよ、と一言残して会長はベンチを立った。去って行く後ろ姿まで毅然としている。最後まで生徒会長という看板を下ろさなかった。
あくまでも彼女が真面目に真っすぐな態度を貫くのなら、こちらはとことん卑怯に不真面目に行かせてもらおう。それが陰湿で根拠の無い上から目線な態度を持つ陰キャのやり方だ。
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