第26話

「……だってよ」


 ベンチ裏の木陰に向かって一人ごちると、茂みから巨体が現れる。

 いくら白井が生粋のバカだとはいえ、俺のわざとらしいついてくるな発言はさすがに気になったようだ。しかし、そこにかおるの姿はない。当たり前だ。彼女は俺の言うことに反抗しない。いつだって都合よく動いてくれる。


「多分、今追いかけないとお前は一生後悔するぞ」

「盗み聞きなんてやり方俺は認めん! 卑怯だ」


曲がったことが嫌いでいつも真っ直ぐな白井は、俺の提案を受け入れてくれない。だが事実、好奇心に負けて盗み聞きに走った。その罪悪感に駆られているのか、白井からいつもの勢いの良さは感じられない。


「それに、会長の行動は俺たちのことを思ってのことだ。それを無駄にはできん!」


 なんだろう、今のこいつはすごくダサい。かっこわるい。まるで鏡を見ているみたいで反吐が出る。


「違うだろ。そうじゃないだろ」

「え……、 優?」

「あの背中は引き止めて欲しいって言ってんじゃないのか? そもそもなんでお前はこんな時でさえ我慢して都合のいい言葉ばっかり並べ立ててるんだよ。意味わかんねぇよ」


なんだろう、すごくイライラする。白井の思いやりも会長の寂しそうな背中も、作品の一場面としてはめちゃくちゃ美しいかもしれない。けれど、胸のモヤモヤは一向に晴れない。


「お前の意思はどこにあるんだ。俺が初めて生徒会室に行ったあの時からずっと『会長のため』とか『生徒会のため』なんて見栄張った言葉ばっか並べやがって」


憧れの人に想ってもらえる。そんな可能性が目の前にぶらさがっているのに、縋りつかないでどうする。普段はかれんみのない会長が今は女の子になっている。寂しそうな背中を示している。


「みじめでもダサくても縋りつけよ。土下座の1つでもしろよ。本気でぶつかるのが怖いなら、お前に追いかける資格はない」


こいつは最初から中途半端だった。正論ばっかり並べ立てて、俺を遠ざけ、及び腰だった。デート中も相手の機嫌を窺ったり、探るばかりで決定的なことは何もしない。踏み出さない。それなのに、現状を後悔している。

だから、友人としてお灸を据えるのは陰の役目だ。そして、行動に移すのは光の役目。


「はっきり言って、お前は今逃げてる。正直、普段人をバカにしてばっかりな俺よりもひどい。むしろバカだ」

「そ、そんな言い方はないだろ!」

「でも、今がその時なんじゃないか。お前の無鉄砲さとか好きなやり方で行くべきだと俺は思うんだがな」


 いつもの屁理屈とか戯言は出てこなかった。俺自身まだ腐りきってはいないのかもしれない。


「……分かった」


 単と一言だけ告げて、白井は走り出した。礼の一つも述べない彼は冷たいだろうか。否、白井啓は温情深い人間である。ただ、こちらを一瞥する暇も余裕も彼にはなかったというだけの話。不器用で1つのことに熱中すると周りが見えなくなる。裏返せば、それは一途という美徳に変わる。


「バカみたいだな。ほんと偉そうに。自分は何もできてないくせにさ」

「違う。あなたは頑張った。バカだってきっと喜んでる」


虚空に向かって投げ捨てた言葉もかおるは拾ってくれる。彼女はいつも俺を1人にしない。唐突に現れるところはちょっと怖いけど。


「そうか。俺は俺のやり方を貫いただけだ。でもな、かおる。あいつが頑張ってる今この瞬間もさ――——」


 ごくりと息を呑んでから震える唇をなんとか落ち着かせ、続きを述懐する。


「————俺はあいつに醜い嫉妬をしてるんだ」

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