第27話

「あーあ、すっかりラブラブカップルじゃないか」


 中庭で仲良く談笑しながらお昼を食べている2人を見ていると、つい呆れたような溜息が漏れ出てしまう。あれだけ噛み合っていなかった2人だが、「付き合う」という一つの手段を切っただけで、こうも未来が変わるとは人生って奥が深い。

 白井が会長を追いかけていった後、どのようなやり取りがあって、どんな心境の変化が生じたのか知る由もない。しかし、会長の意地張りと思いやり、そして白井の空回りと真っすぐな気持ちが功を奏して最善の結果に結びついたのだ。俺がその詳細について白井に言及するのは野暮だろう。

 東雲会長は、本日朝の全校集会で生徒会長の辞任を正式に発表した。外堀は既に埋めていたらしく、結果的に迅速な発表となった。会長が抜けた穴は次の選挙までに、現副会長が補うらしい。とばっちりだろうが、生きて帰って来いよな副会長。顔も名前の知らんけど。


「こっちもさっさと片づけるか」


 未知の領域に踏み込む時、必ず足が少しすくんでしまう。更に周囲から好奇の目を向けられるとなると尚のこと。「なんで2年がいんの?」「なんか目死んでない?」といった声までも耳に入ってくる。どうしようもない外見的特徴をいじるのはやめようね。

 俺は所謂悪目立ちをしていた。あのデートから翌週の昼休み。目的の人物を探すために1年のフロアに出向き、飢えた狼のように視線を巡らせていたら、不審がられるのは当たり前だ。しかし、いくら人の多い時間帯とはいえ、あんなチャラチャラした奴が目立たないはずがない。

 バカそうな歩き方で一人で浮いてるピアスバチバチ女は……見つからないな。はあっ、と大きくため息をつく。そろそろ肩身が狭くなってきたころだ。


「一旦戻るか……」


 せっかくかおるを振り切ってわざわざ出向いてきたのに、それは徒労に終わってしまったようだ。投げやりになって階段を目指して早足で歩く。すると、丁度3階から女子の3人組の集団が談笑しながら上がってきた。そこで、俺は信じられないものを目の当たりにした。目の錯覚なんじゃないかと疑って何度も目をこすってみたが、3人組のうちの1人に見知った顔があったのは事実だ。


「げっ、先輩……」


 面倒な人に出くわしてしまったと言わんばかりに顔をしかめる成瀬。しかし、すぐに取り繕って友達に先に行くように促している。お父さん、娘の成長に感涙が止まりません。え、ガチで涙止まらんどうしよう。とにかくなんか喋らないと不自然だ。

 関係ないけど、成瀬ってめっちゃメンヘラ感ある名前だよな。そんなことを考えるくらいこの後輩との話題が思いつかない。そんなこんなでもたもたしていると、成瀬の方から問いかけがあった。


「てかなんで1年のフロアにいるんですか先輩ってまさかロリコン!?」

「いやこじつけが過ぎんだろ。その理論だとお前がロリッ子ってことになるぞ」


 残念ながら俺に幼女好きの趣味はない。むしろ歳上しか勝たんなところもある。


「チッ、もっとキョドれよ面白くないなー」

「ちょっとー? 全部聞こえてるからね成瀬さん?」

「え、なんですかぁ~? もー先輩たらまた意味不明なこと言っちゃて~」

 

 陰キャは陰口には敏感なので、ぼそっと呟かれた言葉さえも拾ってしまう。地獄耳過ぎて自分以外の悪口まで拾っちゃてあら大変。知りたくない他人のいざこざまで入ってきちゃうんだよね……。


「てか先輩ほんとになんでいるんですか舐め回すように女子見るのやめた方が良いですよ」

「いやお前を探しに来たんだけど、なんかめっちゃ人いるし全然見分けつかんくてな」

「は?」


 その言葉は単なる威圧なのか他の女子と見分けがつかなかったという正直な吐露が地雷を踏んだのか。どちらにしろ俺に明るい未来はない。


「それにほら友達? といたっぽいから声かけるのもなあって迷って」

「うわ、私の身辺から探ろうとしてくる器の小ささも絶妙にキモい……」


 もはやどの選択肢を選んでも最終的に行きつく先は「キモい」の一言だ。やはり変に隠すのは性じゃない。俺は元来、正直な人間なのだ。


「出るのか生徒会選挙」

「……なんだ知ってたんですか」

「生徒会長なんて正直名誉職でしかないし、その癖やれ卒業式の送辞やらイベントごとのまとめとかやらされるぞ。むしろ自分のメンタル汚してばっかだ」

「いいんです。私にとっては選挙に出ることが目的ですから」


 決意は固いようだ。俺が何を言ってもこの後輩は意志を曲げないだろう。だから、これはおせっかいで余計な一言だったのかもしれない。それでも、長らく抱えてきたコンプレックスはそう簡単に解消されない。


「なら今回は協力しないぞ」

「そうですか。それは残念です。先輩がいてくれたら心強かったんですけどね」


 クスっと苦笑いをこぼしながら、成瀬が心にもないことを言った。だったら、前回なぜ俺を信用してくれなかったんだ、なぜ裏切ったんだ。みじめな糾弾の言葉が喉まで出かかってぐっと飲み込んだ。後輩相手にムキになるなんてみっともない。


「もしかしてわざわざそれを言いにきたんですか? 先輩も案外暇なんですね」

「うるせーよ、俺は年中無休で暇だよ」


 成瀬に背を向け、手を挙げることで去り際の挨拶とする。

 成瀬の相手をすることで多少の暇をつぶせると思ったが、俺が付け入る隙はない模様。俺達は相容れない。昨日の友は今日の敵。人生は諺通りに事が運ばない。

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